無事でいろよ
北条領に潜伏していた豊臣軍と交戦していた政宗は手応えのない布陣に眉を潜めていた。そして間もなく武田、北条の同盟軍が豊臣の背後に回り一気に飛散していく。それを高台の上からじっと観察していた。
「Ah-n?どうなってんだ。こりゃあ」
「味方、のようですな」
「それもそうなんだが…」
武田とは以前共同戦線の申し出を断っている。その為北条攻めの報告が来た時は綱元に苦言を呈された。それもあってこの戦は3つの国を攻め落とすつもりで望んだのだが、あの赤い虎はもっと有利な方へと駒を進めたようだ。
苦い顔の小十郎と似たような気分になったが政宗は違うことも目の前の光景を見て思っていた。
どうにも腑に落ちないのだ。豊臣といえば竹中半兵衛がいる。なのにこのふざけた布陣はなんだろうか。
「この布陣を考えた奴はとんだfoolかど素人としか思えねぇな」
「確かに。豊臣の軍師にしては綻びが目立ちますな」
成実、武田・北条軍に掻き回され逃げ惑う姿は、まるで頭を失った虫だ。「きな臭せぇな」と目を細めたところで黒脛巾が降り立った。
「どうした」
「成実様からの伝令です。先陣に武将なし。全て農兵と捕虜の北条軍だそうです」
「Shit!だからか」
「いかがなさいますか?」
「敵がいねえのに戦ってもしょうがねえ。刃向かう奴をぶん殴って気絶させりゃ戦意も落ちるだろ」
「では成実には殺さず投降させるようにと」
「ああ。任せたぜ」
統制がとれていないのはそのせいか。わかった理由に舌打ちをした政宗は踵を返し馬に跨がる。
内心傍迷惑だったがお膳立てされた手前、功績を労わなければならないだろう。それにのこともある。足で合図を送ると愛馬、太刀風はすぐさま武田軍がいる方へと足を進めた。
それにしても、と思う。狡猾に敷かれた半兵衛の計画は奥州を手に入れて成就するものではなかったのだろうか。仮に背に武田、北条が来たとしても奴なら切り抜け捩じ伏せる布陣も用意できたはず。
同じことを思ったのか小十郎も残骸と投降する兵達を見つめながら眉を潜めていた。
「な、なんだと!」
六文銭の旗印がある真田の陣に歩み寄れば、無駄に馬鹿でかい声が辺りに響く。間違えるはずもねぇ、真田だ。だが勝利を得たという割に緊迫した空気を感じる。何かあったな。
「Hey!真田、どうした?」
「ま、政宗殿…っ」
「あーあ、だからいわんこっちゃない」
了解も得ず陣幕を潜ると真田と猿飛の顔がバッとこちらに向いた。まるで政宗達が来ては困るような2人の素振りに眉を潜める。そしてあることに辿り着いた政宗はそのまま幸村に近づき胸ぐらを掴んだ。
「政宗様?!」
「が、どうしたって?」
「!そ、それは……いや、そういうわけでは…」
あからさまに動揺する幸村に政宗はチッと舌打ちする。今日ほどわかりやすい幸村に苛立ったことはないだろう。その上話せといっているのに話さないこいつに腹が立ち、眉間の皺を深くすると、見かねた猿飛が溜息混じりに割って入ってきた。
「わかった。話すから、真田の旦那を離してあげて」
「佐助…っ」
「聞いて何もなきゃ離してやるさ。Speak out!」
さっさと話せと睨み付ければ、猿飛は肩を竦めわざとらしく盛大な溜息を吐いた。
内容は至ってシンプルだった。
「ちゃんが拐かされた」
熱を出したを人里離れた別宅で療養させていたら何者かに襲撃され連れ去られたという。小女として真田忍隊の忍を何人かつけていたが全員殺されたらしい。
「ぐあはあっ!」
「旦那!」
「政宗様!」
理由を聞いた政宗は真っ先に胸倉を掴んでいた真田を殴り飛ばした。転がり尻餅をついた真田の口からは赤い血が伝う。
それに驚き、猿飛と小十郎がそれぞれの主人に叫んだが当人達には届かず、政宗が睨みつけた先にいる真田は思いつめた顔で黙したまま正座の格好で座りこんだ。
「殿が攫われたのは某の責任!願わくば奪還の機会を某に」
「Don't say anything.敵が誰かもわからねぇ状態でアンタに何ができる?」
「ぐっ…」
「は俺が助ける。アンタはさっさと甲斐に帰りな。You see?」
「だが!」
「ちゃんが攫われたのは甲斐の領地だぜ?地道に探すにしても地の利があるのはこっちだ。情報はあったことに越したことはないと思うけどね」
「……」
思い詰めた顔で拳を作る真田に対して淡々と語る猿飛だったが、目は復讐に似た炎を点らせていた。のこともあるが忍としてのprideを傷つけられたことにも怒りを感じているんだろう。
「政宗様、」
「俺の意見は変わらねぇ。は奥州の者だ。民を救うのもそこを治める俺の勤めだ。誰にも邪魔はさせねぇ」
「政宗殿!」
「え…がなんだって?」
声がした方を振り返れば上杉に傭兵として借り出されていた前田が陣幕を捲ったところだった。恐らく、こちらの剣幕に驚いて確認しに来たんだろう。
面倒な奴が来たぜ、と内心思いながらも静観していれば不穏な空気を感じたのか前田が俺達を見て眉を潜める。何があったんだと目で聞かれ俺は逸らしたが代わりに小十郎が答えた。
「が拐かされた。付き人の忍を全滅させる程のやり手らしい」
「えっおい、嘘だろ?が拐かされたなんてさ!」
「……」
「なんだよそれ…!だったら無理にでもを連れ出せば良かった」
