□ 既にひび割れていた - In the case of him - □
以前、先輩が「立海は引退しても部室に溜まってたけど氷帝はそういうのないんだね」と感心していたが別に集まる場所が部室じゃないだけだ。
気怠そうに顔を上げた目先にはいつもの如くソファにふんぞり返る先輩達がニヤついた顔でこっちを見ている。主導権がこちらに移動してからも定期的に会ってはこうやって何気ない会話をしながら報告をさせられるのだ。
部活の時なら言い訳をして退席もできるだろうがこういったサロンではそれがしづらい。
氷帝学園には交友棟が有り、そこだけは高校生も出入りできるようになっている。そのせいで会いたくもない顔を見なくちゃならないのだからたまったもんじゃない。来年まで待てないのかこの人達は。
「そういや、この前駅前のコンビニでお前の姿を見たんだが何をしてたんだ?」
テメェの家はそっちじゃねぇだろ?と尊大な格好の跡部さんがどうでもいいことを聞いてきた。何で家までのルートを知ってるんだ。見つけて素通りなのかよ。いや、声かけられても面倒だが。というか駅前を歩くくらいなんだというんだ、と思ったがふとある記憶を思い出した。先輩だ。
この前また鳳が無理難題を言って氷帝に呼び出し、振り回すだけ振り回してお帰りいただいたのだが、何故か帰ったはずのさんが駅から戻ってきて。
その時俺は『いつも来てもらってるんだからちゃんとお礼をいうように』と志木に言われ、仕方なくさんにメールを打っていたところだったから本気で驚いたのはいうまでもない。
しかし、ほんの数分前まで上機嫌だった顔が引き攣っていて、何かあったんだというのはすぐにわかった。わかったが、それを聞ける程仲がいいわけでもなかった俺は、もどかしさを抱いたままコンビニで時間を潰し彼女が帰るまで一緒にいたのだけれど。
あの後、大丈夫だったんだろうか。そう思ってしまう程度には彼女は意気消沈していて、それでも聞けない自分の立場になんとなく歯痒さを覚えた。
「別に。ただ買い物をしていただけですよ」
「通学路でもないコンビニでか?」
「はい」
「樺地、」
もしかしてさんと一緒にいるところを見られたのか?と思ったが、別にいたっていいじゃないか、とも思った。
さんが跡部さんのお気に入りだとは知っていたが(というか跡部さん本人が公言していた)、樺地じゃあるまいしいつでも一緒にいなければいけないということはないだろう。他校なのだからこの人もわかってると思うのだが。
もしかして、東京に顔を出したなら俺にも挨拶しに来るべきだ!とでも思ってるんだろうか。…さすがにそこまで傲慢じゃないと思いたいが。
どちらにせよ、わざわざさんがいた事実を教える必要はない、そう思って日吉は素知らぬフリをした。しかし目の前の元部長は日吉の応えが気に食わなかったようで眉を寄せるとついっと視線を別の人物に向けた。
樺地なら喋るだろう、と跡部さんが視線を向けたのを見て俺も樺地を見ると奴は困ったように視線を泳がせ鳳に助けを求めた。そっちは間違いだ樺地。
「あ、あの…実は、先輩を呼んで…部活のことでちょっと…」
「おい長太郎!また何かしたのか?」
「ちっ違います!そういうんじゃなくて!その!」
「は立海のマネージャーなんだぞ!氷帝には氷帝のマネージャーがいるじゃねぇか!!」
「はっはい!!そ、そうなんですけど!…ひ、日吉!」
「(ハァ、やっぱりな)…引き継ぎのことで他校の話も聞きたかったんで呼んだんです」
「呼んだんです…って、そんなん、メールでも電話でもええやろ」
「メールじゃ埒があかない、と副部長がいったんです」
「ひ、日吉!!」
「長太郎!」
ぴしゃりと宍戸さんが怒ると鳳は真っ先に謝った。お前は尻に引かれた亭主かよ。いや、主人に叱られた犬だな。
ウザいダブルスに軽蔑に近い眼差しで一瞥した日吉は眉を寄せる先輩方に平然と「先輩も暇だったらしいので、無理に呼び出ししてませんよ」と言い放つ。そういわれて黙ってないのは向日さんだ。
「クソクソ!俺達が呼んだ時はいつも部活だっていってこねーくせに!」
「残念でしたね」
「うがぁ!生意気だぞピヨッ子!」
「…んで?呼び出してお前がナイト代わりに送ったってのか?」
「あ、いえ、先輩は俺達と一緒に帰って…あれ?日吉もその時見送ったよな?」
立ち上がり指をさす向日さんをシカトして跡部さんを見れば鳳が首を傾げた。そりゃそうだ。この話はその後のことだからな。
「そんなこと、どうでもいいだろ」と立ち上がろうとすると、ずっと黙って様子を見ていた滝さんが「もしかしてその後2人で落ち合ってデートした、とか?」と爆弾発言をかましてきた。勿論それは彼の冗談でからかっただけだろうが、さんのあの顔を見た日吉としてはそのからかいも不快だった。
「…その後、次の電車まで時間があるとかいって戻ってきたので、一応用心の為に一緒にいただけです」
呼び出して何かあったら寝覚めも悪いので、というと「紳士やな〜」と忍足さんが感心したように言葉を吐き、滝さんは頬杖をついたまま「へぇ、」と意味深に微笑んだ。
ついでに何で解散した後も帰らなかったんだという問いに、もう面倒になって志木に言われたんだといえば鳳が嬉しそうに微笑んだのが1番腹が立った。明日の部活に来たらただじゃおかないからな。
そんなことを考えながら「そろそろ帰ってもいいですか?」と切り出そうとしたところで跡部さんが携帯を取り出しどこかにかけ始めた。…せめて断りくらい入れろよ、と思ったが相手はそれを気にするはずもなく、相手が電話に出ないのか「チッ」と舌打ちをしていた。
「連絡寄越せば送ってやったっつーのに…」
「…そら無理やろな」
「アーン?何か言ったか?忍足」
「いや、なーんも?」
「…ああ。今日は部活だったか。まぁいい。行くぞ樺地」
「ウス」
携帯の画面を見て思い出したように呟いた跡部さんはソファから立ち上がるとそのままサロンを出て行く。ようやく解散らしい。
これで帰れる、と思いつつサロンの出入口を見ると跡部さんがまた電話をかけているのか携帯を耳に当てていたがそれを離すと眉を寄せそのままポケットにつっこみ出て行った。
「ひーよし」
「…なんですか?」
先輩達が他の話を始めたので頃合かと立ち上がろうとしたら、隣でボスン、という音がして自分も一緒に揺れた。
日吉が座っている長ソファにはさっきまで別のソファで眠ってたはずの芥川さんが座っていて、嫌な人に捕まった、と思った。この人に捕まると向日さんと宍戸さんも混ざって俺をからかうから面倒くさいのだ。
「もしかしてそん時さ、日野さんいたりした?」
「日野…?誰ですか?」
尻が座面から落ちそうなくらいだらしなくソファに座る芥川さんがぼんやり呟いた名前に眉を寄せると彼は目をパチクリさせ「そっか。知らないか」と笑った。一体なんなんだ。
「日吉ってテニスばっかだもんなー」
「…ばっかでもないですけど」
「志木ちゃん可愛いと思うけどなー」
「何の話ですか」
ちゃんと家の武術もやってるし学園七不思議の研究も怠っていない、と眉を寄せれば「ボヤボヤしてると俺が取っちゃうよ〜」とからかってきたので眉を寄せたまま「勝手にどうぞ」と言い返してやった。
「…もしかして、日吉ってのこと好きだったりする?」
「はっ?!何いってんですか?!」
絡んでくる芥川さんから離れたい一心でそういえば彼は目を瞬かせとんでもないことを落としてきた。その発言に思わず声を張り上げると周りにいた先輩達までこっちを見てくる。クソ、だから嫌なんだ。
「どうした?」
「日吉ってば志木ちゃんよりがいいんだって〜」
「な!ち、違いますよ!!」
「はぁ〜ちゃんモテモテやな」
「フフ。でもその前に跡部を倒さないとね」
「そうだな。きっと"ハッ!と付き合う?だったらまずは俺を倒してからにしな!そしたら考えてやるぜ!!"とかいいそう」
「しませんよ。違いますから」
父親か!…樺地にも同じことをしそうだな。と思いながら苦々しく否定をしたが、それはどうでもいいらしく忍足さんは「ツメ甘いで岳人。言い回しは似てるが跡部は""って呼ばんわ」とダメ出しをしていた。
それから鳳、お前のその悲しそうな顔ムカつくからなんとかしろ。
「あ、そっか。てっきり跡部がそう呼んでた気がしてたから…うっさいな侑士!次は間違えねーよ!……あ、それで思い出したんだけどもしかして跡部に今彼女とかいんの?」
「また随分唐突やな」
「唐突なのはいつものことだろ。…でも確かに駅前に跡部がいるのも変だよな?アイツ電車使わねーから駅前なんか行かねