双竜不在につき
今日は視察がどうとかで朝から政宗と小十郎が出払っている。だからといって城での仕事がなくなることはないのだが、なんとなく寂しい。
ぼんやり拭き掃除をしていると正門の方でなにやら騒がしい声が聞こえてきた。なんだなんだ?と野次馬根性で向かってみれば、先に騒ぎを聞きつけた女中達が群がっている。
「何があったんですか?」
「いやね。殿の"友達"という方が来たんだけど見たことないお人でねぇ」
「ほら、以前押しかけてきた前田家の風来坊じゃないのかい?」
「それが門番の話じゃ違うようなんだよ。いつもの派手な衣装じゃないし、体格もふた回りくらい小さいようだしね」
「それはかなり違うみたいですね」
誰だそいつは。偽者には間違いないみたいだけど、何のために慶次の名前を語るんだろう?首を捻っただったがここにいてもしょうがない、と考え飛び出した。
「っ危ないよ!斬りかかってきたらどうすんだい!」
「大丈夫!こっそり見てくるだけですから!」
引き止める声に軽く答え、は騒ぎのする方へと走って行った。
*
「だーかーら!俺は政宗公と仲がいいんだって!」
「あぁ?!嘘つくんじゃねぇ!」
「俺が知ってる"前田慶次"はそんな貧弱な身形をしてねぇよ!」
「とっと偽者と認めな!」
うん、全然違う。ガッカリだ、と人だかりに潜り込み、足元から確認したは溜め息を吐いた。政宗の友達と語る人物は髪の毛こそ結い上げ長いが、衣装はつぎはぎで派手というよりパッチワークに近い。
よくもあれだけの柄物を集めたもんだと感心してると門番が今にも斬りかかりそうな勢いで詰め寄った。
「お前が前田慶次だっていうなら証拠を見せてみろ!」
「ああ?!」
「その背中にある刀は飾りかぁ?」
周りの野次に焚き付けられ、門番二人がスラリと刀を抜き男を挑発してくる。対して慶次の偽者はヒクっと一瞬顔を引き吊らせた。
あっヤバい。そう思ったは慌てて人ごみを抜け出した。
門の傍らには小さな手桶がある。夏場、暑さをしのぐ打ち水で使うのだが置きっぱなしにしている為、随分年季の入った風合いになっている。
雨の日も放置してるものだから手桶の中は水がたっぷり張っていた。
「ああいいだろう!この俺の刀使いに恐れ戦くがいい!」
「やれるもんならやってみろ!」
「やってやれ!伊達の強さを見せつけてやんな!」
「捻り潰してやる、ぜ…っ?」
刀を構える門番2人に慶次の偽者も刀の柄を掴む。多分あの中は竹か錆びた刀の可能性が高い。顔が真っ青だ。は素早く見て取り、掴んだ手桶の中を盛大に彼らへぶちまけた。
「いい加減にしなさい!」
空になった手桶を投げ捨て、怒る小十郎を思い出しながら彼らを睨み付ける。こういうのは勢いと迫力が大事なんだ。一斉に向けられた視線を確認し、胸一杯に息を吸い込んだは、人生最大くらいの大声を張り上げた。
「よってたかって戦う気のない人に刀を向けるなんて!それが政宗さまの家臣がすること?!男のすることなの?!刀を下ろしなさいっ!!!」
「「「「「………………」」」」」
「返事はっ?!」
「「は、はいぃぃ!!!」」
「…………ま、まるで、片倉様みてぇだ…」
カランカラン、と刀を落とす3人を見据えたは、ふん!と怒ってる素振りで鼻を鳴らした。
しかし内心は彼らの呆気にとられた顔にガッツポーズをしていて、笑ってしまわないよう必死に堪えていたのはここだけの秘密だ。
結局、慶次の偽者は炉銀に困った旅の者らしく、慶次の噂を聞いてあわよくば何か貰おうと門を叩いたらしい。それを聞いた伊達の人達はかなりガッカリしたみたいだけど(どんだけ戦いたいんだか)小十郎に見つかったらそれこそ大変だと内々におにぎりと少しばかりの炉銀を手渡し追い出した。
「いやぁ、本当助かったよ」
「これに懲りたら人と場所を選んで行動してくださいね」
「ああ!…と。それよりお前さん、もしかしてここのお姫さんなのかい?」
「は?」
「さっきは本当ぶったまげたぜ!俺どころか、周りの奴らまで黙っちまうくらいだ。相当強いんだろ?」
「い、いや…」
気前もいいし、と男は不揃いな歯を見せ笑うがは見当違いなことをいわれ焦った。
私が強いわけでも姫でもない。格好を見れば一目瞭然なのに男は全然気づかず、言い訳すら聞かずに大手を振って去って行ってしまった。
そしてこの一件をきっかけに周りから「お嬢!」と呼ばれることになるとは、この時のは知るよしもなかった。
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2011.04.27
お嬢って呼ばせるきっかけが書きたかったので。
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