迎えに行くよ




豊臣の領地も完全な冬を迎えたようだ。窓はないけどここまで入ってくる冷気でわかる。はかじかむ手足を擦り合わせ暖を取ろうと躍起になっていた。
奥州はもっと寒いだろう。北条との、そこにいる豊臣との戦いはどうなったのだろうか。武田とはどうなったのか。みんな元気かな。ケンカしてないだろうか。してそうだな。ぼんやりと部屋の片隅で体育座りをしながらは顔を膝の中に埋めた。

「とっくに冬篭りしてるだろうな」


この時期に迎えに来るなんて思ってないけど想うくらいは許してほしい。
ぎゅうっと握り締めた二の腕に鈍い痛みが走りの顔が歪む。ちらりと手首から見える白い布に眉間の皺が更に増えた。きっと小十郎と同じような顔になってるに違いない。

この着物の下の両腕に無数の傷が出来た。半兵衛が城の外に連れて行く、といって数日と経たない内に広めの平坦な道に連れて来られたは天罰とやらの実験をさせられた。所謂人体実験というやつだ。
病気も回復して三成と仲良く(?)話すようになったからもういいだろうって半兵衛が判断したらしい。雑兵を相手にどんな罰が下るのか、は恐怖と痛みと戦うことになった。

初めは目隠しで丸太に括り付けられ腕を切りつけられた。それから目隠しナシで。次は誰かに押さえつけられて。追い掛け回されて。松永よろしくっていうくらいの地獄の日々だ。
何度熱を出して起き上がれなくなったとか、夢にまで出るくらいトラウマになってるとか数えたらきりがない。

目の前で黒焦げの物が出てきた時は死んでしまいたいとさえ思った。その時気絶も初めて経験した。貧血でも気絶なんてしたことなかったのに有難くない話だ。
その気持ちはすぐに代弁され、今大阪城の辺りは季節外れの豪雨に見舞われている。雪も混じってるようでご飯が半分凍っていた。守役を担っていた三成も天気回復に役立たないということで座敷牢には1人だ。

ついっと格子の方を見れば冷えたおにぎりが置いてある。本当は食べた方がいいんだけど食べても戻してしまうから食べるに食べられない。色々難儀な身体になってしまったようだ。


「…?」
ストン、という音に視線を少し上げれば格子の奥に見覚えのある迷彩色が見えた。行灯に照らされ顔を見ればこちらを覗く佐助がにんまり笑ってる。

「お久〜。やっと見つけたよ〜」

さすが俺様!と笑う彼に目を何度か瞬かせたは「佐助さん?」と久しぶりに呼ぶ名を紡いだ。
「そうよーちゃんも元気…な訳ないか」

ちょっと待っててと格子のドアの鍵を意図も簡単に外すと(ピッキングなんて初めて見た)そのドアを潜り抜け佐助が入ってくる。ご丁寧にドアを閉めていた。そんな佐助をぼうっと見ていると膝を突き合わすように彼が私を覗き込んでくる。

「?あれ。大丈夫よ?俺様味方なんだから、別に術使ってないし」
「うん。知ってる」


何かを感じ取ったらしい佐助が気遣い気味に微笑みかけてくるがにはよくわからない。首を傾げていると佐助が頬に触れてきたので思わず肩が揺れた。外は相当寒いらしい。

「……」
「佐助さん、寒くなかった?外、豪雨だって聞いたよ?」
「うん。今は少し落ち着いてるから…ああ、これじゃ冷たいね」
ちょっと濡れてるし、そういって忍甲を外した佐助がまた手を伸ばし触れてくる。こんな敵地でそんなことして大丈夫なのだろうか。

「……あれ?」
「……」

近づく佐助の手を見ていたらバランスを崩したかのように身体が傾き、彼の手を遠ざけてしまった。
なんでだろ、また具合が悪くなったのかな?と自分の額の温度を測り、佐助を見たら宙に浮いたままの手は引っ込められた。さっきまであった笑みまで引っ込めてしまってる。ど、どうしよう。怒っちゃったかな。

「ご、ごめんなさい。あの」
ちゃん。その傷はちゃんと手当てした?」
「へ?」

折角探しに来てくれたのに、と謝ろうとしたらそれを遮られ佐助の視線を追った。視線の先はの手首に注がれていて思わずもう片方の手で隠す。「うん、大丈夫大丈夫」と笑ってみたが佐助の表情は更に曇るばかりだ。


