お前の笑顔が恐ろしい




「あちぃ」
ミンミン蝉が鳴り響く執務室で政宗は筆を置くと扇子を取り出し扇いだ。ここずっと戦漬けだったがそれが終われば検分と後始末だ。文面を読み直し問題がないことを確認して後ろを振り返る。

「なあ。これから川にでも行って…」

涼まないか?といおうとして口を閉じた。わかっているのについやってしまう。これで何度目だ?そう思って政宗は深い溜息をつき頭を乱暴に掻いた。

執務室の片隅には専用の文机がある。埃がつかないように小十郎辺りがマメに掃除をしているらしいが主がいない机はひどく寂しそうに見えた。いつもならあの机を出して自分の背を見ながらが文字の勉強をしているのだ。
よく間違える書き順を正してやったり、崩す文字をからかったり、それから髪を梳いて手触りを確認して、たまに髪にKissをして。その度に顔を真っ赤にして邪魔だと怒るが無性に可愛くて。

宙に手を伸ばし髪を梳く仕草をしながら政宗は溜息を吐き床に転がった。
じゃらりと首に触れる金属に手をやり竜の形をしたnecklaceに目を移す。銀色に輝くそれは何の変哲もなく、映しも答えもしない。だがこれをつけているだけでなんとなくが近いような気がしてくる。
バカバカしい考えに内心笑ったがそれでも外す気にはならなかった。


「政宗様」
「小十郎か」

開け放った戸の向こうで小十郎が暑苦しくもきっちり着物を着込んでるのを見てうんざりしていると咳払いをされたので仕方なく身を起こした。

「Oh、喜多か。どうしたんだ?」
「先日頼まれていた物が出来上がったのでお持ちいたしました」


小十郎の奥に控えていたのは乳母であり小十郎の姉の喜多で彼女は両手の中にある包みを政宗の前に置いた。その包みを開けば涼しげな空色の着物が畳まれていて、それを取り出した政宗は手触りを確認し頷いた。

「Terrific!俺の目利きに間違いはなかったな」
「まことに。殿が気に入ってらっしゃる丸模様も良い色に映えておりますよ」
「Non.喜多、これは"水玉模様"っていうんだぜ」

広げた着物の裾側には今特にお気に入りの"水玉模様"が描かれている。縦縞や蝶や花はよくあるがこういった形は今まで見たことがなく斬新かつ華やかな色合いに羽織としてわざわざ作ったほどだ。
政宗も最近まで"丸模様"と呼んでいたのだがふとした時にに羽織を見せたら"水玉模様"と呼んだのでそのまま使っている。さすがに聞いた最初は水玉模様という名に笑ったが、雨がぽつぽつと降ってるみたい、という意見にそれでもいいかと思い直したのが切欠だ。
可愛らしいnamingにくつくつと笑っていると喜多は少し寂しそうに水玉模様が描かれた着物を眺めた。


「…ですが、着る相手がいないのはいささか寂しゅうございますね」
「So do it.だが、帰ってくればいつでも着られるさ」

そう、これはの為に作った着物だ。実はに内緒でこっそりと自らdesignし、注文していたのだがまさかこんなことになろうとは。
着物を畳み直し、その包みを持って喜多が部屋を後にする。いつでも着られる、その言葉に眉を潜めたが首元にあるネックレスを触ることで気を紛らわした。


「政宗様」
「俺に報告してくるっつーことはちっとは進展したってことか?」
「…やはり、動いていたのは豊臣の者でした」

喜多が完全にいなくなったところを見計らって膝を進めてきた小十郎が耳打ちをする。その言葉に政宗は口元を吊り上げた。やっと網にかかったか。

「んで?奴らは次にどこを狙う?」
「野州の河内かと」


さっと広げた地図に目を細める。勃発する一揆は意図がなさそうに転々としているが数はやはり南の武田側と北西の上杉側に多い。恐らく奥州を衰弱・孤立させるのが目的だろうが安易に乗ってやる気はない。
武田、上杉の交通手段を断たれたのは痛手だがそれはあちらも同じこと。

「A-ha.そうなると、奴らの根城はこの辺に絞られるってことだな」
「はっ草を使い調べましたところ旗印のない兵がこの辺りに紛れ込んだと報告がありました」
「北条か…確かあそこは1度豊臣に攻められてたな」
「その時に落とされた城をまだ取り戻してないとも聞き及んでおります」

だから補給を繋がなくとも動けるって訳か。まったくやってくれるぜ。口笛を吹き嘲笑うと政宗は北条の領土のある一点を見つめ目を細めた。口元の笑みが消えないのはこの鬱憤が晴らせる機会が来たからだろう。


「OK.んじゃこっちも動くことにするぜ小十郎」
「御意。まずは足がけの場所を潰し、それから本拠地に向かっても遅くはないでしょう」
「All right!芽は徹底的に潰すからな。そのつもりでかかれよ」
「はっ!」

待ってろよ、と悪どい笑みを浮かべた政宗だったが大きく頷いたはずの腹心が動かないことに気づき何だ?と視線を向けた。

「それと、のことはいかがなさいましょうか」
、か」
「連れ戻すことは簡単ですが、の一件はまた別のことにありますれば」
「そうだな。もう暫く預けておきたいところだが、これ以上あいつらの下に置いといたら"取れない匂い"がついちまいそうだ」

暗に喰われちまいそうだ、という政宗に小十郎はピクッとこめかみを動かす。眉間の皺が3割増だ。お前も気苦労も絶えねぇな。


「小十郎。が帰ってきたらいっそのこと正式に養女として迎えるってのはどうだ?」
「…そうですね。そうなれば堂々と政宗様の悪戯を仲裁することが出来ますし」
「おまっ……んなこと考えてたのかよ」

名案だとばかりにニヤリと笑えば、小十郎も極悪な面でニヤリと笑った。その笑みに負けたような気がしてならない。

「Hey,小十郎。俺は仮にも奥州筆頭だぜ?」
「それとこれとは別です。には適齢期まで慎ましく過ごさせ、見合った者に輿入れさせたいので」


こいつ絶対輿入れさせる気ねぇぞ。政宗の肩書きすら一蹴してしまうような小十郎の発言に顔が引きつった。なんだよ、俺は見合ってねぇっていうのか?悪い虫だっていうのか?小十郎、それは聞き捨てならねぇぞ。


「Ha!小十郎がそこまで子供好きだったとは知らなかったぜ」
「人並みだと思いますが……とりわけ、のことに関しては思い入れがあるかもしれませんね」
「……」
「……」
「……まさかお前がを娶りたいとかいうんじゃねぇだろうな…?」

脳裏を過ぎった一抹の不安を言葉にすれば、無表情だった小十郎が見たこともない笑顔で微笑み政宗を震え上がらせる。
え、どっちなんだよ小十郎!政宗の脳内でそう叫んだが声にはならなかった。




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2011.12.01
英語は残念使用です。ご了承ください。

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