まるで睦言みたいに




「あ〜忙しい忙しい」

どこかの国のウサギのようにはパタパタと走り回っていた。
伊達家にお世話になると決まって女中見習いとして入ったのだがこれまた忙しいのだ。朝の水汲みに始まり朝餉の支度、部屋の掃除洗濯に庭掃除。それが終わったら夕餉の支度とえらいハードスケジュールだ。

あげた言葉の羅列だけなら誰でもできそうなものだけど広さと量が半端ないのだ。その上電気もガスもない。そればっかりは文明の利器に溜息を零すしかなかった。

まぁ、みんなで協力してやるから1人1人の範囲は思ったよりも広くないけど、部屋の場所と一緒に覚えなきゃいけないからなかなか大変なのだ。ようやく、お世話になる人達の名前を覚えたくらい情報も多くて色々めまぐるしい。

「やりがいはあるけどねぇ」

着物の着付けとか(何気にこれが最初の難関だった)、掃除の仕方とか基礎的なのものは小十郎の屋敷で学んだ。身につくまでが結構かかったけど子供の身体にも慣れてきたし、使い方もわかってきた。
子供の特権を利用してしっかり覚えよう、と考えていると丁度ばったり小十郎と会った。途端にぱぁっとの顔が輝く。

これは今までなかった現象だ。否、大人になってからはここまで感情がオープンじゃなかった。子供になったせいか、感情が素直に顔に出てしまうようになったらしい。パタパタと近づくに気づいたのかそれとも前か小十郎は足を止めこちらを向いている。

「小十郎さま!」
か。どうだ、仕事には慣れたか?」
「はい。お陰様で筋肉痛で動けないってことはなくなりました」

現代社会で随分甘やかされてたせいで始めは泣くほど筋肉痛に悩まされていたが今は難なく動けるようになった。にひっと笑うといつもは眉間に皺しか寄せない眉を少し下げて「そうか」と頭を撫でてくれる。
小十郎の手は大きくてごつごつしてるけど優しいから胸の辺りがぽかぽかして頬が緩んでしまう。子供でよかった、とほくそえむと名を呼ばれ顔を上げた。


「後ででかまわねぇから政宗様のところに茶を持ってきてくれ」
「え、私がですか?」

政宗の身の回りは主に小十郎が、もしくは女中頭か乳母をしていた小十郎の姉の喜多が担ってるはず。その上は仕事を覚えてる途中でまだ遅いから他の仕事は与えられないと思ってたのに。

「ああ。俺はこれから出払わなきゃならねぇ。だから政宗様がちゃんと仕事するように見張っててくれよ」
「はーい」


じゃあ、早く終わらせて政宗さまのとこに行きますね!と箒を掲げて微笑んだ。
それから自分にしてはかなり早く終わった庭掃除に満足して箒をやや乱暴にしまうと政宗のお茶を淹れる為に勝手場へ急いだ。



「はぁ〜なんか小十郎が不憫になってきたわ…」

仕事ボイコットが周知の事実ってどんだけ逃げてんのよあの殿様は。勝手場を出て行く前、丁度入ってきた女中さんと話したのだが、政宗はよく仕事を抜け出し小十郎と追いかけっこをしてるらしい。
そりゃ小十郎の眉間の皺の跡もくっきり残ってるわ。はぁ、と溜息を吐いたは手に持った盆を冷めないようになるべく急ぎ零さないように慎重に歩いていくと豪勢な中庭に辿り着く。ここを曲がれば政宗の部屋だ。

「失礼いたします」

教わった手順を思い出しながら静かに中に入ると政宗を見つけホッと息を吐く。しかし、相手は背を向けたままぴくりとも動かない。もしかして寝てるのかな?


「政宗さま?」


反応ナシ。死んでいるようだ。…じゃなくて。
お茶が入った盆を手に近くまで寄るが振り返りもしない。にじり寄って背中にもう一度声をかけるがそれでも動かない。本当に眠ってるのかも。
とりあえず起こさないと…肩を叩こうとしたらその背中がいきなり近づいてきてそのままに迫る。「え?」と驚く間に政宗はを潰すように倒れた。


「ぐぇっ」
「HAHA!やっと捕まえたぜ!」

胸の上で上機嫌に笑う政宗に眉を寄せれば顔をずらしこっちを見てニヤリと笑う。髪の毛くすぐったいんですが。わ、動かないでって。

「(ハァ…)政宗さま。小十郎さまに怒られますよ」
「Give me a break. 10日ぶりに話すことがそれかよ…」
「私は朝食べたものが全部出ちゃいそうです」

膝を曲げたまま仰向けになってるから余計に苦しい。しかも更に体重かけてくるし!もうっ子供じゃないんだから!と顔だけ上げると政宗は器用にを背もたれにして書類を読んでいる。


「…この格好、読みにくくないんですか?」
「No problem!You're soft and comfortable.」
「な、何いってるんですか…」

柔らかくて心地いいって…。セクハラですよ、と溜息を吐くと彼の左目がに向く。

「Can this letter be translated?」
「え…?この手紙を読むんですか?えっと、"わが親愛なる友に送る"…っきゃ!」


差し出された手紙には目を瞬かせる。英語?の手紙だ。紙も和紙みたいにしっかりしていて綺麗な刺繍もしてある。その真ん中に見慣れた筆記体がつらつらと綴ってあった。それをなんとなしに解読してるといきなり政宗が反転してに覆いかぶさる。息がかかる近さに思わず息を呑んだ。

「読めるのか?!」
「そ、そこまでなら。筆記体ってその人の癖もありますし」

全部は読めませんよ。と視線を逃げるように逸らしたが政宗には関係ないらしい。目がキラキラしてる。


「OKOK!ククっお前変わってるな。普通のletterは読めねぇのに南蛮語は読めるなんてよ」
「そ、そっちは行書なら読めるんです!…ただ草書は繋がりすぎてて…」
「Hum...なら俺が文字の読み書きをlectureしてやるよ」
「…ありがとうごございます」

英語より日本語の方が難しいんだぞ!といってやりたいけど日本人としてそれはどうかと思い口を尖らせるだけにしておいた。

くつくつ笑う政宗の髪が揺れて頬に当たる。くすぐったいなぁ、と思いながらも政宗が嬉しそうにしてるからこっちまで嬉しくなってつられるように笑った。




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2011.04.21
2012.03.14 加筆修正
いちゃいちゃしてるのが好きです。

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