幸村いじり




甲斐は奥州と違い気温も湿度も高いらしい。太陽はをジリジリと焼くように照りつける。それでも元の世界の夏よりはマシに思えるのは不思議だ。
木があるせいかな。大きな風呂敷を抱えながら木の下で一息つき、見上げてそう思う。
木の葉の隙間を縫って降り注ぐ光がとても綺麗だ。

夏らしくなってきたなあ、と思いながら慶次達のところまで一気に歩き川下を覗きこんだ。

「お昼持ってきましたー!休憩してくださーい」
「待ってきましたー!」

の声に反応した慶次に他の男達も一斉に声をあげた。ふと、体育会系の世界ってこんな感じかなと思ったのはいうまでもない。こんなに暑いのにみんな元気すぎる。

今慶次達は崩れた橋の補強作業をしている。本当は壊した壁の修復だけですんだんだけど一宿一飯の恩義だとかで他の手伝いの人達と一緒に橋を直してる最中だ。
さすがに力仕事ができないは飯運びや細々とした手伝いをしているんだけどそれのお陰か馴染むのが早く感じる。通常、お昼ご飯は出ないのだけど連日の暑さもあってか幸村から特別支給が出たのだ。

たかがおにぎりと侮るなかれ。
働いてる男達は奪い合うようにおにぎりを食べている。さながら大家族の映像を見てる気分だ。

「(ゲームみたいに音が鳴って回復しないよね?)」
木陰を陣取った慶次の横に座り美味しそうに食べてる彼を見ながらそんなことを思う。大きな口だ。

「ん?も喰うか?」
「うん。一口ちょうだい」

本当は作るのを手伝うだけって思ってたんだけど慶次があまりにも美味しそうに食べてるから食べたくなっちゃったよ。口に含んだおにぎりはほどよくしょっぱくて出来立ての柔らかさが特に美味しかった。頬が落ちそうってこういうことをいうのかな。
美味しい、と慶次を見れば日陰に避難してきた同じ手伝い仲間の茂吉がニヤニヤとこっちを見ている。


「いやぁ、仲がいいねぇ」
「こっちが妬けてくるようだよ」
「ご馳走様」
茂吉以外も周りにいた男達は茶化すように声をかけてくる。慶次を見やれば「あんたらにはやらねぇよ」とを自分の方に引き寄せ笑い返した。どうやら持ち前の人懐っこさで随分と打ち解けたらしい。

「そういやあんたらって兄弟なのかい?」
「それにしては似てないなぁ」
「兄弟じゃあないんだなぁ」
「じゃあ親戚かい?」
「いいや」
「じゃあ近所の子だ」
「俺は人攫いかよ」
俺の生まれは加賀だぜ。とぼやくと一斉に男達が笑う。確かに甲斐が近いといっても国を越えたら人攫いだよね。

「じゃああんたらはどういう関係なんだい?」
「関係って友達でしょ?」
「"アタシ前田様のお嫁さんになるの!"とかじゃないのかい?」
「"アタシをお嫁さんにしてくれるまで一生ついていくから!!"てか?嬢ちゃんもやるねぇ」
「あははは」
「むしろ逆じゃねぇのか?嬢ちゃんを嫁にしたくて兄ちゃんが追い掛け回してるっていう」

「"おっと小さい割にいい尻をしてるじゃねぇか。どうだ?俺の嫁さんになってたくさんの子供を育ててみねぇか?"」
「"何いってんだい!家にも寄り付かない風来坊のアンタに種だけ植えられたら家が傾いちまうよ!おまんまだって食い上げさ!"」

「お前らなぁ〜…」


寸劇みたいなノリで始まった男達はゲラゲラ笑ってそれを眺めていた。役の千太が慶次役の重三を蹴ったり踏んだりして「ごく潰し!」と叱りつけ踏まれた方は「わかったわかったから許してくれ〜」とさめざめ泣いたフリをしている。
そんな役にさせられた慶次は呆れた顔で笑って「俺はそこまで薄情じゃねぇぞ〜」と野次を入れているがそれなりに楽しんでるようだ。

「でも確かに慶次さんって奥さんできたら尻に引かれそうだよね」
「おい。まで…っていうかお前はいいのか?あんな気色悪い喋り方されてるんだぞ?」
「面白いからいいんじゃない?」
引きつりそうな裏返った声に慶次は指をさして指摘したが、は笑って「じゃあ慶次さんが私の役やってよ」とリクエストした。


「何を騒いでおるのだ?」
「あ!真田様!!」
「幸村様だ!」

そこへ鍛錬が終わったらしい幸村が登場し、男達が頭を下げていく。もそれに習ったが隣にいた慶次と目配せしてニヤリと笑った。

「幸村様!は慶次様より幸村様の元に嫁ぎとうございます」
「は?」
いきなり駆け寄り、手を握られた幸村は目を何度も瞬かせた。

「信玄様へのまごうことなき忠誠心、戦われるお姿や初心なところも全て愛しゅうございます。そんな幸村様を考える度にの胸はもうはちきれんばかりで」
「な、何をいっておるのだ。前田殿…っ」
「ああ幸村様!は…っは…っ」
「おおっ落ち着かれよ!!何故殿の名を」
「この胸の鼓動お分かりになりますか?幸村様…!!はもう幸村様のことしか考えられないのです」

大きな両手で幸村の手をぎゅっと握り締めた慶次は自分の胸に当ててうっとりした目で見つめてくれた。それがまた結構うまい演技だから性質が悪い。


「幸村様。をお嫁に貰っていただけませぬか?」


信じ込みやすい幸村には最強の爆弾だったらしく顔を青くさせると「ぎゃああ!」と叫んで距離をとった。

「お、俺はそんな趣味など…っ破廉恥だ!!!!

毛を逆立てた猫のように警戒した幸村は叫ぶだけ叫ぶとそのまま全力疾走で城に戻っていった。

「破廉恥だって。慶次さん」
「さすが幸村だなぁ。俺にはあんな迫真の演技できねぇわ」

2人で肩を震わせると打ち合わせしたかのように爆笑した。周りの男達は呆気に取られてるがたちはそれどころじゃなかった。男の人に破廉恥っていったの初めてじゃない?
バシバシと慶次の腕を叩けば「いやぁ。幸村には悪いことしたなぁ」とぼやいた慶次にまた噴出した。「あの真っ赤な幸村が青くなった…!ブフ」って笑ってたのどこの誰よ!


腹を抱えのた打ち回る2人の笑いは芋と包丁を持った佐助が殺気を携えた笑顔でやってくるまで続いたのだった。




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2011.10.11

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