膝枕




甲斐で降る雨は長かった。
しとしとと優しい雨ではあるんだけどこういう雨の時はやたらと長いのだ。そのせいで地盤が緩み、土砂崩れとか橋が決壊という報告があって幸村や佐助、それに慶次達男性陣はこぞって城を後にした。
で城の中で帰って来た時用に乾いた布と手拭、それから水汲み湯沸しと手伝っていた。

朝目が覚めると久しぶりの晴れ模様に思いきり背伸びをする。夜遅くまで起きていたのだけど女中さん達にはお客だからと早々に寝せてもらったのだ。そのかわり早めに起きて手伝いをするということで早速厨へと向かう。
夜も出払っていた男達は朝方になって帰ってきたらしい。おにぎりを作っていた女中さんに聞いたは大量のおにぎりを持ってある部屋へと向かった。


「あ、佐助さん!」
「?!…お、おはよ。ちゃん」
縁側で手を拭いていた佐助に声をかければ何でか慌たて様子で着物を羽織った。
なんか年頃の子の着替えを覗いちゃった気分なんですけど。

「えっと…幸村さまと慶次さんは?」
「そっちで寝てる。布団敷こうかと思ったんだけどでかい2人を移動すんの面倒になってさ」

そのまま寝かせてる。部屋の中を覗き見れば幸村と慶次が鼾をかいて大の字で眠っている。確かに大人2人を布団敷いて寝かしつけるのはかなりの骨が折れるだろうな。
これは後か、とおにぎりが乗った盆を床に置くとは佐助の隣に座り新しい手拭を出して桶の水に浸した。

ちゃんいいって!そんな綺麗なのに勿体無いよ」
「何いってるんですが。そんなに汚れてたら落ちるものも落ちませんよ」

ドロドロになった佐助の手拭に呆れて彼の手を引っ張れば、しっかり仕事をしてきた黒い爪がお目見えした。


「それで幸村さまと慶次さんの手足も拭いてくれたんでしょ?」
「真田の旦那はね。前田の旦那は自分で拭いてたよ」
「じゃあ随分酷かったんですね」
「まあね。でも粗方片付けてきたから」

白地が見えないくらい手拭を泥だらけにするんだ。現場はきっと凄かったんだろう。
爪の間に挟まってる土を丁寧に手拭の端で落としながら「お疲れ様でした」と零せば大したことじゃない、と返された。

「自分の住んでるところだからね。それに上司命令だったし?」
ちゃんにも手伝わせて悪かったね。つい、とおにぎりが置かれた盆を見た佐助にそれこそ大したことじゃないと返した。

「お世話になってるんだし私も佐助さん達の為に役に立ちたかったんです」

顔を上げればクマが出来た顔で佐助が微笑んでいる。朝焼けのせいか、身体を洗ってきて水も滴るいい男のせいか、珍しく手拭を頭に巻いてイメージが変わったせいか妙に格好いい。いいものを見たわ。とにんまり顔で残りの泥も落とした。


「はい。綺麗になりましたよ。今度はそっちの手ください」
ちゃん。その前に、さ」

ん?と視線を上げれば、小首を傾げて待ってる佐助がいてなんだかとても胸が締め付けられた。あらやだこの子可愛いんですけど!きゅーんってなったよ、きゅーんって。

そんなにお仕事大変だったのか。それはお疲れ様です、と佐助の頭を丹念に撫でてぎゅううっと抱きしめたは目の下のクマを指の腹で優しく撫でた。
イケメンなのに勿体無い。そう思いながら撫でていると気持ちよさそうに目を閉じる佐助がやたらと無防備でここに携帯がないことを非常に悔やんだ。

「今日はお仕事あるんですか?」
「うん。でも今日はゆっくりしていいって旦那がいってくれたから…」

いってる傍から眠そうな顔で目を細める佐助は異様に可愛い。頬を挟むように手をあてると幸せそうにふにゃりと笑う顔がまた可愛くて、さっきから胸がきゅんきゅんして仕方がないのですよ。
お疲れで思考定まってないのかな?佐助っていつも1歩引いたところからみんなを見てて、裏があるような笑い方ばっかしてて、冷酷な仕事も淡々とこなしちゃう人って思ってたんだけど今の彼はどうだろうか。完全に気を抜いてないかい?