「連れ出してどうするつもりだったんだ?甲斐で物見遊山でもするつもりだったのか?」
「まさか!利とまつ姉ちゃんがいるかもしれないのに戻るわけないだろ」
小十郎の問いに慌てた前田はいいづらそうにあの二人から逃げているんだと告白してきた。その話に猿飛が首を傾げてくる。
「ガセでも掴まされたんじゃないの?アンタの親戚夫婦は相変わらず加賀にいるぜ?」
「え?でもさ……」
「風来坊、それはいつの話だ?」
「…確か秋に入って丁度稲刈りが始まった頃だから…あ、甲斐が戦を仕掛けるって噂を聞いた頃だ。町で人が集まってるんでなんだろって聞いてて、そしたら旅をしてる男に会って…」
「そいつと何を話した?」
「その戦の話と、話が面白いから場所を移して酒屋で飲みながら旅の話をしたかな。そいつ転々と回ってる薬売りらしくて、利とまつ姉ちゃんを三河で見たって…」
「なんでテメェにそんな話をしたんだ?」
「あ、俺が前田っていったから武家なのかって聞かれてそれで教えてくれたような……え、待ってくれよ。もしかして、そいつが?」
「可能性はあるな」
「俺もそう思うよ。薬売りって忍が情報収集するのに扮装する格好の1つだ。疑ってみてまず間違いない」
「それで、のことをそいつに話したのか?」
「いや、話してない。無闇にの話をするなって佐助に文句いわれた後だったし」
「じゃあその後、誰かにの話をしたか?」
小十郎の問いに前田は記憶を探るように視線を動かした後、苦い顔で頷いた。
「ある。戦に出る少し前くらいにもよく世話になってる蕎麦屋のおばちゃんに話した」
「なんて話したんだ?」
「おばちゃんには来ないのかって聞かれたから、"今伏せってるから治ったらまた来るよ"って」
そこで沈黙が下りた。陣幕の外では投降した兵の収拾の声や怪我人の手当てで行きかう具足の音が聞こえてくる。
多分そいつがの居場所を突き止め黒幕に教えたに違いない。問題はそれが誰かってことだ。普通に見たらただの子供にしか見えないだ。多少の色づけされた噂もあるだろうが誘拐して何かを得ようというには決定的なものが足りない。
「…あのさ。俺が思ってたことをいってもいいかい?」
「Ah?何だ?」
「今回の戦さ。ちょっと変じゃないか?…!いやっそんな目で見るなよ!」
「この戦がおかしいのは皆わかっている。だからどうしたというんだ」
「…怒らずに聞いてほしいんだけどさ。豊臣が奥州を攻めるのっておかしくないかって思ったんだけど」
「どういうことだ?」
「いくら攻めやすい状況だからって近くに三河や甲斐があったんだぜ?それを差し置いて、利のない奥州を攻めるのってどうかと…わわっ刀抜くなよ!!」
「テメェっ奥州を馬鹿にしてんのか?」
「ちっげーって!落ち着けよ!!話は最後まで聞いてくれ!!」
「…小十郎、」
奥州を貶す言葉に小十郎が刀を構えると前田は慌てて両手を振った。まあ、こいつが他国を貶すようなことをいうのはそうないからな。何か意味があるんだろうと思い小十郎に声をかけ後ろに下がらせた。
「確かに奥州は落とせる状況に見えたかもしれないけど、でも収穫の噂は甲斐の市場まで届いてたんだ。それを豊臣側が知らないなんておかしいだろ?」
「うむ。豊臣には切れ者の軍師がいる。だが…確かに此度の布陣は豊臣らしからぬ陣形でござった」
「その陣形を担ってたのが捕虜と何も知らない農兵じゃあね…たかが知れてるでしょ。けど、俺様達の方にも奥州の噂は届いてたのは確かだ。それを知らないってのは変な話だね」
「だろ?半兵衛の戦の仕方を何回か見聞きしたけどこんな布陣は初めてなんだ。まるで捨石みたいな」
「目的は奥州じゃねぇってことか」
「政宗様…?!」
嘆息と一緒に吐き出せば小十郎が目を見開き声を上げた。そりゃそうだろう。奥州の国よりも利益があると思われたものにすり替わられたんだ。
「竹中半兵衛が真に狙っていたのは…だな」
その言葉にようやく自分の中で点と点が繋がった。本来は奥州を潰しを奪うつもりだったのだろう。それが甲斐にいるとわかり急遽予定を変更してを攫ったのだ。だからこの戦はいらなくなった。捨て戦だった、というわけだ。
「では、この戦自体無駄だったと…そう申されるのか?」
では命がけで戦い、傷ついた兵は?と続けようとした真田は怒りで口を噤んだ。拳がわなわなと震えている。武人の戦いを神聖なものだと考えている奴ほどこの戦に怒りを覚えない者はいないだろう。
そしてを奪った理由も勘付いた政宗は眉を潜めた。
「おい真田、」
「?!…な、なんでござろうか!」
「アンタの大将に汚名返上の機会をくれてやると伝えな」
「…!では、」
「ああ。迅速に準備を整え、豊臣に戦を仕掛ける。を奪還するぜ」
政宗の言葉に小十郎も他の者も異議を唱えなかった。政宗の目が本気だとわかったのだろう。時期を逃せばは半兵衛の手によって壊される。
その危機感を察知したのか真田はまっすぐ政宗を見据えると「相分かった!」と大きく頷いた。空を見上げれば空は赤く色づいていて政宗はそれを見上げ目を細めたのだった。
-----------------------------
2011.12.08
英語は残念使用です。ご了承ください。
TOP