傷も、柵も、抱えても尚、




は甲斐に来てずっと大人になったと思う。いや、元々察しのいいとことか大人っぽいところがあったのは知ってたから表に出てきたって感じだろうか。

一緒に温泉に浸かりながら後家の女友達の話を出したのは偶然じゃない。顔にそぐわない言動や仕草に目を瞬かせることが多かったから、を見る度既知感に囚われるのだ。


「お、佐助」
「………何か用?」

温泉に行こうとしたら丁度佐助と鉢合わせした俺は機嫌の悪い目の前の忍に肩を竦めて笑った。

。怒ってないってよ」
「は?何の話?」
「この前の夜の話」


あれから顔を会わせてないのはに聞いていた。だとすれば俺と遭遇して現場を見られてすぐ出て行った佐助はその後のを知らない。

読みが当たったのか佐助は嬉しいような怒ってるような絶妙な顔で「あっそ」と吐き出し背を向ける。に関わると佐助も表情が表に出やすいみたいだ。
それを笑わないように着いていくと「何?」まだ何かあるのか、と佐助が振り返る。



「思ったんだけどさ。って子供っぽくないよな」
「あーそう。それで?」
「普通、あのくらいの年齢だったら一緒に風呂にいる時点で悲鳴あげるか泣くかするよな」 「……一緒に入ったの?」

ヒュッと飛んできたクナイを避けると首に突きつけられ背中には支柱が当たった。目の前には血に飢えたような顔で睨みつけてくる佐助がいる。
話す相手間違ったかも、そう思いながら慶次は冷や汗を流した。

「別に何もしてないって。たまたま一緒になっただけで…佐助痛ぇって!クナイ刺さってる!刺さってる!」
「……」
「首の痕、見たんだけど」

ビクッとほんの僅かだけ佐助の瞳が揺れた。それを見逃さず「あれ、お前だろ?」とクナイを押し戻し首を擦る。うわ、血がついてる。どうしようかなーとこの後の話を迷っていると睨んだままの佐助が先に口を開いた。


「何が知りたい?」
。何歳くらいに見える?」
「…13、4歳でしょ」
「それ外見の話だろ?中身は?」

外見の年齢じゃない、といった途端に佐助の殺気が増す。やっぱり話す相手間違ったかも。

「何が目的?」
「別に意図はないぜ。本人から聞ければいいけどそのつもりなさそうだし。もし本当に大人なら子供扱いするのもどうかと思ってさ」
「いいんじゃない。1人くらい子供として扱ってる人がいても。前田の旦那は適任だと思うよ」



そういって佐助は背を向ける。さっさと行ってしまうのかと思えば指で来いと指図された。気配を伺えば天井と奥の方からこちらに向かってるのがわかる。片方は小十郎でもう片方はその忍か。

佐助に続くように外に出た慶次達は温泉に下る方とは逆に歩いていく。同じく外に出た竜の右目は温泉に行く道を歩いていってるようで気配がどんどん遠のいていった。


「俺も聞いたわけじゃないから知らないよ」
「けど、確信はあるんだろ?でなきゃああいう現場には出会えないわけだし」
「……殴って忘れさせられるなら思い切り殴ってやりたいね」

腕を組む俺に佐助は苦虫を潰したかのような顔で同じく腕を組んで木にもたれかかった。こんな風に弱味を握られるのは嫌なんだろう。まぁ、誰も彼も嫌だと思うが。


「気配に敏感な忍が気を抜いて夢中になってるのもどうかと思うぜ?」
「煩いな。仕方ないでしょ、ちゃん相手にするとそういうの散漫になるんだから」

お、惚気た。顔は相変わらずしかめっ面だけどいってることはとても人間味がある言葉だ。日頃人を食ったような顔で薄っぺらな笑顔を貼り付けてる男とは思えない言動に驚きを隠せない。
それが顔に出てたのか佐助は更に眉を寄せると大きく咳払いをして「話、戻すけど」と切り替えた。



「前田の旦那はいくつくらいだって思ってるの?」
「幸村、くらいかなって思ってるけど」
「…多分もっと上だよ」
「え?」
「右目の旦那、とはいわないけど俺とか前田の旦那くらいは上だと思う」

あくまで俺の予想だけど。そういった佐助に俺は開いた口が閉じれないままだった。さすがに上過ぎやしないか?

「何を根拠に…」
「見た目と勘。別に信じなくていいよ。俺が勝手にそう思ってるだけだから」
「見た目?」
「…見た目はまんま子供だけど、目を閉じればわかると思うよ。言動と受ける感覚に違和感感じるから」
「……あー…」

そういえば、温泉に浸かってる時に感じたあの既知感はもしかしてそういうことだろうか。視界があまりよくない状況で相手はなのに何だか別の誰かに感じだのは。煙が晴れて見えたと目が合った瞬間、妙に大人びた笑顔に胸がドキリとしたのも。


「…本当に何もなかったんだろうね?」
「あるわけないだろ?は独眼竜が好きなんだから」

思いふける自分に訝しがる視線が投げかけられ、少しだけヒヤリとしたが返した言葉にその視線が逸らされた。


「知ってるか?恋の邪魔をする奴は」
「馬に蹴られるっていうんでしょ。俺だって別にどうこうしたいってわけじゃないよ」
どうこうしたいわけじゃないけど、どうしたらいいのかわからない。そう佐助は言った。




「それでも欲しいって思うんだからどうしようもないよ」




恋はいい。人を幸せにすることも豊かにすることも出来る。そう思っていたのに目の前の男は恋をしている温かさも輝きもまったく別物の、諦めに似た言葉を白い息と一緒に吐きだした。

その言葉はいつかの自分と似てる気がして慶次はじくりとする胸に知らないフリをして「そうか」と同じく白い息を吐き出したのだった。




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2013.11.01

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