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いや、ていうか、どうなのそれ。
私ずっと睨んでケンカ売ってたガラの悪い後輩なのですが。嫌われても好かれることなんてないと思うんですが。ついさっきも嫌い嫌いって言い続けてたのに。

待って。いつから?いつからそんなこと思ってたの?ついさっき?今?ナウ??これ前からだったらかなり酷い人間なのですが私。極悪非道でしょ。悪魔でしょ私。

考えれば考える程外道な所業をしでかした自分に顔色を悪くすると黒尾に呼ばれ、ビクッと肩が大袈裟に跳ねた。


「…何で顔隠すの」
「ちょっと、顔が不細工過ぎるので…」

恐る恐る顔を上げたが目を空いてる方の手で隠した。だって泣いたせいで目が腫れてるし。「隠しても今更でしょ」。それはそうなんですけどね!

「…いや、さすがにこんな顔は見せられないというか、直視できないというか」
「俺は、見たいけど?」

罪悪感で顔を合わせられません。と白状したが黒尾は甘えるような声でリクエストしてくるので渋々、手を退けた。そしたら「フッ」と噴き出したので、ほらやっぱりな!と睨んだ。

「不細工でも可愛いけどな」
「やめてください。落としてあげるのやめてください」
「褒めてるだけなのに」
「いきなりデレられても困ります!」

糖分過多!とテンパれば目を丸くした黒尾が嬉しそうに噴出していた。なんなの。貶したいの?告りたいの?騙してるの?


「うん。やっぱ好きだわ」
「ヘァ…!」

混乱したところへとどめを刺され、は変な声をあげて固まった。

「ちょ、ちょっと待って。待ってください。心の準備が」
「なーに急にテンパってるの。…つか、俺の告白より、ちゃんの告白の方が熱烈だったと思いますけどね」
「わ、私がいつ告ったと?!」

記憶にありませんが!不細工になる程泣いただけですが何か?!
泣いたせいで実は記憶があやふやになってる部分もあるがさすがに告白したかくらいは忘れないだろう。多分。

どこでそんなことほざいてしまいましたか?!と見上げると目をぱちくりさせた黒尾が記憶を探るように視線を斜め上にあげた。


「うーん。そんな気は薄々してたけど、自覚なかったのか…じゃなきゃ、ああならねーか」
「え、ちょっとマジで何してたんですか私…っ」

何やらかしたの私…!と完全に混乱状態で黒尾を見ていると視線を戻した彼が見つめ返しにんまり微笑んだ。

「俺のことことあるごとに嫌いっていってたけど、なんだかんだ話に付き合ってくれたしなんなら俺と2人きりでも嫌がらなかっただろ?」
「いえ、嫌がってたけど逃がしてくれなかったじゃないですか…」
「俺だって本気で嫌がる子に付きまとったりしませんよ?
まぁ最初は研磨の為にって思ってだろうし少し嫌がってるのも知ってたけど、でも文化祭辺りから研磨いても俺の近くに居たり、研磨と話せるようになった後も俺のこと無視したりしなかっただろ?」
「あ……」

「あと俺のこと睨む回数な。実は大分減ってるんですよ?
最初は睨む奴が増えたとかちゃんのお眼鏡に叶うようになってきたのかも、て思ったけど、あれって研磨と同じくらい俺にも気を使ってくれてんじゃねぇかなって気づいたわけ」
「い、いや、そ…(そうなのか?)」
「自分が睨んでるせいで俺達の足を引っ張ってるんじゃないかって考えてたんじゃない?でなきゃ研磨いるのに応援抜ける理由ねぇし」
「うっ…(確かにそのせいで研磨に迷惑かけてるんじゃないかって考えてた)」

「それからさっきな。バレーを続けない俺をもう応援してやんないって泣いて悔しがるの。研磨じゃなくて嫌いなはずの俺にいってるの、どう考えても変でしょ」
「……っ」
「俺が地雷踏んじゃったのかもしんねーけど、何も思ってない奴に…嫌いな奴にあんな風に想ってくれる人、いないと思うぜ?」


確かに。確かに黒尾に付きまとわれるようになって、だんだん慣れてきたというかどうでもよくなってきて、気にしなくなったけども。
でもあれは研磨への仲良しアピールであってただそれだけで。

じゃあ、もっと冷たくあしらっても良かったとか?黒尾なんか放って、もっと積極的に研磨に話しかけて良かったとか??私、凄く勿体ないことしてた…?と今更気づきショックを受けた。

