キラキラ
はぁ、と重い溜息を吐く。
吐いたところでこの胃に溜まる重いものが抜けてくれるわけではないけれど。
誠凛が負けた。
みんなの調子は良かった。木吉先輩が抜けたけれどそれを埋めるようにリコ先輩が布陣を作ってくれて、みんなも去年以上にフィジカルも技術もメンタルも作り上げてきた。それなのに。
「(何が悪かったんだろう、なんて。今ここで考えても仕方ないのに)」
反省会はこの後みっちりやることになっている。だから今ここで考えることは気持ちが落ちていくだけなのに考えずにはいられない。
試合を終えた達誠凛は控室に戻り、軽く水分補給と身体チェックをして観客席に移動することになっている。そして時間になったら東京に戻るのだ。
はというと余った水分を一旦捨てに来ていて、戻る途中の人気の少ない廊下の隅で蹲っていた。
今更ああすればよかった、こうすればよかったって後悔しても遅いのに。わかっているのに考えが止まらない。
自分にできることはなかったのか?
あそこでああすればもっと火神達が機能していたんじゃないだろうか。
私がもっと早く助言していれば…そんな傲慢で自意識過剰な考えにまた溜息が出てカラになったボトルで頭を叩いた。
そっちじゃなくて早く気持ちを切り替えろ。
悔しいのはみんな同じ。
泣いたところで結果は変わらない。
支える自分がこんなフラフラでどうするんだ。そう叱咤した。
「あれ?っち?」
聞こえた声にビクッと肩を揺らすと見ていた床面に見覚えのあるバッシュが見えた。
ゆるゆると顔をあげれば予想通りの人物がを覗き込むように屈んでいて「どうしたっスか?具合でも悪いんスか?」と心配そうに声をかけてくる。
「ううん。ちょっと休んでただけ」
「あ……あーそうっス、よね」
強張っている顔を無理矢理笑顔にして微笑むと黄瀬君はの心境を察したようで苦笑して同じようにしゃがみこんだ。
「残念だったっスね」
「うん、」
「借りが返せるって思ってたんスけど…ウインターカップまでお預けっスね」
「そうだね」
気を遣ってくれてるのか黄瀬君がそのまま話しかけてきても地面を見たままだけどそれに返した。彼の顔を見て話せるほど今の私にそんな元気はなかった。
「みんな頑張ったのに、あんなに一生懸命走ってたのに…悔しいよ」
あ、鼻が痛くなった。もしかして泣くかな?と思ったが涙は込み上げてこなかった。涙腺は固く閉められたままらしい。
泣けないのはやっぱりもっと何かしらできたんじゃないかって思ってるせいなのかな、と考えていると前髪に触れられた気がして視線を少し上げた。
黄瀬君との距離は彼が腕を伸ばした分だけ離れていて、何か思い返しているような、思いに耽るような顔でこっちを見ていてなんとなしに見つめ返してしまった。
そうできたのは、そうしてしまったのは、もしかしたらを見てるようで見てないと思ったからかもしれない。それでも前髪の辺りをさわさわと撫でる黄瀬君の指先は離れなくて、頬が熱くなる。
「泣いても、いいんスよ」
「え?」
「負けた時の気持ちって抱えとくのスッゲー辛いから。言葉にして吐き出したり泣いたりする方が楽になれると思うんスよね」
「……」
「それに、代わりに泣いてもらえた方が自分のダッセー顔見せずにすむし」
海常にも女子マネいれば俺も泣かなかったのになぁ、なんて笑う黄瀬君に少し驚いた。
海常に女子のマネージャーを入れないのは黄瀬君がいるからだと桃井さんに聞いていたけど、黄瀬君自身も女子マネージャーに、というか女の子に対してこだわったことはなかったと思う。
だから冗談でもそんなことをいうなんて考えもしなかった。
膝を抱えしゃがみこんでいる彼は片方の手をの髪に触れたまま「こんなとこで1人落ち込むくらいなら黒子っち達の中で落ち込んでほしいっス」と少し力を込めた言葉でを見つめてくる。
「でないと、どんだけ悔しいとか他のみんなはわからないっスから」
まるで、体験談を語るかのようなはっきりとした言葉には視線を下に落とした。いつもの自分なら勝手に泣いているんだろうけど。
「今日は、難しいかな」
「難しいっスか」
「それに、全力で戦って悔しい想いをしているのは選手達っだって思ってるから」
それを知ってるのに、彼らが泣かないのに私だけ泣けないよ、と困ったように微笑むと「そうっスか」と黄瀬君も小さく笑い返したみたいだった。
「じゃあ、その悔しい気持ちを半分貰って行くっス」
「え?」
「代わりっていうわけじゃないけど、誠凛の分まで俺達海常が勝ち進むから」
「……」
「だから、俺を見てて」
思いもよらない言葉に顔を上げれば、やはりどこか懐かしむような目で微笑み、そして真っ直ぐを映した。
その真摯な言葉はの胸を打ち抜きドキリと胸が高鳴る。
負けた悔しさを払拭するにはどうしても自分達の力で戦い勝たなければならないけど、それでも軽減するものがあるとすれば想いを背負った誰かに勝ってもらうことなのかもしれない。
「(やっぱり黄瀬君はキラキラしてて格好いいな…)」
中学の時も去年も黄瀬君は先輩という雰囲気も指導者という雰囲気もなかった。青峰とはまた違った自由気ままで甘えたがりな弟みたいな感じで。
でもこの半年で、去年1年間を経て先輩としてエースとしての風格が培われた気がした。
「うん。じゃあ、お願いします」
負けた相手じゃないし、他校だし、お門違いの願いなのはお互いわかっていたけど、それでもは涙で少し滲んだ目を細め出来る限り微笑んだ。黄瀬君の心遣いがとても嬉しかった。
「あ、でも、残念なお知らせが…」
そろそろ戻ろうか、と立ち上がると黄瀬君も並ぶように立ち上がり何となくドキリとする。
じゃあ、とそこで別れず黄瀬君がの隣を歩いているから、というのもあるけど、通路で行き交う人がいるせいか並ぶ距離が前よりも近い気がした。
吐く、ことはなさそうだけどやっぱり緊張してしまう自分に持っている空のボトルを手で弄ぶととあることを思いだした。
恐る恐る、黄瀬君を見上げればサラリと柔らかい髪を揺らしこちらを見返してくる。そんな無防備な顔を自分に向けられる日が来るなんて思ってもみなかったです。
「次の試合終わったら東京に帰ります…」
「え!嘘?!」
申し訳なさそうに微笑めば、黄瀬君は本当にショックを受けたような顔で半泣きになり「そりゃないっスよっち〜!俺折角格好良くキメたのに〜!」と嘆かれ、は何度も謝る羽目になったのはいうまでもない。
2019/10/07
ヘタレ成分が少ない黄瀬。
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