温かい雪童子
舞い降りた忍から書状を受け取った小十郎はその中に目を通し安堵の吐息と共に目を閉じた。
今の奥州は雪に閉ざされ忍とて行き来は難しい。その間に奥州に何かあればが政宗の元に戻った今自分1人でも帰るつもりであったが綱元の書状を見る限り問題はないらしい。
奥州を出る前、練りに練った計画をたて反発する者達を一斉に鎮めたのだ。残る稲の不作は備蓄を切り崩し民に与えることでこの冬を乗り越える手筈になっている。
そんな不安定な状況の中城を空け、を助けに行くという政宗の発言に苦い顔はしても止めることは出来なかった。
1つ目は己の不備、2つ目は知らぬところで奪われた。怒りはあった。真田ではなく自分にだ。最初の時点で政宗の庭を守れていればこんな不足の事態にはならなかった。
ぐったりと血の気が失せた顔を見た時、布を真っ赤にさせた腕を見た時、生きた心地がしなかった。
空を見上げれば冬だというのに澄み切った青空が顔を覗かせている。もしが助からなかったらこうして空を見上げることも出来なかっただろう。
「小十郎さま!」
を失うことになれば政宗も自分もどうなっていたか…考えるだけでもゾッとしていると、この凍てつく外で聞こえるはずのない声が耳に届き驚き振り返った。
視線の先には寒くないようにと着膨れするほど着物を身に纏ったが手を振って雪道を走り寄って来る。その後ろでは猿飛が「危ないよ!」と心配してるが気にするつもりはないらしい。
大方、あんなに着込ませたのも猿飛なのだろう。そう思ったところでは早速つまづき転びそうなったのを見て小十郎は慌てて手を差し伸べた。
「何やってんだ!傷に響くだろうが!!」
「大丈夫ですよ!十分寝ましたし。それに動かないと身体が鈍って治るものも治らなくなります…って、あ!長門さん!!」
すんでのところで抱きとめれば奥にいる猿飛もホッとした顔になる。それを目の端で捕らえたまま腕の中の怪我人にいってやれば大丈夫だと笑顔で返された。
軽く眩暈がしたのはいうまでもない。
がどんな場所に閉じ込められ、どんな待遇を受けたのか、そしてどんな仕打ちを受けたのか全て長門と猿飛から聞いている。だからこそ気遣っているのにこの能天気な返しはどういうことだろうか。
まるで過去のことなどなかったかのような表情に溜息を漏らしそうになる。
あれほど俺の前で気を遣うなといったのにまだわかっていないらしい。
この娘は、と小言をいおうとすれば、後ろに控えてた忍の長門に気づいたのか小十郎の横をすり抜け、そのまま彼の両手を握り締めた。
「佐助さんが豊臣の偵察に来た時、長門さんが協力してくれたんだって聞きました!!大変だったでしょう?お陰で帰って来れました。ありがとうございます!」
「……っ!」
明け透けにそんなこというものだから俺も長門も固まった。後ろにいる猿飛も同様の顔をしてるだろう。
忍に直接礼を言う場面など滅多に見れるものではない。この城の主である真田ならば過剰な労い方をするかもしれないが大抵は使うも使われるも当たり前でそこに報酬以外の言葉はないものだと思っている者が殆どだ。
その為小十郎も長門も固まってしまったのだが、その元凶のは純粋に感謝の言葉を述べていて2人が思ってることなど知る由もない。黒脛巾組の中でも一目置かれ、政宗も信頼している長門ですら動揺してるのが手に取るようにわかり密かに笑った。
そんな少女と忍を眺めていればいきなり長門が消え「ああっ長門さん?!」と叫ぶの声が響く。
「探してやるなよ。奴も奥州への長旅で疲れている。休ませてやれ」
「…はぁい」
照れて隠れたとはあえていわないでおいた。すぐ近くに感じる気配にククッと喉を鳴らすと今度はこちらに狙いを定めたらしいの視線が寄越される。
「小十郎さま。あり」
「いい。俺は何もしちゃいねぇ」
「?」
首を傾げるに小十郎は制した手を戻しなんともいえない顔で微笑んだ。
「嫁入り前のお前にまた傷を作らせちまったのは俺の落ち度だ」
「なっ何いってるんですか?!」
「責められても仕方がねぇことをした。すまねぇ」
殴るなり罵るなり好きにすればいい、そういってを見れば目を見開いたまま自分を凝視する瞳とかち合った。俺はそれだけのことをした。生まれた場所である奥州から追い出し、豊臣で苦痛をしいらせちまった。
「じゃあ、しゃがんでください」
沈黙の後、袖を掴むに促され腰を屈め目を閉じた。ある程度の覚悟は出来ている。思いきり殴られても甘んじて受けようと。深呼吸をして奥歯を噛み締めると気配でが動いたのがわかった。
「…もう。政宗さまの右目がそう簡単に頬を差し出しちゃダメですよ」
そういって首の周りに温かさを感じた。瞼を開けば小さな身体が自分に抱きついていて驚き見やる。
「私は小十郎さまを叱るよりよく帰ってきてくれたって頭撫でてもらえる方が何倍も嬉しいです」
「……だが、」
「嫌っていうなら泣いちゃいますよ?」
ぎゅっと力が入る腕にいいようのない気持ちになって小十郎は困ったように笑った。なんだろうな…この温かくてくすぐったい懐かしい気持ちは。
「…よく帰ったな、。無事で何よりだ」
「はい。ただいま帰りました」
が豊臣にいると聞かされた時、身を切られるような想いだった。政宗がを奪い返しに行くと進言した時も心密かに歓喜したのはいうまでもない。
を包み込むように抱きしめ短くなった髪を梳くように撫でれば温かさが広がった。見えずともが微笑んでるのがわかる。それだけで肩の力が抜け、身体が春の陽だまりの中にいるような温かさを噛み締めるのだった。
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2011.12.27
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