逃亡の計画




甲斐が戦の準備をしてるらしい。
そんな噂が広まったのは秋も深まった頃だ。始めは戦を想定した実地訓練をする、て話だったんだけど昨日急にそのお触れが回って城の中は大忙しになっている。
客人として持て成されているは手伝うことも出来ず、一人悲しく部屋の中で幸村に借りた農書を読んでいた。

しかしこの農書、文章が堅苦しくて何度も文字を行き来しないと解読できない。誰だこんなわかり難い本書いたの。幸村はよくこんなの読むよね。
うんうん唸りながら読んでいるとドタドタと慌しい足音が聞こえてきた。あ、慶次さんだ。と思っていればスパン!という音と共に慶次が戸を開け放ち部屋に入ってくる。

っ聞いてくれ!!」
「はいはい。なんですか?」

慶次にプライバシーってのがないのだろうか、と思ったが顔を見る限りかなり焦ってるようで後ろをチラチラ見ながら顔を近づけてくる。


「前に俺の親戚に利とまつ姉ちゃんがいるっていっただろ?」
「うん」
「さっき町に行ったら…ああ、悪い。今度は連れてくから…んで、ある人から聞いた話なんだけどその2人がこっちに来てるらしいんだよ」
「利さんとまつさんがですか?」

戦が始まるから。という理由で外出禁止令が出てたから慶次の話を聞いてむくれたのはいうまでもない。なのに謝り方すらおざなりな慶次はまた後ろを振り返る。まるですぐ近くに彼らがいるみたいだ。

は納得がいかないながらも何をしでかしたんだと聞けば案の定、利家に悪戯をして怒られるのが嫌で逃げ回っているんだという。
それだけじゃないだろ、とつつけばちゃんと働けとか借金するなとか、予想通りの話も聞いた。慶次が現代にいたら金融会社に追い掛け回されてそうだ。


「どうするつもりなんですか?」
「とりあえず、ここを離れようかと思ってさ。はどうする?」
「え?私?」

いきなりふられた話に目を瞬かせた。どうやら私のことも連れてくつもりだったらしい。確かに色々回れるのって心惹かれるけど新幹線とかバスとかないから簡単に帰ってくることが出来ないんだよね。

「南に行けばうまい酒も飲めるぜ?」
「私酒好きキャラになってる…」

否定は出来ないけどちょっと悲しい。苦笑するに慶次は「行こうぜ」と背を叩いてくる。
そうなんだよなぁ。まだ兄貴とかサンデーとか会えてないもんなぁ。光秀と信長と松永は怖いから噂くらいでいいけど。


「でも、あんまり離れたくないんですよねぇ」
謙信に会いに行くとかならいいけど、あまり奥州から離れたくない、というのが正直なところだ。未だに帰ってこいとも押しかけてくることもないけど、それでも自分の足で帰れる近さにいたいと考えてしまう。

「独眼竜のとこからか?…そういや今奥州は北条に戦を仕掛けるつもりらしいぜ?」
「え?そうなの?」

どうやら北条は以前豊臣に手痛いほど攻められ建て直しもままならない状態らしい。俗に言う"今が攻め時"らしいけど、にしてみれば歯向かう気のない相手に喧嘩を売る方が理解できない。

「奥州の中の争いごとはどうなったの?」
「その辺は俺もわからねーけど…っあ!独眼竜だって意味もなく他国を攻めたりしないと思うぜ?」
「そう、だよね」


眉を潜め、沈んでいくに慶次は慌てて取り繕うが、戦を仕掛けることよりももっと別のことがの脳裏を掠めた。

奥州の争いごとがひと段落したら迎えに来てくれると思ってたのに…。

もしかして北条攻めもその一環なんだろうか。それとも天下をとる為に動き出してしまったのだろうか。その辺は抜かりない人だからなあ。小十郎もいるし。

「ねぇ、慶次さん。もし政宗さまが天下取りに動き出したら信玄さま達はどうすると思う?」
「どうって………同盟を守るつもりならこのままだろうけど、独眼竜風にいえば"同盟なんてクソ食らえ"だな」
「…ぷっ…ですよね」

声色を真似する慶次には噴出したがすぐに無表情に戻ってしまう。そんなに慶次は周りを確認すると内緒話をするように顔を近づけた。


「ちょっと小耳に挟んだんだが、どうやら虎のおっさんも北条を攻めるつもりらしい」
「え?!」
「勿論、同盟を組んでるから独眼竜のところには攻め込まないと思うけど共同戦線でもないらしい」
「どういうこと?」
「北条が豊臣に攻められたって話は聞いてるよな?実はその時に北条の領地の一部を豊臣が奪っちまったらしい。北条のじいさんも本丸に篭城状態で、身動き取れないみたいでさ。実質あの領地の実権は豊臣が握ってると思って間違いない」

「そうだったんだ…。じゃあ豊臣は甲斐を跨がずに奥州に攻め入れるってこと?」
「そういうこと。なんで三河や甲斐じゃなくて奥州を狙ってるかはわかんねぇけど、でも今1番隙があるのは奥州だからな…」
「一揆や戦が響いたんですね…」
「けどなんでなのかなあ。今年は不作みたいだし、兵法ってやつで考えるなら今の奥州はあんまし条件がよくねぇんだけど…」
「付加価値があるからじゃないですか?北の方って環境は厳しいけど出来上がった作物の品質は悪くないもの」

そういう打算も豊臣の竹中半兵衛なら考え付くかもしれない。の言葉にそれなりに納得したのか慶次は「っと、話が逸れちまったな」と本題に戻った。


「それで独眼竜は北条を攻めるつもりなんだけど…虎のおっさんはっつーと、独眼竜に豊臣軍を任せて自分はちゃっかり北条の本丸を潰すんじゃないかって俺は考えてる」
「でもそれじゃ、武田が北条を取るってことじゃない」
「ああ。だからそこでを使うつもりなんだろうよ」
「……」
「独眼竜がを大事に思ってるのは虎のおっさんも知ってる話だからな。がこっちにいるからおいそれと手が出せないって考えてる」

漁夫の利とはよく言ったもんだぜ。と慶次は顔を離し溜息をついた。


「戦続きで一度に2つの国を攻め落とすのも容易じゃないしな。独眼竜も今回は指をくわえて見てるしかないだろうぜ」
「そう、かな」
?」
「私の知ってる政宗さまは戦について結構シビアに考えてるよ。そりゃ幸村さまが絡んだことに関しては色々抜けちゃうこともあるけど…でも、敵とみなした人には容赦しないタイプ」

冷静に考えれば政宗だって1人の人間だし、疲れも怪我もするだろう。それに人を動かすんだから兵糧や兵力だって問題になる。きっと小十郎も止めるだろうし。でも、それだけじゃまだ足りない気がする。


「プライドを傷つけられて黙ってられるほど政宗さまは温和な人じゃないわ」


自分は平気で戦場に乱入するくせに自分の戦に他人を介入させることを嫌がる。
そんな人が手に届きそうだった国を誰かに取られたとしたら…疲弊していても、不利な状況でも間違いなく奪い取ろうと動くはず。
そうなったら私のことだって簡単に忘れちゃうわ、と肩を竦めると慶次はなんともいえない顔で頭を掻いた。

「俺さ、本当いうとを人質に使うってのは気に喰わなかったんだ……だからさ、さえ良けりゃここから連れ出すけど」

どうする?と再度問われは慶次を見やった。
もしかしてそれもあって誘ってくれたんだろうか。いつもの柔和な顔を引っ込めた、真剣な慶次には頼りになるなあ、っと微笑んだ。




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2011.12.05

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