謁見




ジージーと今日も蝉が煩く鳴いている。少しは涼しいはずの越後でも夏真っ盛りとあって日差しも蝉も元気いっぱいだ。
は汗だくで布団を片付けると女中さんに手伝ってもらいつつ小袖に着替えた。体調もそこそこ回復してきたのでやっと今日、上杉謙信と謁見することになったのだ。
広間に案内されたはそわそわと周りを見ていたが静かな足音と共に頭を下げる女中に習い、指を揃え頭を下げた。

「ぐあいはいかがですか?」
「はい。お陰さまで大分良くなりました。上杉さまには着いた早々ご挨拶もせずご迷惑をおかけしました」
「そなたをよんだのはほかでもないわたくしです。えんろはるばるきてもらったのですからえんりょなどむようですよ」
「ありがとうございます」


上座に座った謙信はゆったりと言葉を紡ぐと顔を上げるように声をかけててくれた。今は元の世界は映らない。ちゃんと板の間に謙信の姿がある。そのことに酷くホッとした。

「して、そうですね。ではそなたもふしぎにおもっていることからこたえていきましょうか」

目配せをして女中を下げさせると暑いというのに全部の戸を閉め切った。
まるで2人きりの世界になった広間には目を瞬かせる。これから何が起きるんだろう、そう思って背筋を伸ばすと上座にいた謙信が立ち上がりのところまで下りてきた。


「てを、」

差し出された手に戸惑いながらも手を置くと謙信は目を細め、それからもう片方の手を包み込むようにの手の上に置いた。その手は細いけどしっかりしていて男の人っぽいな、と思う。

「やはり、そなたはとくべつなものをもっていますね」
「え?」
「ばさらものとにてひなるちから。そしてそれをつかさどるためにかかえたかせ」
「……」
「ずいぶんとくろうをされたのですね」

ドキリとした。まるで占いで言い当てられたような心境だ。触れただけでどこまでわかってしまったんだと謙信を見ると彼はゆっくりと頷き何も心配はないと手を放した。

「あの、似て非なる力ってどういうことですか?」
「そうですね。いまわたしがいえることはてんはあなたをいつもみまもっているということです。そのちからはあなたがこまったときにかならずあらわれていたはず。おぼえはありませんか?」

「…もしかして、竹中半兵衛って人に襲われた時ですか?」

まさか、と思ったが恐る恐る口にすると謙信はにっこり微笑み頷いた。


「それからもうひとつ。むやみにひとのじゃきをすってはなりませんよ」
「じゃき?」

聞きなれない言葉に首を傾げれば『邪気』と教わった。悪いことが起きるとか病気になるとか、とにかくマイナスな言葉らしい。それを私が吸っているの?なんで?

「そなたのてはむいしきにひとのじゃきをすい、いやすちからがあります。なれど、それはむげんではない。そなたはまだちいさきはな。むりをすればこたびのようにとこでふせることがふえるやもしれぬということです」
「え、ですがこれは旅の疲れでは…」
「それもまたしかり。ゆえにみをまもることをまなぶのです」
「は、はい…」
「そなたのちかくにいるのではないですか?みをこにしてはたらく、すくいのてをさしのべたいものが」


癒す力?邪気を吸う?の頭の中は大混乱で謙信の言葉を半分も飲み込めなかった。それでもなんとか頷いたけどちんぷんかんぷんにも程がある。
あれか。神様がちょっと可哀想になっておまけステータスをつけてくれたのか。どうせならもっとわかりやすいのか政宗達と同じBASARA技がよかったよ。あ、でも人殺しはしたくないかな…。

そんなことを頭の隅で考えながら謙信の言葉にふと、ある人物が浮かぶ。
身を粉にして働いてるって佐助のこと?うーん。ありうる。だってあの佐助がベタベタ寄って来るなんてありえないもの。知ってる中で誰よりも働き者だし。


「力の制御ってできるんでしょうか…?」
「さもあらん。そなたこころねがのぞむかぎりかのうですよ」

一瞬、政宗かなって考えたんだけどこの前のことを思い出してしまい思考が止まってしまった。滅入ってる場合じゃないのに。
自分の手をじっと見つめ、ぐっと拳を作ったり開いたりして謙信を見上げた。穏やかな微笑みに心がほんのりと温かくなる。かすがってこういうの毎日感じてるのかな。


「りゅうのはなよ。いまはせんらんのよゆえまどうひもおおいでしょう。それにのまれずしんをもち、おのれのいくみちをすすみなさい。さすればそのさずかったちからもまたおまえにこたえてくれるでしょう」
「はい。ご教示、ありがとうございました」

説法のようなありがたそうな言葉に姿勢を正したは三つ指をついて深々と頭を下げた。




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2011.11.05

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