この世界の人間じゃなくても




しばらくかすがとイメージトレーニングをしていると、慶次がひょっこり顔を出してきた。

「あれ、かすがじゃん。どうしたんだ?こんなとこで」
「…謙信様の命でに手を貸しているんだ。貴様こそ何しに来た。邪魔をするなら帰れ!」
「えー誰も邪魔するなんていってねーじゃん」
「そういって邪魔にならなかったことなどないではないか!の訓練の邪魔だ!さっさと去れ!」

。訓練って何の訓練?」
「おい!私の話を聞かないか!」
「えーっと、力の制御の訓練、です」
「力の制御?あ、もしかして謙信がいってた癒す力ってやつ?」
「なっお前まさかまた謙信様のところに?!」
「あったり〜!さっきまで謙信と歌を詠んでたところさ」
「んな!」


怒りで真っ赤になったかすがはいきり立つとそのまま慶次に向かってクナイを何本も投げつけた。「うわわ!何すんだよ!」と騒ぐ慶次だったが顔は結構余裕そうだ。それがかすがの逆鱗に触れたらしくクナイの本数が更に増えた。あーあ。

逃げる慶次を追いか、廊下はどんどん穴だらけになっていく。というかかすがのクナイは何処からやってくるんだろう。そんなことを考えながら眺めていれば2人はそのままの部屋を離れ見えなくなった。
残ったのはと無残に穴だらけになった廊下とクナイが十数本。

この床、どうしよう。とクナイが刺さった廊下を見ていたら丁度視界の端に大きな足が見えた。顔を上げればずっと顔を合わせてなかった双竜の片割れが立っている。

「小十郎、さま」



*



蝉の鳴く音以外静かなの部屋に小十郎が難しい顔で座っている。はというと久しぶりなのとこの前の政宗の言葉が胸につかえて小十郎の顔をまともに見れなかった。

「具合はどうだ?」
「はい。普通の生活が出来るまでよくなりました」
「そうか」
「はい」
「……」
「……」

お、重い…。
なんだろうこの重い空気は。

夏だっていうのにからりと晴れてるのにこの部屋だけ梅雨が戻ってきたみたいにどんより湿ってる。どうしたんだろう、とそろりと視線をあげれば疲れた顔の小十郎と目が合った。何か、前よりやつれてない?クマもできてて、ちょっと老けた感じ。


「奥州は、そんなに大変なんですか?」
「……」
「も、申し訳ありません。私、何も知らなくて…」
「いや、お前が悪いわけじゃない。情報が行き渡らないのは意図的に止められているからだろう」
「じゃあ、やっぱり」
「ああ。今奥州は戦が横行している。これを機に攻め入ろうと考えている国は少なくないだろうな」

同盟を組んでいる上杉や武田も攻め入るつもりはなくとも落とされはしないかと注視している状態だ。そういって小十郎は嘆息を吐く。その息が本当に疲れていて辛そうだ。

「だったらここに来れる余裕なんて」
「ああ、ない。だが見栄を張らなければならないこともある」
「……」
「今ここで余裕を見せなければそれこそ敵の思う壺だ」
「……どうして、それを私に?」

情報を止めているのは多分自分が人質だからだろう。けれど小十郎がここで情報を教えてくれるのは優しさなのか、それともスパイになれ、という意味なのか。小十郎を伺えば、疲れた顔で微笑んだ。


「政宗様がお前に何かいったのだろう?」
「…っ!」
「お前の顔を見ればわかる。これでも1番長く寝食を共にしているからな…何があった?」
「あ…、」
「他言はしない。いってみな」

諭すような言葉には膝の上に置いていた手をぎゅっと握り締める。もう既に泣きそうになったがなんとか堪えて大きく深呼吸をした。

「…政宗さまが、奥州には帰りたくないのか、甲斐に帰りたいのかって」
俺の下に帰りたくないのか?と頭の中で響いて胸が軋む。そんなつもりなかったのにいえなかった。

「お前はどう考えている?」
「……奥州に、帰りたいです」
「何故だ?」
「な、何でって…奥州は故郷、だから」

甲斐の人達が、幸村や上田城の人達が人質として見てるとは思わない。普通に接してくれて優しい人達。でも、そこに一生いたいという訳じゃなくて。
奥州に政宗の下に帰りたい、とやっぱり思ってる。別世界の人間だけど、それを夢現にまざまざと見せつけられてるけど。緊張してうまく言葉に出来なくて不安そうに小十郎を伺えば疲れた顔が安堵の色を滲ませ頷いた。


「それでいい。何も迷うことはねぇ。他人に気遣うこともねぇんだ。自信を持て。お前の気持ちは間違っちゃいない」
「小十郎さま、」
「政宗様もお前が帰ってくることを望んでいらっしゃる。勿論俺もだ。…だから胸を張って奥州に帰って来い」

小十郎の言葉にほろりと涙が零れた。それは栓が壊れたように後から流れてきて止まらない。いいのだろうか。帰りたいと言葉にしても。この時代の、この世界の人間でなくても。政宗も私を受け止めてくれるのだろうか。
、と広げられた腕にたまらなくなって飛び込んだ。

「すまねぇな。本来なら政宗様がああならねぇようにお守りしなきゃならねぇ立場なんだが」
「ううん。だって小十郎さま、こんな…痩せるまで、頑張ってるもん」

抱きしめればやっぱり少し痩せた気がした。はらはら涙を零しながら胸の中で首を振ると小十郎は小さく笑っての頭を撫でた。


「お前にも辛い想いをさせちまってすまねぇ」
「謝ら、ないで…!全然気にしてない、私だって役に立ちたいのっ」
…っ」

私を奥州の人間だというならそんなこといわないでほしい。そういってしがみつけば、小十郎の腕が更に強くを抱きしめた。




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2011.11.11

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