叱られました




戦の後始末と、信玄への報告を終えた幸村はやっと帰って来た自分の城で大きく息を吐いた。
政宗の言葉が発端で始まった奪還計画はなんとか成功を収めた。急いてあんな奇襲まがいの戦を仕掛けたのも初めてだったし、武田・上杉・伊達の3国共闘というのも初めてだった。これが成功したのも互いが協力し、策を出し合ったからに他ならない。

今迄そんなことなどできるわけないと思っていた幸村にとって未だにあれは夢だったのではないかと思うことがある。それもこれもがいなければ実現しなかった、ということだ。

そのといえば背中の痛みも和らぎ、腕の傷もそろそろ包帯が取れると聞いた。そういえば、上田からそれほど離れていない場所に刀傷によく効くという温泉があるのだと厩の伊三郎がいっていたのを思い出した。
近いうちに佐助を向かわせ下調べをさせてみるか、と考えたところで背中に誰かがぶつかった。

「ごめんなさっ…幸村さま?!」
殿?何故このような場所に?」
「?!…こっち!」

部屋で休まなくてはいけなかったのでは?と聞こうとしたら手を引っ張られ何かから逃げるように走った。


辿り着いたのは狭い納屋で布団の間に身を寄せ合うようにと一緒に隠れた。何故自分も隠れなくてはならないのかわからなかったがに手を握られた手前放すのは忍びなくなってしまいそのままでいる。
ちらりと視線を動かせばすぐ近くにの横顔があり、密着した肩が温かかった。

殿。一体何があったのでござるか?」
「……近くに誰かいる気配はないですか?」
「うむ。ござらん」
辺りを探ってみたが忍の気配もない。そう思い頷くとは長い溜息と一緒に肩を落とした。

「さっきから何をそんなに怖がっているのだ?」
まるで敵から逃げるような緊張した面持ちに心配げに声をかけると、は眉尻を下げ「それが…」と言い淀む。

「…その、佐助さんと政宗さまが追いかけてくるんです」
「?」
「これ以上食べたらお腹が破れちゃいます…」


そういうとの顔は今にも泣きそうで苦しそうにお腹を抱えた。
の話はこうだ。監禁生活で痩せ細った身体を元に戻そうということになり政宗と小十郎、それから佐助という面子で交代に食事が出されたのだが量が半端なく多くてついには逃げだしたのだという。
しかし幸村も1度ご相伴に預かったがどれも手の凝った美味しい料理で多すぎるということはなかった気がする。もしかしたらが子供で女子だから入る量も小さめなのかもしれない。それが顔に出ていたのかは着物を摘んで弄りながら口を尖らせる。

「そりゃ作ってもらう食事は凄く美味しいけど元々そんなに大きい胃袋じゃないし、残したくないし…太りたくないし…」
「太りたくない?」

最後の言葉に疑問で返すとはうっと困った顔になり「だって…」と付け加える。

「最近どんどん量が多くなってて…間違いなく太っちゃう…」
「?その為に食べているのではないのか?」

落ちた筋肉を取り戻す為に日夜佐助は料理に勤しんでいたように思う。けれどにとっては違うようで幸村を恨みがましい目で見てきた。その視線に思わず肩を揺らす。某は何か至らぬことでもいっただろうか。


「幸村さまはいいですよ。ちゃんと運動してるし、太らない人だろうし」
「ならば殿も某と一緒に鍛錬をすればよい」
「私、死にたくないです」

女中仕事ならまだしも、と零すになんとなく愕然として幸村は肩を落とした。そんなに俺と一緒が嫌なのか…。それを見たはハッと我に返ると「いえ、そういうわけじゃなくて!」と慌てたように幸村に寄って来る。

覗き込むと目が合った幸村は思わず息を飲んだ。
顔が、唇が近い。
息がかかりそうな距離に固まってしまう。
膝に置かれた小さな手と握り返してくる手の力が心地よくて心臓がドクリと跳ねてしまう。

ごく最近なのだ。に緊張するようになったのは。
ここで破廉恥だと騒がなかった自分を褒めてやりたい。


「激しい運動は苦手な方なんですよ。だから慣れた女中仕事の方が自分に合ってるというか。甲斐に来てからは楽をさせてもらいましたけど、その代わり何もしてなかったので脂肪がちょっと…」