ちゃんの手って気持ちいいよね」
「?冷たいからですかね」
「…そういうのじゃなくてもっとこう、何かあったかいのが出てるというか」
なにそれ、ハンドパワーとかいうやつですか?そうなのかなあ?と片方の掌を眺めているともう片方の手がくすぐったくなった。

「俺様このまま寝ちゃおうかな」
「ちゃんと布団を敷いてから寝た方がいいですよ。今日も暑くなりそうだし」

ここじゃ日が当たるだろうし。
上機嫌に掌に頬擦りしてくる佐助を「それとまだ濡れてるんですから」と首筋に伝う水を袖で拭った。その際チラリと見える痕に自然と目が行く。
やっぱり古傷ってやつなんだろうな。刀傷みたいな、刺された痕みたいなのが見えてちょっとだけゾッとした。…佐助がこれだけ強くて激務をこなしてるんだから何もない方がおかしいんだけどね。

鎖骨やこめかみの濡れてるところも袖で拭っているとそれをじっと見つめていた佐助が嬉しそうに綺麗になった手での頬に触れてくる。


ちゃんって甲斐甲斐しくて、本当可愛いよね」
「へ?」
「(傷を見ても何も聞かないし、世話焼いてくれるし、俺は"忍"なのにさ)」

頬を撫でる佐助の手は優しくてこそばゆいが問題はそこじゃない。
真っ向勝負に負けたの顔は真っ赤になった。可愛いというのは目の前にいる佐助のことであって私じゃない。だってそんなふわふわ偽りなさそうに笑うの初めて見たよ?


「え?佐助さん?」
「俺様もう限界。ちゃんあとよろしくー…」

可愛い佐助にどうしたものかと内心焦っていると、睡魔に負けたらしい彼が傾いてきてそのままの膝の上に収まった。だから、ここは日向だから暑くなるっていってるのに。


「ああもう、しょうがないなあ」


完全に寝入ったらしい佐助には溜息を吐くととりあえずまだ終わっていないもう片方の手を引っ張り爪の泥を落とすことにした。



*

*

*



ぺしぺしという小さな刺激と蒸し暑さに目を開けた慶次は、ふあっと欠伸をかいて身を起こした。肩によじ登ってきた夢吉は目を覚ませといわんばかりに頬を叩いてくる。
隣ではまだ幸村が鼾をかいて眠っていて、そういや昨日の夜から働きづめだったんだっけと思い出した。

「慶次さーん…」
「んお??どうしてそんな暑いとこに…ってそれ、佐助?」

日の当たる縁側を見れば暑そうに顔を赤くしているがいて「助けて〜」と呼んでいた。それで夢吉が起こしてくれたのか。肩を見れば素早く下りた夢吉がの傍らに横たわってる身体を指差している。むしろの足に乗ってないか?
のそのそと四つん這いで進むと佐助らしき人物がの膝の上で寝ているようだ。

「…えっと、。それどういう意味…?」

らしき、というのは顔が白い布で隠れて見えないからだ。髪を見る限り佐助で間違いないんだろうけど。まるで死人のような扱いに戸惑いを隠せない顔で伺うと日差しが暑いからそれで顔にかけてやってるんだと返された。


「起こせばいいのに」
「だって疲れてるみたいだったし…それにこれだけ暑いのに起きないんだよ?」

確かにが顔を赤くするほど暑いこの中で寝ていられるなんて普通じゃない。というか本当に寝てるのか?本気で死んだんじゃねぇのか?なんだか急に不安になった俺は完全に起き上がると佐助を退けるべく手を伸ばした。


「おはよ、」
「「っ?!」」

退けようにも縁側に座ってるせいで落としかねないというを手伝うつもりで差し出した手は宙で止まってしまった。
触れようとした瞬間、佐助が起きたのだ。しかもかなり素早い動きで。

ひらりと床に落ちた白い手拭に目を取られていた慶次が顔をあげると佐助は起き抜けとは思えない早さで桶を手に持ち、スッキリした顔で俺達を見下ろしていた。

「ありがとちゃん。お陰でよく眠れたよ」
「え、あの」
「じゃ、俺様仕事に行くから」

そういって佐助はシュバっと姿を消した。残されたと俺はぽかんと消えた佐助の方を眺めるしかなかった。


「け、慶次さん。あれって起きてましたよね…?」
「起きてたんじゃねーのか…?」
正直、どちらともいえなかったけどには狸寝入りにしか思えなかったらしい。
「ちくしょー」といって床に転がった。

「足痺れてたっていうのに〜…あー!あー!」
「大丈夫かい?」

痺れた足に悶絶してるを不憫そうに眺めながら慶次は立てるか?と一応聞くと、首を横に振られた。仕方ないのでの両手を掴むと足をずるずる引き摺りながら日陰の室内へと避難させてあげた。

「詐欺師だ!佐助さんの詐欺師!!」

私の純情返せーっとぼやくは足の痺れと必死に戦いながら床を叩いている。それを眺めながら慶次はそういうもんかねぇ、と近くにあった乾いた握り飯をひとつとって頬張った。


「佐助もの前じゃ十分素直だと思うんだけどなあ」




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2011.11.11
白い布がやりたくてこうなりました(笑)

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