危険区域


お母さん。事件です。
現在洛山の試合が執り行われているんですが周りには自分1人しかいません。はい、偵察です。
両隣に誠凛の光と影がいたけどリコ先輩や日向先輩達と一緒に『月刊バスケットボール』の取材で編集の人に連れていかれてしまいました。

せめて1年生が居残ってくれたらよかったんだけどその1年生も尊敬する先輩の取材ということで見学に行ってしまいました。合理的だけど先輩は悲しいです。

そんなわけで現在テツヤ2号と一緒にお留守番をしているのですが、細長い階段を挟んだ隣の観客席に何故か灰崎祥吾がと同じ段の1番端に座っていて気絶しそうになってます。
何気に誰よりも近い距離にいるので正直泣きそうです。

しかもチラッと見たら赤司君を見てた視線を何故かこっちに向けてきて、それからずっと見られてるみたいでは胃がどんどん収縮してキリキリ痛いし脂汗がどんどん流れていくので、早く誰か帰ってきて!!と願ってやまなかった。


「あっれ〜。赤ちん試合出てんじゃん」


序盤から出てるなんて珍し、と独特な喋り方とぼりぼりとスナックを食べる音に思わず肩を揺らすとさっきまで火神が座っていたところにどかりと誰かが座った。
ちらりと視線をやれば大きな体躯と白と薄紫のジャージが視界いっぱいになる。

お陰で灰崎の姿は見えなくなったがまた違った意味での動悸が激しくなり、見てはいけないとわかっているのに視線を上げると「神様、久しぶり〜」と予想通りの人物が挨拶してくれた。

帰ってきて!と願ったのは誠凛の誰かだったんだけど…しかも神様呼びまだ続いてるのか…と顔が青白くなったのはいうまでもない。



「こ、こんにちは…紫原君…」
「1人なんて珍しいね。偵察かい?」
「氷室さんも、ご無沙汰してます。えと、偵察はそうなんですけど、みんなは取材で出てて」
「よく見ろ。荷物が足元に転がってるアル」
「ああ、本当だ……フフ。騎士も一緒だったね」

偉いね、とバッグの中から見上げる2号を撫でた氷室さんは「留守番ご苦労様」と小さな子を褒めるようにの頭も撫でてきた。ちょっと恥ずかしいです氷室さん。

その氷室さんはカメラがある為前を通らず長い足で後ろから跨いでさっきまで黒子君が座っていた席に座り、劉さんはの後ろの席に座った。きょ、巨人に囲まれてる…!


「おい。敦、そいつ知り合い?」
「……あー崎ちんだ。いたんだ〜」
「いたよ。つか、その隣にいる女誰?」
「えー?いないけど?」
「は?いんだろそこに」
「ああ。灰崎っていったっけ?福田総合がいたの別の場所じゃなかったかい?」
「あ?テメェ、あん時の…」
「ていうか、崎ちんの学校赤ちんと当たるの決勝じゃないの?」

それは流石に無理じゃない?とぼんやり返す紫原君に灰崎は「あぁ?!」とキレていた。怖い。
私のことをいない扱いしたり灰崎のことも気づかなかったり紫トトロはとても自由でこっちが泣きそうだったが、灰崎のドスのきいた声に肩が跳ね血の気がサァっと引いた。

関わりないといえば関わりないんだけど、過去の悪名と去年間接的にアレックスさんや氷室さんの件があったので怖い以外の言葉が出てこない。



「それはどういうことだよ。敦」
「え〜だって、崎ちんと同じリーグに俺がいるんだよ?勝てるわけないじゃん」
「それに福田総合を支えていた大半の戦力は卒業した3年生だったしね」

今はキミを恐れた手下ばかりだ、と付け加える氷室さんに灰崎の雰囲気が紫原君越しに悪くなってるのが伝わってきて涙目になる。

「テメーも敦もケンカ売ってんのか?買ってやろうか?あぁ?」という低く不機嫌でキレた声が飛んできて関係ないのに震えてきた。不良怖い。ケンカ怖い。


青白い顔で固まっていると鞄をぎゅっと掴んでいた手をするりと包まれ顔を上げた。「大丈夫かい?」と優しく微笑む氷室さんにこくこくと頷くと彼は優しく微笑み、紫原君を呼んだ。

