不便な自分




ある昼下がり、は綱元の部屋で本と睨めっこしていた。政宗と小十郎が執務で手が放せない間文字の勉強をここですればいいという綱元の一言で入り浸ってるのだがここ数日は本を読んでばかりだ。

「ここにほんやくこんにゃくがあればいいのに…」
「ほんや…?なんだそれは」
「もうそろそろ限界かなぁって」
「そうだな。少し休むか」

の呟きを聞いていた綱元に慌てて言い繕うと彼は柔らかく微笑んで本を閉じた。
ちなみには綱元が怒ったところは今のところ1度も拝んだことがない。前に成実が怖い話をするかのように逸話を聞かせてくれたけど目の前の笑皺がくっきりできてる綱元を見てるとどうにも想像が出来ない。

用意した茶を向かい合わせで飲みながら成実が震え上がる程の冷酷なところは拝むことは早々ないんだろうなとぼんやり思った。

「どうだ?前の書物よりは読めそうか?」
「はい。前のはかなり堅苦しかったので」

さすが綱元さまです。と書物に目をやった。
今読んでいる農書は綱元が用にわざわざ書き直してくれたものだ。厚みも結構あるし忙しいのにどれ程時間を裂いて作ってくれたんだろうと考えると涙が出てくる。この時代は印刷機ないもんなぁ。全部手書きと聞いた時は固まってしまったよ。


「綱元さま。少しお聞きしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「飢饉と感冒以外で何か災害などありませんでしたか?」
「ほう。何故そう思う?」
「飢饉と感冒の年よりもその前の方が年貢の数が少ない気がしましたので」
「うむ。飢饉の前の年は長雨と酷い野分にみまわれてな。土砂崩れや稲が腐ったりと年貢を確保できず次の年に影響が出たということだ」

お前の村もそうだっただろう?と問われ慌てたが「生きるのに精一杯でしたので」と苦しい言い訳で逃げた。飢饉や風邪も心配だけどこの野分の被害もなかなかだ。
土砂崩れに川の決壊、家崩落とか中には鶏や人も飛んでったとか何の衝撃映像だろう。飢饉の年は日照りだったとか天気で左右されることが多すぎる。だからみんな恐れたんだと思うけど。

「時期は秋頃、ですかね」
「十五夜の辺りや彼岸の頃が特に酷かったな。毎年その時期になると長雨が多いが近年ではそれが一番の被害だ」

やっぱり台風だよね、これ。天気予報って呪術で調べてるんだっけ?この時代の人が空にくるくる回転してる雲がいるって知ったらビックリするだろうな。


「そういえば去年はそれほど長雨じゃなかったですよね?」
「昨年は穏やかだったな。四国や九州は酷い有り様だったようだが」
「じゃあ途中で曲がったんですね」

首を傾げる綱元を余所にはテレビの天気予報を思い出していた。ああ私なんで一般人なんだろうな。もう少し知識とか技術とかあればもっと助けられるのに。

「他に何か気になることでもあったか?」
「綱元さま。ダム…貯水池を作りませんか?」
「貯水池とな?」

「はい。井戸は生活用水に使用するとして貯水池は日照りと防火対策に。本当は山の上流の方に作れればいいんですけどそっちは手間と時間がかかると思うんで。
こう、堀を作って雨水を溜めて使うんです。場所は川からも井戸からも遠い民家の近くがいいかと。深さも大人1人分までで広さはそれなりに大きい方がいいと思います。
そうしたらわざわざ池に行かなくてもいいし井戸でくみ上げる時間も短縮できると思うんですよ」


出てくるものといったら日常生活に密接してるものくらいだし。しかも正確には防火水槽ってやつだしね。本当はもっとこうずぱーん!と格好いいこといってみたいんだけどなぁ。

、お前は不思議な知恵を持っているな」
「はは、不思議ですか」
「ああ。だが妙案だと思うぞ。民が日常で利用できる池を作るというのは思いつかなんだ。今度政宗様に進言するとしよう」
「ありがとうございます」
「…政宗様がを手元に置きたい理由がよくわかった気がするな」

感心するように見つめられたは危うく湯のみを落としそうになった。何でこの人はいつも突然ふっかけてくるのかな。

「私も綱元さまに留守をお任せするのよくわかりました」

これだけ政宗さまや奥州のために考えてらっしゃる方はいませんよね。と褒め返せば噴出すように笑われて「では、今度またのために新しい書を用意するとしよう」と湯飲みを煽った。

成実さま。私が綱元さまの笑顔以外拝むのは当分無理みたいですよ。




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2011.09.23

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