猿も木から落ちる




ぱかぱかと慶次が乗る馬に揺られながらは山道を歩いていた。のお披露目が終わって、それほど経たない内に信玄から越後に行かないかと誘われたのだ。

越後とといえば上杉謙信。

今は同盟国だから戦はないけどを連れていく理由はまったくわからない。同じように馬に乗って前を歩いている信玄の背中を眺めながらは首を傾げ後ろを振り返った。

「ねぇ慶次さん。私が上杉さまに呼ばれた理由知ってる?」
「いや?俺は聞いてないぜ」
佐助の方が知ってるんじゃないか?そういって慶次は佐助を呼ぶとサッと音もたてずに現れた。

「俺様も詳しくは知らないよ。大将直々にちゃんを連れていきたいっていうから従ったまでだし」
「それでも何かあるだろ?」
「つってもねぇ…軍神がちゃんに興味がある、くらいしかわかんないよ。あの御仁が何を考えてのか知るよしもないし」
「あーそういや謙信、に会ってみたいとか前いってたな」
「えっそうなの?」
「けど竜の旦那と右目の旦那が妨害するからあちらさんは結局会えなかったんだっけか」
「そうそう。俺がを迎えに行ったら佐助に連れ出された後でさ!」
「……す、すみません」


まさか見送りでそんなことになっていようとは。
あの後長門さんめちゃくちゃ怒られてたもんなー。クビか無礼討ちとかされそうだったから慌てて仲裁に入ったけど。額の傷を見せるくらい大したことないのに、政宗達って本当に過保護だ。

じゃあ謙信はただ顔がみたいだけなのかな?うーんと腕を組み、チラリと隣を見れば馬の早さに合わせて無表情に歩く佐助の横顔が見える。何を考えてるのか一切わからない。そしてまたフッと音もなく消えた佐助は今度は信玄の横に現れた。
瞬間移動みたいだと感心していると慶次に呼ばれ顔を上げた。

「なあ、もしかして佐助と喧嘩した?」
「え、何で?」
「2人共なーんかぎこちないぜ?」
「そうですかね?」

勘違いじゃないですか?と勘のいい慶次に素知らぬ顔で返し前を向いた。信玄の方を見れば佐助の姿はもうない。

慶次の予想はどんぴしゃに当たっていた。実はキスをしたあの夜以来、佐助はまともにこっちを見なくなった。
さっきみたいに一応喋りはするが事務的な言葉と淡白な表情しか見せない為、二人きりの時のベタベタっぷりを知ってる慶次からすれば十分不審な光景だろう。


「(なんでキスなんかしたんだろ)」

唇をそっとなぞり首を傾げた。政宗ならともかく、戦国時代に挨拶のキスなんてないもんね。あるとしたらそういう意味ってことになるんだろうけど、あの夜なんとなしに理由を聞いたら「なんとなく?」と疑問系で返されたし。
自分もそこまでは酔ってなかったから記憶も間違ってないだろうし、佐助も年下好きそうには見えないからただの悪戯だろうってことで解決してるんだけどあの余所余所しい態度は何なのかよくわからない。

もしかして記憶違いで私が佐助を襲ったんだろうか。それで怖がって距離を置かれてるとか?いや、その前に逃げるでしょ、忍者なんだから。


「どうしたもんかな…」
「ん?もしかして幸村のことかい?」
「え?あーそういえば、幸村さま置いてきちゃったけど大丈夫だったんですかね?」

もしかして戦でも近いのかな?と見当違いなことを考え唸っていたら幸村のことかと問われ目を瞬かせた。

そういえば今回信玄に留守を任された幸村はギリギリまで一緒に行きたいとせがんでいた。お舘さま直々に留守を任されたから喜ぶと思ってたんだけど、どちらかといえば一緒に行動できる方がいいらしい。
見送りの時も羨ましそうにこっち見てたもんなぁ。


「大丈夫、とはいえないかもなあ。幸村の奴、を守るのは自分だ!って意気込んでた後だったし」
「へ?信玄さまじゃなくてなんで私なの?」
「?妹を旅に出すんだぜ?兄代わりでも心配するもんだろ?」
「ああ…っ!」