「敦、ウインターカップの時にもらったお菓子のお礼はもういった?」
「あ〜そうだった。あの時はありがとね」

振り返った紫原君はの顔を見ると灰崎に反応することを止め、こちらに向き直りお礼と一緒にの頭を撫でた。
ついでに「これ食べる?」と持っていたスナック菓子を差し出してくれはお礼と一緒に1枚貰った。

正直食欲なんてこれっぽっちもないというか口に入れたらリバースしてしまいそうな予感しかないから手に持ったままになったけど。



しばらく灰崎の視線を何となく感じながら試合を観戦しているとハーフタイムに入り赤司君達洛山が控室へと戻って行くのを見届け、一旦録画を停止した。
あと半分も試合が残ってるのかと思うとしんどい。かなりしんどい。取材、まだ終わらないのかな。


「ん〜やっぱ話になんないね」

もう試合決まったもんでしょ、と呆れるように零す紫原君にもつられて頷き同意した。

赤司君がいるからってのもあるけど実渕さん達もまた一段と精度を上げたみたいで洛山につけ入る隙は無い。
黛さんの枠も誰が入っても問題がないくらいみんな強いのがわかった。今年も変わらず難易度高いな洛山は。


「?はい?」
「携帯鳴ってないかい?」

荷物を置いていくのはちょっと心配だけど2号を連れて少し気分転換でもしてこようかな、と思ったところで氷室さんに肩を叩かれた。見れば自分の荷物の上に置いた携帯が点滅しながら震えている。

リコ先輩かな?と半ばそうであってほしいと思いながら携帯を開くと思ってもみない人物の名前が表記されていて吹いた。え、ちょっと待って。あなた今試合…いや休憩中ですよね??
ええええ、と困惑しながらも「もしもし?」と携帯を耳にあてると名前の通りの人物の声が鼓膜を揺らした。

。大丈夫か?』
「だ、大丈夫だけど…赤司君、ミーティングはいいの?」

この時間は休憩もあるけど後半戦の作戦見直しの時間でもある。
そんな中電話をしてくるなんてよっぽどのことがあったのかな?と思い聞いてみると『黒子達は?』との問いには答えず黒子君達の行方を聞かれたので、氷室さん達に答えた通りのことを返した。



『それでか…。取材はまだかかりそうなのか?』
「わかんない。10分から15分程度だって聞いたけど」
『ならそろそろか。近くに灰崎もいるが、何か話したか?』
「ううん。特には…」

どうやらが座っている観客席をしっかり見ていたようで『灰崎に近づかないように』と念押しされた。勿論そのつもりですよ。

「電話、赤司から?」
「あ、はい……あ、」


灰崎がまだいるかはわからないけど、と彼がいる席を見ようとしたところで氷室さんに声をかけられ身体ごとそちらを向けた。
そしたらするりと肩に筋肉質で太い腕がを包むように回り込み、持っていた携帯を抜き取られた。


「赤ちーん?今ミーティングじゃないの?」


背中に当たる温かさと身に覚えのある拘束にピシリと身体が固まる。頭の上では紫トトロが「だって空いてる席に神様がいただけだし〜」と答えている。

多分赤司君が『何で自分の高校の席で観ないんだ』とかいっているんだろう。
それはいいんだけど、紫原君手を放してくれないだろうか。夏で暑いはずなのにどんどん冷えていくのがわかって辛いです。助けて。

「え、赤ちんキモい…もしかして見てんの?」
「どうした?」
「神様が迷惑してるからこの手放せって。こっち見てるみたいなこというから……大体やりそうなことはわかるって、赤ちんやっぱキモい。つか親じゃないんだからさぁ……ん、わかった」



どうやら赤司君はが紫原君に抱きしめられていることを知っているらしい。
あたかも現場を見ているような言葉に紫原君は顔を嫌そうに歪めたが、電話の向こうで何かをいわれたみたいで表情を元の気だるそうなものに戻すと、携帯をには返さず氷室さんに渡していた。なんで?


