2度目の春




春は心地よい。
元の世界なら新学期とか新入社員とか何かしら始まる時期なのでお花見以外はあまり好きじゃない季節だが戦国時代の子供になった自分にとっては結構好きかもしれない、と思っていた。

心地よく晴れた日差しはぽかぽか暖かく、気候も丁度いい感じで暇な時間ができたら縁側で日向ぼっこをしたいくらい心地いい。発想がおばあちゃんくさいということなかれ。やっと帰ってきた奥州でのんびり過ごしたいと思えばこうなるのだ。


「大分桜が咲いてきましたね」
「そうだな。…は桜が好きか?」
「はい。淡い桃色が綺麗ですよね」


ぱかぱかと馬に揺られながら見えた桜に振り返ると、を包むように手綱を持った小十郎が五分咲きになった桜を眺め目を細めた。

今日は城に登城する日で小十郎と一緒に城までの道のりを馬で歩いている。この時間になると田畑の作業をしてる人達が慌しくなってくる。夏ほどではないが日差しが強くなるのと休憩時間が近いからだ。

それが終わればまた別の仕事にとりかかるのだろうな、と思いながらすれ違う人達に挨拶をしつつ周りを眺めていると小十郎がふとこんなことを漏らした。


「…屋敷にも桜を植えるか」
「へ?」

小十郎はおしゃべりな方ではないのでよく沈黙する時間があるのだが、はその間は嫌いではなった。むしろ心地よいものなので大人しくぼんやりしていたのだけどぼそりと呟く小十郎は滅多に見ないので思わず目を丸くして振り返ってしまった。

桜が気に入ったのかな?と聞いてみれば後ろを歩いている若党の吉藏がブッと噴出し「ちげぇますよ」と訂正してきた。



「そうすりゃ、お嬢がお嫁に行っても桜を見に屋敷に帰ってきてくれるんじゃねぇかって、そう考えておられるんスよ」
「なっ!何をいってやがる!!」
「折角こんな可愛い娘さんを養女にしても筆頭に目をつけられたんじゃ、お嫁に出す以外選択肢はねぇですもんね」

屋敷の主らしく、(ヤンキーだけど)若党と中間を従え道を闊歩しているが後ろを歩く彼らは終始顔をニヤつかせていた。それに渋い顔をしたのは小十郎で「テメーらは黙ってろ!!」と怒っている。…小十郎、その怒り方は照れ隠しにしか見えないよ。


先日、甲斐から奥州に戻ったは綱元や喜多への挨拶もそぞろに小十郎と正式な養子縁組を交わした。
前々からそんな話はあったし、周りもその時からそういう体で接してくれてたのは理解していたがこうもあっさりと組んでしまった展開に大丈夫なのか?と聞いてみたが義父のヤクザは「問題ない」の一点張りだった。

こういうところは本当に父親みたいで安心するけど中身が大人の自分としてはちょっと強引な気もしなくもない。綱元も喜多も文句いわなかったから大丈夫なんだろうけど。


「父上は私にお嫁に行ってほしくないんですか?」
「そ、そんなことはいってねぇ」
竜の右目さん、そこはどもっちゃダメでしょ。
「じゃあ私が父上とずっと一緒にいたいといったら置いてくれるんですか?」
「……」
「小十郎様!そこ迷っちゃダメっスよ!!」

振り返り、ニヤリと上目遣いに小十郎を見上げれば、彼は考えるように押し黙ったので吉藏達がつっこんだ。

「お嬢は筆頭と結ばれる運命なんですから!」となんともロマンチストなことまでいってくる。見た目ヤンキーなのに可愛いな君達。まあその件もあって『宿下がり=花嫁修業』になって小十郎の屋敷に住まいが戻ったのだけど。

花嫁修業ねー、と遠い目になりながら馬に揺られていれば頭の上から少し言いづらそうに「、」と呼びかけられた。



「はい?何ですか?」
「……昨晩"も"、政宗様がいらしたのか?」

「……………へ?」


琴やら和歌やらお嬢様教育を喜多から教わっているが、正直女中仕事の方が肌に合ってる気がしてならない。側室なのだから少しは見逃してもらえないだろうかと思っていたところに小十郎からそう投げかけられ反応が遅れた。

小十郎を仰ぎ見れば、彼は困ったように眉を潜めていて「今日は髪を下ろしていた方がいいぞ」と少し伸びた髪を首筋の方にかけた。
その場所と『昨晩』『政宗』のキーワードに思い当たる節があったはボッと顔を赤くした。


まさか、と首を手で隠せば小十郎が気遣うように視線を逸らしわざとらしく咳払いをしてくる。

「政宗様には俺からきつくいっておく」
「………」
「お前も無理はするなよ」

それだけいうと前を向いてしまった小十郎に、はとても逃げ出したい気持ちになって背を丸めた。ああもう痕残さないっていってたのに。政宗のバカ。




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2018.10.22
正式に親子になりました。

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