インターハイ予選にて


にとっては2年目のインターハイは去年以上に気合が入っていた。
よし!と気合を入れたまでは良かったのだがとあることをすっかりうっかり失念していたのである。


「あぁ?何見てんだ?」


黒子君達と別行動でマネージャー業をこなしていたのだが目の前を通りかかった集団に思わず身体が強張った。

は、は、は、花宮、真…!
マロ眉のような本当に独特な眉毛と陰険で意地悪そうな、とにかく一切近寄りたくないと思っていた霧崎第一高校がの前を通りかかったのだ。
あまりの衝撃に「ビャ」とよくわからない悲鳴が漏れたのはいうまでもない。

しかも花宮の後ろには木吉先輩にケガをさせた灰色頭がガムをくちゃくちゃ食べてこっちに顔を向けている。
ただ立ち止まって見てるだけなのに、なんで霧崎第一の全員がこっち見てるの?!


「お前、どっかで……」
「っ…」
「あんれ〜?霧崎第一さんじゃないっスか〜?」

ふと、何かを思い出したらしい花宮がの顔を覗き込もうとしたところで後ろから声が聞こえ花宮の視線が逸れた。
はというと花宮達に見られ泣きそうな顔で肩をビクつかせていたがいきなり聞こえた声にも肩が跳ねた。

ずいっとの前に躍り出たのはオレンジ色のジャージで、の隣にも長身のオレンジのジャージが立っていた。



「…秀徳かよ」

ジャージの色でどこの学校かわかった花宮は嫌そうに顔を歪めたが、を隠すように立っている高尾君はいつもの気軽な口調で霧崎第一に1歩踏み出した。


「ウインターカップ以来っスよね?敵情視察っスか?…あ、つーか、今年はちゃんと本気で戦ってくれるんスよね?」
「はあ?」
「何の目論見があったか知らないっスけど、今年も敵情視察にかこつけて王者相手に"2軍"をあてつけるとか、審判に隠れてこそこそ"選手潰し"するとか、そんな姑息でダセーこと、やらないでほしいんスわ」

こちらからは背中しか見えないけど、笑顔で話しかけているんだと思うけど、聞こえる内容はとても笑顔になれる内容ではなくての顔色がどんどん青くなった。
それに合わせるように花宮達の表情も不機嫌に歪んでいって一層空気が冷たくなる。しかも重い。


「そちらさんの勝手っちゃあ勝手ですけど……あんまナメられると、王者も牙剥くんで」


最後の方はぼそりとにも聞き取れない言葉だったが花宮は嫌悪感を隠しもしないで「はっ」と吐き捨てるとさっさと体育館へと行ってしまった。



「だーい丈夫だった?ちゃん…って!何?!どしたの?!」

花宮達が見えなくなったところで振り返り、パッといつもの明るい高尾君がにこやかに話しかけてきたけど、を見て目を見開いた。

はといえば霧崎第一のどす黒い空気にあてられてしまい震えが止まらなくなっていたのだ。
緑間君に両手を掴んでもらってやっと立てている状態だが「生まれたての小鹿になってるのだよ!」とつっこまれる程度には足が笑っていた。


「こ、こ、こ、怖かったぁ〜!!」
「ちょ!ブフ!ちゃん怖がり過ぎじゃね?」
「だって!あの人達本当に怖いんだもん!」

それこそ去年のウインターカップでとんでもなく怖い思いをさせられたのだ。
木吉先輩だって彼らのせいで膝を悪化させたし額にも縫う程の傷を負った。火神だって日向先輩達だって痣を作って、それをただ見てるしかなかったことを思うと怖さ以外の言葉が出てこない。

やっぱりお腹を下して大会に出れなくする程度の呪詛を唱えるべきだった、と涙目で緑間君の手を握りしめると「そうだよな。ちゃん達誠凛は大変だったもんな」と高尾君が慰めるようにの頭を撫でてくれた。


「それはわかったが、お前もこれから試合があるんだ。深呼吸をしてさっさと落ち着くのだよ」
「うん、ごめん…っ」
「真ちゃん冷てーこというなよ。ちゃん、ゆっくりでいいからな」
「高尾。俺達も試合が」
「つっても大分後じゃん。ミーティングだってまだだしよ。それにちゃん先に見つけたの真ちゃんだろ」

霧崎第一に絡まれてるの見て慌ててこっちに来たくせによくいうぜ、との頭を撫でながらニヤニヤと笑う高尾君に緑間君は「んな!」とぎょっとした顔で叫んだ。



反動で手を出しそうになったが生憎彼の両手はが握っていて高尾君を殴ることもできなかった。

何もできないままギリギリと睨んでいる緑間君に高尾君はぶはっと噴き出すとの後ろに隠れ、肩を覆うように抱きしめた。あれ。ちょっと。高尾君。それはあの。困ります。

「た、高尾君?」
「高尾。公衆の面前で下衆なことをするな」
「えー?別にスキンシップとってるだけだぜ?」
「暑苦しいのだよ」

こうした方が落ち着くかもしんないじゃん?と適当なことをいう高尾君に対して緑間君の表情はとても嫌そうで軽蔑の眼差しで彼を見ていた。
容赦ないです緑間君。それなのに何ひとつ響いてない高尾君も凄い。