確かに半ば軟禁状態でを閉じ込め、その後も客人の姫としてここに留め置いたのだ。女中仕事などさせられるわけがない。

「もしや殿は太らぬ為に食事の量を減らしたいのでござるか?」
「うっ…」
「それほど気に病むことではなかろうに」
「…男の人だからそう思うんですよ」

やはり失言だったようでに睨まれた。だが、納得できないこともある。は痩せた。上田に戻り、療養を始めてから徐々に顔色もこけた頬も元に戻りつつあるがまだ完全ではない。
それに細すぎるという方が問題だと思う。傍から見たらに満足に食事を与えられないダメな領主になってしまうからだ。

幸村はの両足を取るとそのまま自分の方に引き寄せ両手に包み込むように触れた。力を入れてしまえば折れてしまうんじゃないかというくらい細く小さな足に目を細め、壊れ物を扱うように優しく撫でた。


「きゃっ」
「やはり冷たいな。殿。痩せているとこのように手足もすぐに冷たくなる。病にも冒されやすくなるのだぞ」
「でも、ひゃ、くすぐったい」
殿はまだ万全ではないのだ。だから今はたらふく食べて完全に回復したら身を引き締める鍛錬をしてもよかろう」

某も手伝いまする。いきなりの行為に驚いただったが、幸村の発言に目を何度か瞬かせた後不承不承頷いた。まだ納得しきれない、という顔だ。

「某では信用できないか?」
「そんなことはないんですけど…幸村さまにいわれるとなんか…」
「…?」
「物凄く悪いことをした気分になります」

しゅん、と頭を垂れるに幸村は胸を締め付けられる気分なってそれを紛らわすようにの足を撫でた。やはり細い。


「くすぐったいですってば、幸村さま」
「こうやって擦っていればじきに温かくなる」
「そうですけど…この体勢、ちょっときつい」
「では、その後ろの布団に寝転んではいかがか?」
「あ、それいいですね。あいた!」
「大丈夫か?!」
「あはは。ちょっと背中打っちゃいました…」

そういって積み上げられた布団に身を沈めたに幸村は微笑み手の中にある足を見た。その足は細いながらも肌白く、裾も乱れていて膝までしっかり見えている。その足から視線はつうっと太股を通りお尻の辺りまでいってを見る。これではまるで。


おい…そこで何してやがる…?
「旦那ー。こんなところで何ちゃん押し倒してんの?」


ギクッと肩を揺らし、ぎこちない動きで戸の方を見やればパリパリと静電気を放つ政宗とドス黒い気を放つ佐助がにこやかに仁王立ちしている。勿論目は笑っていない。やはり他人から見てもそう思うのか…。無意識とはいえ自分がしてしまったことに顔が熱くなる。

「あ、あの!別に幸村さまは何も…ただ足を温めてくれてただけで」
。こんな納屋で2人きり、あたかも押し倒されててよくそんなことがいえんなあ?」
「こりゃ、ちゃんにもお仕置きが必要かもね〜」
「ま、待て!これは殿が背中を痛めたのかと確認するつもりで」
「「問答無用」」


俺はただ、が寒くないようにと温めてただけなのだ。そういいたかったのに政宗と佐助に武器を構えられ言い訳することも出来ない。
ちらりとを見れば困ったように眉尻を下げる彼女と目が合った。そんな表情にも胸がほっこりしてしまう自分は本当にのことが気に入っているのだろう。

だがこのような場所で和んでる場合ではない、と切り替えた幸村はを抱え上げると手近にあった獲物を手に取り構えた。

「幸村さま?!」
「大丈夫でござる。殿は某がお守りいたす」

より近くなった声に心臓が大きく跳ねていて緊張したが目が合うと少し頬を染めたが小さく頷いてくれた。その小さな笑顔にまたときめいてしまう。


「おいおい、真田テメェ」
「ええ?ちょっとちょっと!俺様達が悪者なわけ?!」
「信じていただけないならば致し方ない!ご免!」

今の自分に怖いものなどないと思えた。それくらいの笑顔は幸村に力を与えてくれるのだ。呆れ顔の佐助と政宗に立ち向かった幸村は獲物を振るうとそのままを連れて外に飛び出したのだった。

ちなみに次の日と仲良く風邪をひいたのはいうまでもない。




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2012.01.27

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