黒い笑み




座敷牢に閉じ込められてからどのくらい経っただろうか。日が入らないこの部屋での生活は自分の体内時計と決まった時間に寄越される一回の食事に頼ることしか出来ない。
多分2週間くらい経ったと思うんだけど最近浅い眠りを繰り返しているせいで体内時計が狂い始めてる。

ここに移される前も今も何をするでもなくただぼうっとしてるだけ。夢のニート生活だ。訪問者もなく半兵衛の顔も見ていない。きっと仕事で忙しいんだろう。そうわかってるのに暇すぎて半兵衛が恋しくなっている自分が空しい。
敵だってわかってるけど数少ない話し相手だったからかなりの痛手だ。そのせいでもっと友好的に話しておけば良かったとか後悔し始めてる。

「これが計画の内だったら笑えないわ…」

聞いたところで教えてもらえないだろうし、口にしたら本当に人恋しくなってしまう。1人は堪えるけど弱みを見せて付け入られるのはもっと困る。そんな訳で毎日寂しい日を過ごしてるわけだ。


「それにしても、なあ」

脳裏に映る女性に天井を仰いだ。結局あの人の名前を聞きそびれたままだ。年は十代後半だっただろうか。
痩けた頬と肉を削げ落としたかのような骨ばった手首。もしかしたら栄養失調か病気をしていたのかもしれない。不便な国のお姫さまなのかもしれない。医療も未発達で、それに見合うバランスの取れた食生活も難しい時代だ。匙を投げられたのかもしれない。
だとしたら他の世界で生きたい、というのもわからない願いじゃない。

「鳥になりてぇな、なんていうくらいだし」

武家の世界は武家の世界でままならなこともあるだろう。
苦の為に死を選ぶか、生の為に苦を選ぶか。
どちらかがいい、なんてことはないのだから。

のいた世界ならまだ耐えられるって思ったのかもしれない。自分ではなく高校生のを狙ったのは多分付け入る隙があったからだろう。もしくは同じ境遇だと共感したか同情したか、だ。
どちらにしてももう私が元の世界に帰ることはない。元の世界の私の場所に彼女がいるのだから。


「受け入れるのは、まだ先だろうけどね…」
「何を1人でぶつぶついっている」

過去と引き換えにあの女性と入れ替わったとか、本当に帰れないとか、リアル感は正直薄い。それを受け入れられるのは当分先かな、とぼやけば返って来るはずのない声が返って来て驚く。
格子の外を見れば盆を持った三成がいた。

「あれ?もうそんな時間?」
「飯しか楽しみがないお前が忘れるとは…とうとう気でも狂ったか」
「よく覚えてるね…」

前に会ったのは5日前だろうか。その時にいっていた言葉を再生する三成に呆れながらも頬が緩む。敵でも見知りは見知りだ。三成とも久しぶりに会うから嬉しくなってしまう。

「そのニヤついた顔をどうにかしろ!薄気味の悪い奴め!」
「煩いなーみっちゃんは」
「なっ!だからその名で呼ぶなといっただろうが!!」
「はいはい。もう叫ばないでよ!」

軽口で返しながら格子越しに盆を受け取ったはおにぎりと漬物、それから白湯に手を合わせ食べ始めた。


「みっちゃん元気してた?」
「だからその呼び名を変えろといっているだろうが!残滅させるぞ!」
「あ、この漬物美味しい」
「聞け!この馬鹿女!」
「そっちこそいい加減名前覚えなさいよ!私はよ!!」
「フン!誰が貴様のような下賎な者の名など呼ぶか!」
「竹中さんは呼んだよ?」
「貴様!半兵衛様を"さん"呼ばわりするな!そこに直れ!」
「本当煩い!ご飯食べさせよ!」
「ならば今すぐ半兵衛様と俺の呼び名を正せ!」
「いつかねー」
きーさーまー!


三成とは前もこんな感じだった。もう牛乳飲むか魚食べなよ、ていうくらいキレやすい。
それでも格子の中に入ってこないのは半兵衛にきつくいわれてるのかなと思ったり。
刀は掴むけど抜かないから三成なりの優しさなのかな。充血した目で視線だけは射殺さんばかりに睨んでるけど。

有り難いことに三成はご飯を置いてすぐには帰らず話し相手になってくれる。さすがに最初は無視されたけどの粘り勝ちだ。監視か何か聞き出そうとしてるかまではわからないけど相手に不足はない。

「何故俺はこんな女に暴言を吐かれなくてはならんのだ!」
「最初はちゃんと呼んでたわよ!それをみっちゃんが無視したんじゃない」
「戯言を…っ貴様は一度も敬意を表した呼び名で呼んではいないではないか!それを"みっちゃん"などとふざけた名で呼ぶなど…っ!」
「いいじゃない、みっちゃん。可愛いのに。それに自分を正当化したいのはわかりますけど、こんな何も出来ない、いたいけな子供を誘拐して座敷牢に閉じ込める人達に敬意をはらうとか、普通に考えて無理だと思うんですけどね」


"様"扱いするのはちゃんと人として真っ当な人とか尊敬できる人にいう為のものであって、犯罪者に使うものじゃありません!そういってそっぽを向けば三成の悔しそうな歯軋りが聞こえた。呼び捨てにしないだけまだマシだと思うんだけど。

「何をいうか!貴様のその力は」
「あれはたまたまですー。そんな力あるわけないでしょー?」


「あるよ」



みっちゃん、てあだ名、尖ったのがちょっと柔らかくなって可愛いのに。ついでに自分は凡人だといってやればまた久しぶりの人物が現れた。今日は訪問者が多いなあ。

「僕の目で直々に見たんだ。間違いはない」
「……」
「半兵衛様…!」

髪も肌も全身白ずくめで紫の変態仮面をつけた竹中半兵衛がこちらに歩み寄る。慌て頭を下げる三成に微笑み、そのままを見た。相変わらず見透かすような目してるなあ。背中がゾクゾク寒くなるよ。

「フフ…僕はお邪魔だったかな」
「い、いえ!おい女っ呆けてないで挨拶しろ!」
「いいよ。それにしても君達は本当に仲がいいんだね」
「なっ!何をいいますか!俺はこんな女など」
「ええ。彼と話すのは楽しいですから」

頬を染め、否定する三成を遮るようににっこり微笑んだ。驚く男二人の顔が笑えてならない。

「それで竹中さま。今日はどういったご用件でしょうか?」

三成の目がまた大きく見開く。私だってさすがに場所と相手くらい選ぶわよ。そんなことを考えながら半兵衛を伺えば、彼は驚いた顔を引っ込め妖艶に微笑んだ。聞く前から怖い笑顔を向けないでほしい。このまま走って逃げたくなるから。

「君には朗報、というべきかな。近い内にここを出てもらうことになった」
「…また別の座敷牢に移るんですか?」
「いいや。城の外だよ」

城の外?と首を傾げれば半兵衛は笑みを深くして視線を合わせるように屈んだ。


「少し困ってることがあってね。是非とも君に協力してもらいたいんだ」


いいだろう?そう、有無を言わさない雰囲気で微笑む半兵衛の目は少しも笑ってなくて、恐ろしかった。




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2011.12.11

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