そういえばそんな設定でしたね。てっきりお舘さまを独り占めして羨ましがられてるのかと思ってましたよ。それを素直に零せば慶次に笑われた。

「あー。確かに幸村って兄貴ってガラじゃないもんなあ」
「どちらかというと弟なんですよね〜」
「そうそう。実質兄貴いたみたいだし、それに佐助も兄貴代わりみたいなとこもあるしな」
「佐助さんが兄貴…」

オカンだと思ってました。と呟けば前を歩いてる信玄のところまで届くような声で慶次が爆笑した。いやだってさ。佐助の場合お兄ちゃん通り越してオカンにしか見えないんだよね。

「まあ、だからこそ年下のができて嬉しいんじゃねーの?…ていうか、って実は腹黒?幸村を弟みたいって…プププっ」
「えーだって幸村さま可愛いんですよ。あの結われた髪とかワンコの尻尾みたいで」
「ぶははっこれ以上笑わせるなよ…!腹いてー」


ぴょんぴょんゆれる幸村の髪を指で表現してたら背中にいる慶次が笑いながら震えていた。そこまで面白いことをいった覚えないんだけどなあ。

「やっぱり男の人って"可愛い"っていわれるの嫌ですかね?」
「喜ぶ奴は滅多にいないんじゃないかい?格好いいなら誰でも喜ぶと思うけど」
「あ、格好いいは思ってますよ。幸村さまの背中って結構好き」
「へぇ。じゃあ俺は?」
「えー慶次さん?そうだなあ…あ!この前幸村さまと稽古してた時格好よかった!何気に本気で戦ってましたよね」
「あーあん時な。幸村が熱くなっちまって本気でやらないと大怪我しそうだったし」
「いつもあのくらい真面目に稽古すればいいのに」
「俺は稽古より祭りと喧嘩が性に合ってるよ」
「それと"恋"でしょ?」

にやりと笑うと慶次も同じように笑った。


「そうだ。じゃあ佐助は?」
「え?」
「佐助の格好いいとこってどこ?」
「え、ええ〜?…うーん…」
「あれ?ねーの?」
「いや!そういうわけじゃないけど、」

急かすように覗いてくる慶次に手を振ってちょっとまってと考える素振りをした。
ないわけじゃないんだけど佐助に関しては神経質になってるから全部連動しちゃうんだよね。平常心平常心、と脳裏を過ぎる唇の感触を打ち消しながら「そうだなあ」と切り出した。

「横顔とか、いいんじゃないかな」
「へぇ、」
「あと頬杖ついて幸村さまを眺めてる時とか結構好き、かも」

呆れたように笑ってるんだけど目がね、優しくて何かいいんだよね。格好いいのとはちょっとずれるけど。愛情っていうか絆みたいなの感じて好きなんだよなあ、と呟けば近くの林で何かが落ちる音がした。


「え?!も、もしかして熊…とか?」
「この時期ならここまで来ないと思うけど…でも、随分ドジな熊だな」
「?」

結構大きな音に緊張したが慶次は何故かくつくつ笑って「さあて。熊に食われないうちにさっさと行っちまうか!」と手綱を振るう。何が可笑しいのか聞いてみたけど教えてくれなくては首を傾げるしかなかった。



*



木から落ちた森の熊さんは落ちた場所から動けず固まっていた。顔は心なしか赤い。

「優しい…とか、愛情とかって…」
『あと頬杖ついて幸村さまを眺めてる時とか結構好き、かも』
「ああもう、何動揺してんだよ…」

相手はたかが子供だってのに。あんなことして嫌われたんじゃないかって思って距離置いてたのに、慶次の問いも適当に流すか怒るかするって思ってたのに。ちゃんと俺のことを見てたのかと思ったら急に嬉しくなって木に飛び乗る間隔を間違ってしまった。

「あーやば…」

嬉しいとか俺様どうかしちゃってるよ。溢れ出る感情に眉を寄せてはみたものの顔は赤くなるばかりで熊は誰にも見られないように腕で顔を隠した。




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2011.10.29
素直な佐助。

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