残響




空から雪が舞い降りる。豊臣の地にも雪が降るのか、と当たり前なことを考えながら空を仰ぎ、それから視線を下げる。腕の中にはずっと手放していた少女が眠っていた。
顔には小さな擦り傷があって腕には刀の切り傷がいくつもある。赤く滲んだ包帯を忌々しく思いながらが寒くないようにと抱えなおした。

「政宗様、」
「小十郎か」

大阪城を後にし、追撃ができない場所まで撤退した林の中で小十郎が荷物を抱え歩み寄る。そして目敏くを抱えている右手を見、顔をしかめた。


「あの軍師ですか?」
「いや、これは奴ではなくさ」
「なんと!」
「初めて自分の意志で落としたらしい。加減が出来なかったんだろうぜ」

お陰で刀を1本ダメにしちまった。そう笑うと「ご無事で何よりでした」と小十郎は右手を再度見る。
小十郎が気にする政宗の籠手は黒く焦げ肌も所々皮が抉られている。だが自分は雷の属性だからこれくらいですんだ。同じように喰らった半兵衛はもっと酷い怪我をしてるだろう。

刀を持てないほど負傷し、肩を抱えたまま退散した半兵衛を思い出し当分は表舞台で見ることはないだろう、そう思った。


「あの男はどうなった?」
「今、黒脛巾組に追わせておりますが見つけるのは困難かと…」
「そうか」

を下ろし、上着を脱いだ政宗は赤黒く染まった脇腹を撫でた。止血剤は既に飲んである。だが無理をすれば傷はすぐに開き内臓が出ないとも限らない。
「失礼、」と断りを入れて小十郎が新しい包帯を巻きつけていく。それを眺めながら傍らで眠り続けるの頭をそっと撫でた。

あの時、が振り下ろした刀はまっすぐ俺と半兵衛に落ちた。俺を助けようと必死だったのだろう。落ちた雷は青白く、自分が持っているそれと同じだった。以前武田や上杉を救ったという雷も形状以外はそれと同じものだと聞いている。


間違いない。こいつは俺や小十郎と同じ雷の属性を持つ婆娑羅者だ。


「まさかが婆娑羅者だったとは…」
「だな。てっきり竜の使いか物の怪だと思ってたぜ」

小十郎も同じことを考えていたらしい。鼻で笑う政宗に小十郎は眉を潜めたがそれには触れず「お手を」と右手にも包帯を巻いていく。
大抵、婆娑羅の力を宿すものは何かしら秀でている者が手にするものだ。政宗や各武将は勿論、どんなに小さなcommunityでも頭角を現し先導する立場になりやすい。ある者は天下を見据え、ある者は国を守る為に、ある者は己の欲を満たす為に。

は俺達のいう基準に合わせるとどうしてもその辺が欠けていたから今まで繋がることはなかった、というのが正直な話だ。


「竜の使い、というのもあながち間違いではないかもしれません。婆娑羅者にしては放つ形も威力も違います」
「まぁな。咄嗟に避けたつもりであの威力だ。あの年で山を抉る、なんつーのは俺もなかったしな」
「政宗様は日頃より剣術とそれに伴う精神力の鍛錬を欠かさず行っていたからでしょう。現には力を使い果たしこの始末…身に余る力は己を滅ぼす要因になります。早急に何かしらの手を打たなければ最悪、命を落としかねません」
「Could be.」 (そうかもな…)

子供頃、よく感情に任せて辺り構わずBASARA技で壊しまくっていたが、それでも大岩を割るのが限界だった。それを優に超えて山に大穴を作ってしまったの潜在能力は計り知れない。竹中半兵衛もそれに目をつけて利用するつもりだったのだろう。

だが問題もある。大きな力を放出するにはそれなりの体力・精神力が必要になる。荒削りの力を宥め、育て引き出すのは日頃の訓練と経験、それと肉体的成長だ。子供のはそのどれも伴っていない。
ともすれば、力の放出と引き換えにいつ命を落とすことになるかもわからない。
今更に軍神・上杉謙信の言葉が脳裏を過ぎり政宗は耳が痛そうに眉を寄せた。


「癒しの力云々の話の時はそこまで、と思っていたが…軍神の言葉が今更身に染みることになるとはな…」
「はい。ですが似た力を持つ者としてこの由々しき事態を放っておくわけにもいきませぬ」
「そうだな。2つの力についてどっかりと腰を据えて考える必要がありそうだ」

視線をに流し、柔らかい髪に指を絡める。通常でもあれだけの大きさだ。それに"癒しの力"の分を踏まえれば危険性は通常よりも大きくなる。それを見逃しこの手に触れられなる日が来るのはもうたくさんだ。

「…それよりも小十郎、""という姓に聞き覚えはあるか?」
「?…いえ、」

不思議そうに見上げる小十郎に政宗は笑って「なんでもねぇ」とを撫でていた手を振った。


『""。それが彼女の本当の名、らしいよ』


誘導の戯言と最初は思ったがずっと頭の端にこびり付いて離れない。そう思うのは自分が前々から気になっていることがあるからだろう。
の謎はまだ解けていない。未だに隠しごとをしてるのも知っている。それは敵のスパイとしてではなくの存在に関わる問題なのだということまでは理解していた。無理矢理抉じ開ければ天の羽衣のように手をすり抜け消えてしまいそうなそんな不安感。

だからこそ、そのヒントを自身からではなく半兵衛の口から聞いたのは気に喰わなかった。腕を見ればがどんな仕打ちを受けたのか簡単にわかるというのにだ。
黒田とかいうあの大柄の男を捕まえられればへの仕打ちもわかり、そいつで憂さ晴らしもできたが生憎半兵衛が撤退すると同時に行方をくらましていて探しようもない。

結局のところ、溜まった鬱憤を吐き出す先がなく、政宗は嘆息を吐いた。
陣羽織を羽織り厚手の布で包んだを抱えると、青白い頬に雪がひらりと落ちた。冷たさを感じたのか眉を潜め、むずがるように顔を逸らす。

「Don't worry.I am here with you.」 (心配するな。俺がいる)

そういって政宗は身を屈めるとの頬に唇を寄せ、雪を舐め取った。




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2011.12.22
英語は残念使用です。ご了承ください。

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