「崎ちん。赤ちんが邪魔だから帰れって」
「あああ?!ナメてんのかテメーら!殺すぞ!!」
「灰崎。赤司の声が聞こえないから黙っててくれないか?」
「ああ?!俺に指図すんじゃねーよ!」
「崎ちん煩い」

ビーズのストラップを揺らしながらの携帯で話す氷室さんを見ていると、赤司君に言われても紫原君は手放さないまま両手で更に拘束してきた。
そして肩越しから振り返り灰崎に赤司君の伝言を伝え彼をキレさせている。

お陰で周りの観客に注目されてるし、2号にも不思議そうに見られ生きた心地がしなかった。
しかも劉さんは手持無沙汰なのか何なのかおもむろに私の髪で遊びだすし、目の前の氷室さんの笑顔がどんどん冷えてきて怖くなって思わず目を逸らした。


「灰崎は問題ないよ。こっちで何とかするから……そっちこそ早くミーティングに戻ったらどうだい?…ん?心配かい?」

普通の会話なのに不穏にしか聞こえなくてこの場から早く逃げ出したい気持ちになっていると、氷室さんの手が伸びてきて指の背部分でするりとの頬を撫でた。

驚き視線を戻すとカチッと氷室さんと視線がかみ合いドキリとする。それだけでも十分なのに彼は柔らかく微笑み、そっと親指での頬をなぞった。



「大丈夫だよ。彼女は俺の妹分だから…ちゃんと守るさ」


を見つめたまま氷室さんは優しい眼差しで笑みを深め、の頬を包むように撫でた。その細められた目も触れ方も優し過ぎて、フワフワな気持ちになって、ぼっと顔が熱くなる。

氷室さんの触り方は独特でどこまで行っても優しくてこちらが立てている塀を難なく解放させ包み込んでくる。

赤司君とはまた違った意味でこの人に敵わない、と思っていると氷室さんの手をやや乱暴に紫原君が払いのけた。なんとなく、もっと触れていてほしい、と思っていただけに「あ、」と声を漏らしてしまう。


「室ち〜ん、ダメだってば。神様まで誑しこむのやめてよね」
「ん?女性に優しくするのは当然だろう?」
「……うわぁ、」
「いっても無駄アル。無意識にしてるから本人もわかってないアルよ」
「室ちん、"女たらし"って言葉知ってる?」

携帯を返してもらい、ドン引きしている紫原君を背中で感じていると『女たらし』の言葉をわかっていない氷室さんがこっちを見てきたので苦笑で返した。
氷室さんの場合、女の子だけじゃなくてとぢらかといえば『人たらし』のような気もするけど。

上手く応えられずにいるを見て氷室さんも察したようで「…酷い言葉なのはなんとなくわかった」と肩を竦めていた。



『…まったく。お前達は何をしているんだ…』
「……多分、試合が始まったら落ち着くと思うけど」

携帯を耳にあてれば赤司君の溜息が聞こえてきて、こちらも苦笑するしかなかった。

『後半、俺が出るまでもないと思ったが、こんなにも早く試合が始まればいいと思ったのは初めてだよ』
「あはは…」

なんとなく、頭を押さえている姿まで想像できてしまいカラ笑いでしか返せないでいると、ずっと放置されていた…というか律儀に座っていたらしい灰崎が「だから、さっきから何なんだよ!!その女は!誰だよ!」と叫びの身体が少し浮いた。


「え、神様」
「はあぁ?!」

いきなり声を荒げたのでは大いに驚いたが紫原君達は驚いた様子もなく、を隠すように抱きしめ彼に背を向けると適当なことをいって灰崎を怒らせていた。


その数分後、やっと黒子君達誠凛が帰ってきたのだけど、灰崎と陽泉の中で編み込みされた髪と涙目で見上げているを見つけた火神が「何をどうしたらこうなんだよ!」と吠えたのはいうまでもない。




2019/10/06
からかわれる灰崎。

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