オトンは心配性




仕事をしながらふとあることを思い出した小十郎は、席を立つとそのまま部屋を出た。
しもやけになった手足もよくなり、薬師が褒めるほど手足が綺麗に治ったは一昨日から通常の生活に戻っている。
仕事に戻った当日は男女関係なくそこにいた全員にもみくちゃにされ、それを近くで眺めていた小十郎はしみじみとこの城で働かせてよかったと安堵の息を零した。

しかし治ったとはいえ、まだ病み上がりには違いない。
女中仕事をさせるようになって気づいたのだがは仕事にのめり込む傾向があり、放っておくと休憩もそっちのけで動いてることが多いのだ。
小さな身体で他と同じように動けないことを気に病んだり、出来ない分を多く時間をかけてこなす姿勢は褒めてやりたいが、休むことを忘れまた倒れられでもしたらそれこそたまったものじゃない。

その為、には必ず近くに誰かをつけて仕事をさせていたのだがちゃんと休んでいるだろうか。
様子を伺いにいつもいる勝手場を覗くがの姿は見えなかった。休憩中はここか自分の所に来ていたのだが目当ての少女は気配すら近くに感じなかった。まさか政宗のところだろうか、と腕を組む。


今朝も政宗は届いた南蛮品を眺め、南蛮語が書かれた書物をに見せたらどう反応するだろうか。とニヤニヤ笑っていたのを思い出す。我が主ながら危機感を覚えてならない。
の未来を案ずるならば、さっさとまともで良識のある家へ嫁がせた方が安泰ではないか?とさえ考える始末だ。いや、そんじょそこらの野郎にをくれてやるのは勿体無さすぎる。嫁がせるなら幸せにしてやりたいし、武家ならば俺より弱い奴は問題外だ。

欲をいえばもう少し手元に置いておきたいし、成長を見ていたい気持ちもある。
既に何人かの嫁ぐ時期を気にしてる野郎もいるのだ。もう少し成長すればそんな輩はもっと増えるだろうし自身ももっと磨かれていくだろう。
脳裏に浮かぶ成長したを思い浮かべ、しとやかに微笑む姿に思わず頬が緩む。今はまだ可憐さが強く出ているが、しばらくすれば誰しも羨む美しい女性に成長するはずだ。その過程を見ていたいと思うのはに関わった人間なら誰しも思うことだろう。

自分の中でそう断言し頷いていると、成長したの隣に政宗が現れ腰に手を回した。
空いてる方の手には先程買い付けた南蛮語の書物を持っていて、それで口元を隠しに顔を近づけた。


「政宗様っ?!」

間違いなく接吻を交わしていた光景に思わず叫んでしまう。いかん!このままでは本当に政宗様の餌食になってしまう!!それだけは断固阻止しなければ!
自分の想像に顔を真っ青にするほど恐怖を抱いた小十郎は走り出さんばかりに政宗の部屋へと急いだのだった。



*



外に出、雪かき分け出来た道を歩いていると門の方で楽しげな声が聞こえ小十郎は安堵と呆れた溜息を一緒に吐いた。
政宗の部屋に向かう途中、女中頭に会いの居場所を聞けば門番をしてる与助と千太と一緒に雪遊びをしているのだというではないか。それを聞き、心の底からホッとしたのはいうまでもない。

しかし、治ったばかりだというのにまたしもやけになったらどうするつもりだと叱るつもりで門に近づいたが、鼻や頬を真っ赤にしてはしゃぐを見ていたらそれもどうでもよくなってしまった。

「随分楽しそうだが何を作ってるんだ?」
「あっ小十郎さま!!見てください!力作の雪だるまです」
「こいつ、どことなく孫兵衛に似てませんか?」

向けられる笑顔に笑みを浮かべたが隣にいる門番2人には苦笑になった。が指差す雪だるまは本来いるはずの門番の位置に1体ずつ配備してあり、伊達家の門構えにしては緊迫感がなさ過ぎる。
どうしたものか…と眺めていたが、が奮闘したには随分雪玉が大きいことに気がついた。


「…お前らも一緒になって作ってたのか」
「へぇ。なんせお嬢は身の丈に合わない雪玉を作っちまいますからね」
「だって大きい方がいいじゃないですか!」
「それでお嬢に怪我でもされたらこっちの肝が冷えるってもんだ」

腑抜けた雪だるまの怒り顔と同じような顔をするに噴出した小十郎は、おもむろに彼女の手を取った。案の定、氷のように冷たい。

。今日はここまでだ。これ以上は風邪をひくぞ」
「…はぁい」


まだ遊び足りないのか口を尖らせるの手を引き来た道を戻る。の歩調に合わせてゆっくり歩く姿を与助と千太は物珍しそうに見送っていたのはいうまでもない。



玄関の式台に着くと白くて丸い、ウサギに似たものを見つけを見やった。

「これもお前が作ったのか?」
「はい。うまく出来たので政宗さまにも見てもらおうと思って」
「そうか。なら後で俺が持っていってやろう」

子供らしい優しさに目を細め、彼女の両手を掴むと視線を合わせるようにしゃがみこんだ。彼女の小さな両手はすっぽり収まりじんわり冷たさが広がる。その小さな手を揉みながら「ハァ」と息を吐き出せばの肩がビクッと揺れた。

「まだ治って間もないんだ。遊ぶなとはいわねぇが十分に気をつけろよ」
「はぁい。わかりました」


同意をしながらもの視線は定まらず、じっと見つめる自分と目が合うとあからさまに横に逸らした。その過敏な反応に小十郎はクククと喉で笑って再度の手を温めるように息を吐き出す。

はこうやって時々自分に初心なところを見せる。はじめは慣れないことをされ、ただ恥ずかしがっているだけかと思ったがはちゃんと俺を男と意識して反応しているようだ。
自分を意識してくれることに微笑ましいと思いはすれ疎ましいとは思わないが、政宗辺りが見れば間違いなく加虐心をくすぐられるものだろう。今も赤い顔を更に染め、瞬きも増えている。

」と呼べば潤んだ瞳が小十郎を映し飲み込まれそうになる。相手が子供だというのに年甲斐もなく胸が跳ねた。

笑顔はあんなにも子供らしいというのに。

むずむずと頭をもたげたものに自分も政宗と変わらないな、と苦笑する。もし自分だったらどんな反応をするだろうかとほんの少しの悪戯心で小さな指を食み、舐めてみた。ただ、それだけのつもりがにとっては刺激が強かったらしい。
目を大きく見開いたは猫のように飛び上がりそのまま玄関外まで逃げてしまう。あまりの反応速度に小十郎も呆気に取られてしまった。


「こ、ここ小十郎さまのエッチ!スケベ!!」

耳まで真っ赤にし、よくわからない言葉を喚くだけ喚き散らしたはそのまま走り去ってしまった。多分ぐるりと回って勝手場の方に行ったのだろう。最後の方の言葉の意味がよくわからないながらもなんとなく意味を汲み取って小十郎はくつくつ笑って立ち上がった。


「あの無防備なところもちゃんと躾けてやんねぇとな」


その為にも悪い虫は俺が全部駆除してやろう。自由に、あるがままにいれるように。
足元にある、丸くて小さな雪ウサギを眺めながら小十郎は愛しそうに目を細めた。




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2011.05.28
オトンが壊れた。

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