「今更傷の2つや3つ増えたところで何の問題もないですよ」
「……」

何個かは残るかもしれないけど殆どは綺麗に治りそうな傷ばかりだ。切れ味がよさそうな刀ばっかりだったし。あはは、と乾いた笑いを浮かべたが佐助から殺気のような冷気が伝わってきて身体が震え上がった。やばい、失言だった。
顔を青くして肩を竦めると佐助は無表情のままの腕を掴み、やや乱暴な素振りで腕の中に閉じ込めてくる。その一瞬の動作に目を瞬かせただったが彼の腕の強さが傷つけられる瞬間とダブって身体が強張ってしまった。

「あ、あの佐助さん…?」
「無理して笑わなくていいよ」
「……」
「ごめんね」

緊張している自分を気取られないように声をかけてみたが佐助が謝ってきたことによってそれは無意味だとわかってしまった。佐助は忍なんだから何をされてたかなんて既にお見通しなんだろう。
無理しなくていい、その佐助の言葉に息を吐くと少しだけ楽になった気がした。


「私は大丈夫ですよ。ちゃんと生きてますし。あ、皆さん元気ですか?怪我してませんか?」
「…ちゃんって本当…っていうか、そっち気にしてる場合じゃないだろ」

顔を覗き込んできた佐助は眉を寄せて「こんなに痩せやがって」と零す彼の言葉は叱るというより文句だ。しかも結構怒ってるし口も悪い気がする。

「だ、ダイエットは成功してる気がします」
「なにそれ。俺のわかんない言葉使わないでよ。…ったくあの野郎、ちゃんに好き勝手やりやがって…っ」
「……」

あいつら全員地獄に送ってやる、と怨念めいた声が頭の上から聞こえてきて正直怖かった。私としてはみんなの情報が知りたいんだけどな。そっちの方が気も紛れるし。


「…もしかして、"だいえっと"って痩せること?」
「……」
「成功?」
「……」
どうやらダイエットの意味を理解したらしい佐助が1テンポ遅れてに返してきた。でもその目が『お前何いってんの?』といってる気がしてならない。
何をいっても怒られそうな気がして目を逸らしていると盛大な溜息が聞こえ、またぎゅうっと佐助に抱きしめられた。

「ごめん。ちゃんが悪い訳じゃないよ。俺自身が許せないだけ…っていってもこんな身体ガチガチにされてたら信じてもらえないか」
「そ、そんなことないです」
「…うん。よくわかった」
「(……なんか、納得されてしまった)」
「本当は泣かれたり責められたり殴られたりするの覚悟してたんだけど…そうだな。まだ早いかもね。当分出れないし」
「…?」
「本当は今すぐにでも連れ出したいんだけど、ちゃんを連れて逃げるには準備がなさ過ぎるんだ」


天気も荒れてるし豊臣の配備もわかってない状態でちゃんを連れ出して、怪我させないで逃げ切れるか保障は出来ない。
そういって謝る佐助には首を横に振って大丈夫と返した。そしたら佐助の表情が怒りたいような泣きたいようなよくわからない感じに歪んで、それから肩に顔を押し付けられた。

ちゃんがただの子供だったら良かったのに」
「そうですね。そしたらみんなに迷惑かけずにすんだんですけど」
「そうじゃなくて…俺は…俺の勝手な我儘だけど、泣いてほしかった」

ぐっと力を込める佐助にはなんだか申し訳ない気持ちになる。胸の辺りはじわじわして泣きたい気持ちはなくはないんだけど…どうにも感情が追いついていない。
「ごめん佐助さん。私普通の子供みたいに出来ないや」そう零せば何謝ってんの、と笑われた。なんだか佐助の方が泣きそうな顔をしてる。


「待っててちゃん。近いうちに必ず迎えに来るから」
「うん。とりあえず冬を頑張って乗り切りますね」
「いや、その前に行くよ」
「え、でも雪が…」
ちゃんのことみんな心配してるんだぜ?ここにいるとわかった以上手を拱いてる訳にもいかないでしょ」
「……」

「もう一度、ここに来る時は竜の旦那も一緒に連れてくるから」


驚き見上げるにフッと笑った佐助は「ま、1番心配してるのは俺様だけどねー」といつもの気軽な感じで顔を近づけそのままにキスをした。

「へ…?」
「だからそれまで死んだりしないでよ」

触れるだけのでもしっかりと感触が伝わるような口付けに目を瞬かせれば、佐助はニヤッと笑って前髪をかき上げ露になった額の傷にもキスを落とし姿を消した。




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2011.12.11

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