今も未来も鍵を忘れる男




包帯を換え、布の上から腕を擦る。痛みは大分引いた。かさぶたの傷も増えた。それにホッとして汚れた包帯を盆の上に置く。

佐助が来てから何日か経ったが最近城の動きが変わったように思う。空気がなんとなく、武田の戦前の時と似ているのだ。
切欠はご飯の時間がまちまちになったことと、配膳してくる三成がピリピリしてて無口になったこと。まあ、彼の場合は配膳するのが気に喰わないだけかもしれないけど。

それでもやっぱり空気がおかしい。もしかして戦が近いのかな。佐助がみんなを連れてきたのかな。だったらいいのに。


「おい。本当にいたぜ」
「だからいっただろ?石田様がここに入ったって」
「しっかしまあ、竜の化身っつーのは随分貧相な形をしてるんだな」

足音と共に見えた男達にはビクッと肩を揺らす。行灯に照らされた3人の男達は近くにあったの足を掴もうとしたので慌てて引っ込め部屋の隅へと下がった。
雑兵達だ。しかもちょっと酒臭い。どうやら三成がここに入って行くのを見て興味を持ったらしい。格子に手をかけ「こっちに来いよー」と笑う声が耳障りでならない。この男達は私が彼らに何をしたか知らないのだろうか。

「なあ、あんたって女?男?」
「バーカ。女に決まってんだろ。着物の柄が女物じゃねぇか」
「じゃあどうする?鍵がついてるぜ」

どう考えても悪い方にしか想像が行かない会話にはぎゅっと身を縮みこませた。男の1人が鍵を取りに戻り他の2人はニヤニヤと気持ち悪い目でこっちを見てる。その視線に全身の毛が逆立った。
どうしよう、と震える手を握り締めると格子の奥、出入り口の方から「ぎゃあ!」という男の声が聞こえた。

「おい。お前さんら景気付けに飲むのはかまわねぇがこんなとこ見られたら殺されるどころじゃすまねぇぜ?」
「くっ黒田様…っ!」


のっしのっしと床を軋ませ入ってきたのは慶次くらいありそうな大きな男で、その姿を見た男達は腰をぬかしたようにその場に平伏した。
それを眺めていれば熊っぽい大きな男と目が合いビクッと肩を揺らす。だがその視線はすぐに逸らされ、今度は男達を見て「ははーん」と顎を撫でた。

「今夜のことは黙っててやるからさっさと持ち場に戻りな」
「へ、へい!」

追い払うように手を振ると男達は身を小さくして何度も礼をいい去って行った。元々冷やかしのつもりで来ていたらしい。回避できた危機にホッと息を吐くと突き刺さるような視線に身を硬くした。視線を送ってくるのは勿論。

「天気が悪くなってきたんでまさかと思ったが…小生の勘が当たってよかったな」
「…門番の人はいなかったの?」

よく、三成があの門番は使えないとか喋ってた気がする。それを口にすれば腕を組んだ熊が来た方を見て「酒の誘惑に勝てなかったみたいだな」と笑った。どうやらさっきの男達に言い包められて仕事を放棄してしまったようだ。


「しっかしこんなところにいたとはな。道理で見つからん訳だ」
「私を、探していたの?」
「ああ。天罰を下す竜のお姫さんがどんなものか近くで見たいと思ってな」
「……」
「お前さんが落とす雷を見たぜ。青白くて眩い綺麗な竜だった」
「……褒められても嬉しくなんかないわ」
「だろうな。あんなものを見て喜ぶようなら刑部が黙って見てねぇだろうし」

人を殺すのに綺麗も汚いもない。そんなの褒められたところで嬉しいに気持ちになるわけがない。
あんなもの、が思いついて気持ち悪くなり沈んだ気持ちで言葉を紡いだが目の前の熊はさして気にした様子もなくを観察するようにジロジロ見てくる。さっきから頭の天辺がむずむずしてならない。


「飯を全部食べたみたいだな」
「……」

降ってくる言葉に内心ぎくりとする。相手の声のトーンが少し下がった気がした。沈黙が妙に緊迫感を与えてくる。殺気っぽいものは感じないけど探るような視線はずっと感じる。

