勝てる気がしない
城の人達に洗脳された幸村の次に現れたのはお舘さまこと武田信玄だった。…と、書くと語弊があるかもしれないが(それこそゲームの敵みたいで)、今のにとっては大差ない話だろう。
躑躅ヶ崎館に呼び出されたはぐったりした顔で信玄のもとに赴くと、外の空気でも吸って気分転換でもしようかと庭に連れ出された。
館の庭はさすがというか隅々にまで手が行き届いていて文句の言いようがない。丸みの帯びた松や不規則なようで見る者を楽しませる石の配置、そして秋に相応しい紅葉…全てが美しかった。
「その顔では幸村はまだそなたの心を射止めていないようだな」
「…ご冗談を。信玄さまは私の身元を知っておいででしょう?」
「ふむ。佐助から聞いてはいるが…自身はどう考えている?」
赤く彩られた木々を背景に池を渡す石橋の上で立ち止まった信玄はにっこり笑ってを見下ろす。どんより落ち込んでるを気遣って外に出てくれた信玄に有難いと思いながらもまたこの話題か…とうんざり気味に微笑んだ。
「身分が気になるのならこのワシが取り持ってやってもよいのだぞ?」
「お気持ちは嬉しいのですが、信玄さままで巻き込むわけにはまいりません」
「成る程。では自力でどうにかすると?」
「それもかなり難しい気はしてるんですが…でも、私はご期待に添えられないので」
これで幸村の元に嫁ぐとあれば色々頼りたいところだけど、の答えはその逆だ。一応曲りなりとも奥州の代表みたいな位置にいるのにおいそれと協力してほしいなどと言い出せない。
「頼りたいのは山々だが、断る手前頼みづらい、というところか」
「恐れ入ります」
「繋がりが出来れば奥州にとって有利になることがあってもか?」
「…それは、伊達家の血筋の方のみのお話かと…私はあくまで拾われた子供です」
「鋭いのう。そのぐらいの歳であれば伊達家の、ひいては奥州の為になると浮かれてもよいものだが」
「武家のお姫さまならそう思ったかもしれませんが……あの、私ってそんな風に見えるんですか?」
「フッ…スマンスマン。そなたは変わった女子だ。地位を与えられても驕らず、さりとてワシと話ながらも臆することなく正しい判断を下す。身元がどうであれ、その聡明さは今の幸村に必要不可欠な部分だ」
「私が買われているのは"女性に過敏な幸村さまに触れる女子"としてであって私以上に見識豊かな女性はたくさんいらっしゃると思いますが」
またいつもの展開に溜息を吐きそうになったが慌てて飲み込み背を伸ばす。ここでなし崩しに持っていかれても困るし、信玄の不満を買うのも不本意だ。眉尻を下げ困った風に微笑んだを信玄はフッと笑って「残念じゃ」と投げかけた。
「幸村は脈なしか」
「幸村さまには妹として十分に可愛がっていただきました」
「そこまで伊達政宗を恋慕うておるのか」
「…っ」
いきなり出た名前に思わず吹きそうになった。驚き見上げると信玄は悪戯が成功したような顔で笑っている。「図星か」とわかりきった顔でいわれても困るんですけど。
「も、勿論、支えるべき主君ですので」
「ふぅむ。そうくるか…」
顎を撫でる信玄は次の一手はどうしようか、という素振りで空を仰ぐ。いやいやいや!なけなしの抵抗を崩すような策とかいりませんから!この防壁、超脆いですから!
「大将、」
内心冷や汗ダラダラで信玄を見つめていると音もなく佐助が降り立った。のいる方とは反対側に下りた為か信玄の姿で見えない。けれど声色はお仕事モードのようで少し硬いように聞こえた。
「よ」
「は、はいっ」
「またワシと茶飲みにつきあってくれまいか?」
「へ?あ、はい。喜んで」
振り返った信玄は、皺を深く刻ませ父親のようにに微笑みかける。その笑顔に少しホッとして、それから変なしこりを感じて。そんなもやもやっとした気持ちを抱えながらも次の約束をしては頭を下げた。
*
が去り、空気が一段と秋の涼しさを感じれるくらい冷たくなる。信玄にとっては、もう嫁いで行ってしまった娘達の代わりのように見えているらしい。張り詰めた空気に佐助は改めて信玄もまたをそれなりに受け入れているんだとわかった。
「…して、どうだった?」
「あまり芳しくないですね。今年の収穫もあまり望めないと思いますよ」
「そうか」
「それから、こちらの申し出は断られました」
懐から書状を取り出し差し出すとそれをチラリと見て信玄は溜息を吐いた。
わかっていたことだけに仕方ないというところか。
「時期尚早、だったかの。逆にあやつの機嫌を損ねてしまったか」
「竜の旦那もわかってると思いますよ」
「ふって沸いた小競り合いに続き天候不順…ここで理を欠けば攻め落とされる。そして追い詰めるように豊臣が兵を挙げたか…」
「はい。以前奥州に侵攻した際に根城にされた場所をまだ北条側は落としきれてないようで…。それと最近力を入れている水軍も使ったみたいですよ」
「水軍か…」
「そっちの方は上陸するのに随分手間がかかって見直し、という噂もありますが」
「あちらの海はよく荒れ、船を繋ぐ安定した土壌が少ない。相当な手練の水軍でもない限り攻略はなかろうて」
「では、北条側に話を持ちかけてみますか?」
「そうだな。そろそろの処遇もはっきりさせたいと思っていたところだ。佐助よ。行ってくれるな?」
「はっ」
という言葉に一瞬だけ反応したが静かに頷くと、何故か信玄に呼び止められた。
「さてはとの話を最初から聞いておったな?」
「…何の話ですか?」
「素直でないのう。それも最近崩れ落ちてきたが」
「あの、用がないなら仕事に行ってもいいですか?」
「佐助よ。は好きか?」
あけすけに問われ、思わず肩が揺れた。顔を上げると信玄がニヤリと笑っている。そこで自分の顔が崩れてることに気づき慌てて繕ったがもう遅い。何を聞いてくるんですか、と苦し紛れに言い返してやれば信玄は肩を揺らして笑った。
「あれを手に入れるは至難の業だぞ」
「俺、何もいってないんですけど」
喰えない狸だな、と眉を潜めれば信玄はまた笑った。この人、俺達をけしかけて楽しんでるんじゃないか?
「佐助よ、いい顔になったな」と茶化す信玄に佐助は隠しもせず顔をしかめると、このまま仕事放棄してやろうか、と半ば本気で考えながら姿を消した。
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2011.12.01
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