「ま、つってもインターハイは大丈夫じゃね?」
「そ、そうなの?」

後ろから抱きしめられたまま視線をずらすと、高尾君が横から覗き込んでいた。うん。これはこれでとても恥ずかしいです。

放してほしいけどこの回された手を解くにも足は相変わらず震えて役に立たないし、緑間君に握ってもらっている手も離したらそれこそ崩れ落ちるかもしれなくてそこまで手が回らないのだ。
高尾君もしかして確信犯…?とちょっと泣きそうな顔になったのはいうまでもない。



「予選ブロック別だし、あいつらと同じブロックには桐皇もいるしさ」
「あ、そっか」

花宮達と会ってしまったから同じブロックかと思ったけど、今日は視察に来ただけなのだ。
「よ、良かった〜」と心底安堵の息を漏らすと「ちゃんテンパり過ぎだって」と笑った高尾君が抱きしめた手での二の腕をポンポンと叩くように撫でた。


「桐皇が負けると思わねぇし、予選決勝で会うこともないと思うぜ」
「そ、そうだよね…!」
「その前にお前達は俺達秀徳に負けるだろうがな」
「な!ま、負けないよ!誠凛だって!」

ウチの影と光は強いんですから!とドヤ顔の緑間君に対抗してみたが「フン。木吉を欠いた今の誠凛では秀徳の足元にも及ばないのだよ」と言いきられ、ぐうの音も出なかった。


確かに、確かに、木吉先輩が抜けたのは痛い。
水戸部先輩達も強いけど、やっぱり木吉先輩の強さも頼もしさも出て行った今、嫌という程噛み締めている。

痛いところを…とジト目で緑間君を見上げると「ったく真ちゃん。女の子相手にムキになんなよなぁ」との悔しそうな顔を見たらしい高尾君が緑間君を窘め、の頭を撫でた。


「ま、俺達も負ける気はねぇけど、誠凛も負ける気はねぇってことだろ?」
「勿論だよ!」
「フン。どうだかな」
「真ちゃん。…どっちが勝っても奴らとまた会うのはウインターカップになるんだろうけどさ。もし仮に奴らが予選決勝に出てきてもコテンパンにやっつけてやっから」
「高尾君…」
「ウインターカップでムカついたのは俺達もだからさ。もし当たったら奴らの鼻っ柱へし折ってやるって。な、真ちゃん」



妙に対抗意識を出してくる緑間君に負けじとも乗っかろうとしたが高尾君に引き止められる。
高尾君の視線に促されるように緑間君を見やると彼はさも当然、といった顔で「当然だ」と鼻を鳴らした。

「人事を尽くさないものに勝利などあり得んのだよ」
「緑間君…」

木吉先輩を欠いている誠凛が劣っているといわれて内心とても面白くないけど、でも、それとは別に花宮達霧崎第一とは絶対に戦わせたくないと思っているはごちゃごちゃと考えた挙句、小さく頷いた。

そして掴んでいた緑間君の手を一纏めにしてぎゅっと握ると自分の方に引き寄せ、彼を見上げた。


「誠凛も負ける気ないけど…秀徳も霧崎第一と当たるようなことがあったら……その時は絶対、絶対に勝ってね!」
「っ…」
「私、応援してるから!」


緑間君達もケガさせられるかも、という心配がなかったわけじゃないけど、それ以上にどうしても花宮達をコテンパンに叩きのめしてほしい気持ちが大きかったは、真剣な表情で彼の両手を握りしめた。

その視線を緑間君はどう受け止めたのかわからないが、ビクッと肩を揺らした後、顔を逸らし「あ、ああ当たり前なのだよ」とどもりながら返してくれた。
心なしか耳が赤いようにも見えたが顔は抜き取られた長い指と掌で隠されてしまい見ることは出来なかった。



「真ちゃんズリー!!ちゃん俺も俺も!俺にもそれやって!」
「え、ええ?」
「なっ!お前には必要ないだろう!」
「んなことねーよ!俺だってちゃんに"応援してる"っていわれてー!」
「お前にそんなことをしたらが穢れるのだよ!!」

そして何故か高尾君が自分にも応援してほしいと言い出すと途端に緑間君が怒りだした。

穢れるの?とは2人の会話を聞きながら首を傾げたが、言われた本人は「ヒッデーな!真ちゃん俺のことなんだと思ってんの?!」とショックを受けた顔になっている。まるでコントだ。


高尾君に触らせないように緑間君はを自分の背中に隠すと、ブーブーと抗議する高尾君の声だけが聞こえてくる。
それが妙にツボに入って吹き出せば「何を笑っているのだよ!」と緑間君に叱られ、また笑ってしまったのだった。




2019/10/01
秀徳お兄ちゃんズに癒されたい。

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