「もうすぐ戦が始まる」
「…?」
「半兵衛はそこでお前さんを使うつもりだ」

半兵衛という名に顔を上げると熊っぽい人こと黒田官兵衛はどかりと格子の前に座り込んだ。あの邪魔そうな手錠と鉄球はないが、前髪はこの頃から長かったらしい。初めてちゃんと見ると彼はふふん、と鼻を鳴らした。


「どうだ。小生はいい男だろう?」
「………」
「……おい。何か反応せんか」
「熊みたいですね」

そんなつもりで見た記憶はない、とすっぱりいえばガクッと官兵衛の肩が落ちた。この人ノリがいいな。

「まあいい。それよりも、お前さんその戦の相手が誰かわかっているんだろう?」
「……」

飯を残さなくなったのがいい証拠だ。といわんばかりにチラリと空になった盆を見ては唇を噛んだ。数少ない食事とこの監禁生活だ。何かしら栄養を取らないと大事な時に動くに動けない。そう思ったからなんだけど逆に勘付かれる要因にもなってしまったらしい。

「小生が逃がしてやろうか」
「え、」
と官兵衛を見ればニヤリと野心に燃えた目をちらつかせてくる。

「…逃げれるわけないわ」
「そんなことはないさ。この城は俺が設計したようなものだからな」
「へ?」
「抜け道なんざ腐るほどある」

ニヤリと口元を吊り上げる官兵衛には目を瞬かせた。まさかの物言いに驚きを隠せない。だってまかりなりにも豊臣軍でしょ?


「そんなことをしていいの?」
「小生は手足にならない武器は好きじゃない。それに半兵衛の布陣を見たがありゃ敵も味方もねぇ地獄絵図だった。その中にこんなちっこい女子を放り込むのはなけなしの良心が痛むってもんだ」
「(だったら最初から助けてほしかったわ)…私も、これ以上無闇に人を傷つけるのは嫌だったの」
「そうか。なら話は早い」
「…でも、本当にいいの?」
「なぁに。小生は元々お前さんを使うことに反対だったんだ。雷をそこらかしこに落とされたんじゃこっちの身が持たん」
「……」

確かに未だにコントロールが出来てない状態で戦に行ったら被害は敵も味方もない。その相手が武田軍なら尚更回避すべきだ。佐助の言葉を信頼してないわけじゃないけど、でもここで迎えに来るといったらいよいよ自分の立場が危うくなってくる。

彼が本心でいってるにしろ嘘をついてるにしろ一緒に行動した方がいい。
暫く考えたはぎゅっと拳を作ると、官兵衛にここから出してほしいとお願いした。


「…小生を信じるのか?」
「だってあなたがいいだしたことでしょ?」
「こういっちゃなんだが小生はお前さんの敵である豊臣の者だ。利用しようとか嘘をついてるかもしれないんだぞ」
「この件で嘘をついても何の得にもならないわ。それにあなたはあの人みたいに嫌な性格してなそうだもの」

あの人、竹中半兵衛を暗に匂わせてやれば少し間が開いてそして官兵衛が噴出し大笑いした。何気に声が大きい。腹の中はあんまり変わらなそうだけど、秀吉に心酔してない分官兵衛の方がまださっぱりした考えをしてそうなんだよね。
そう思っていれば、くつくつと肩を揺らし笑う官兵衛が膝を叩き「よし!決めた!」とを見てニヤリと笑った。

「お前さん。うまく逃げた暁には小生の嫁になれ!」
「はい?」
いきなり何?話が見えないんですが。

「な、何でですか?」
「半兵衛の奴がいたく気に入っていたからどんな捻くれた奴かと思っていたが…お前さん、なかなか目のつけどころがいい」
「え、ですから何の話…?」


立ち上がった官兵衛は格子に手をかけるとフン!と力をこめ壊そうとする。いやいやいや!無理でしょう!せめて武器くらい持ってきてくださいよ。というか。

「鍵!鍵があればそこを壊さなくても…」
「おおっそうだったな!」

ミシミシいう格子に天井が崩れてしまうんじゃないかと焦ったはドアにかかってる鍵を指差し目的を変えさせた。今度は錠前に手をかけた官兵衛だったが大きな手に小さすぎたのか外すことができないらしい。ついには錠前を引きちぎって壊した。

もしかしたら半兵衛よりも官兵衛がさっぱりしてると思ったのは頭の構造が少し幸村と被るからかもしれない、と思ったのは内緒である。




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2011.12.11
2013.11.28 加筆修正

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