視線を下げれば黒尾と繋いだ手が見えドキリとする。大きくて温かい節くれだった指に階段で話した時のことを思い出した。
自分の手と見比べて顔を上げたら物凄く近い距離に黒尾がいて、緊張して息を飲み込んだのも覚えてる。

近いと首が痛いくらい見上げなきゃいけなかったのが瞳の色まで見える距離で。同じ高さだとそこまで嫌味じゃないって、いつもよりも優しい気がしたのもその時だったかもしれない。

もしかしたら私はあの時から異性だと意識してたのだろうか。


「し、死にたい…恥ずか死ぬ…」

頭がぐらりとして手で押さえた。熱さで沸騰して眩暈もしてきた。色々、本当に色々痴態を繰り広げていて憤死したい。ああでもそれは別の意味で迷惑になるから陽炎のように消えてしまいたい。

ちゃん死んだら、俺が悲しいです」
「…っぐぬぬ…」
「ま、そんなことにならないように、放しませんがね」

あれやこれやが黒尾を傷つけてるのか煽ってるのか、ツンデレ発揮してるのか…考えるだけで雄叫びを上げたいくらい恥ずかしい。
悶絶した頭を抱えていると明け透けに爆弾のような言葉が聞こえバッと顔をあげた。

わざわざ屈んで囁く黒尾にはパクパクと空気を噛むと彼はにんまりといつものいけ好かない企んだ顔で握った手を引っ張った。
つんのめりながらも歩き出す黒尾についていくがさっきの言葉が頭をグルグル回って足元がおぼつかないままだ。


「あ、あの、く、クロ先輩」
「んー?」
「ま、マジなん、ですか?」

ピタリと足を止め、振り向いた黒尾はニヤっと意味深に笑うと、

「マジもマジ。大真面目。こういうことで嘘ついたら悲しいでしょ?」
「…うっ…」


もっとなことをいう黒尾にそれはそうだな、と思ったが、果たして本当にいいのか?と思ってしまった。

「わ、私、多分…口悪いと思いますよ…孤爪に関しては特に…」
「それくらいで嫌になるようなら最初からいわねぇと思うけど?」
「……(ぐうの音も出ない)」
「つーか、ちゃんこそいいの?このままだと俺と付き合うことになっちゃうけど」

俺は大歓迎だけどね、と糖分高めに言葉を寄越す黒尾に耳まで赤くしたがオロオロと視線を揺らし首や髪を弄った。緊張している証拠だ。


「うん…それは、大丈夫だと思います。一緒にいるの、嫌じゃない、し。先輩程話ポンポン出てこないけど…」

最初よりも苦痛には感じてないし、今思えば楽しい部分もあったような気がしてきて、髪を弄りながら「好きかどうかはまだちょっとわからないというか…いっても信じてもらえないと思うし」とぼやくときゅっと握り返された。


「信じるよ。ちゃんの言葉なら」
「……っ」
「卒業までまだ時間あるし"こっからが本番"だな。卒業しても逢いに行くから。予定空けといて」


先約。と笑った黒尾の頬が少し赤くて…照れ笑いだって後から知ったけど…妙に可愛いというか格好いいというか、揺さぶられる程心が打たれてなんだか泣きそうだった。

家の前に着いてもなかなか「さよなら」が言い出せなくなって、手も放しがたくて何度も空気を噛んでは視線を下げていると、また手を引っ張られた。

「…できれば、このまま少し散歩しないか?」
「……いいけど、寒くないの?」

繋いだ手は温かいけど空気は大分冷たい。よりも薄着の黒尾を気遣えば大丈夫、と言い切る前にくしゃみをしていた。
やっぱり、と思ったがはスススッと黒尾に近づくとぴったり腕をくっつけた。


「私ももう少し先輩と一緒にいたいです」


顔は見れなかったが「風邪をひかない程度でいいので」と付け加えると黒尾の大きな手を両手で覆うように握りしめた。この時、黒尾は驚いた顔で固まっていたがじわじわとの緊張が移ったように顔も赤くなった。

何この可愛い生き物。
勢いでを抱きしめそうになったが、夜道とはいえ公道でいきなり抱きしめたらそれこそ不審者になりかねない。すんででそう思い直し、途中まで伸ばした手を引っ込めた。


「んじゃまぁ、お散歩デートを楽しみますか」

顔をあげれば、頬は赤いものの普段通りの黒尾は笑みを浮かべこちらを見ている。そんないつもの顔なのに初めて見るような、格好いいような気がしてふにゃりと破顔した。

お互いがお互いの表情や行動に新鮮さや新たな発見をしながら夜道の散歩を寄り添って楽しむのだった。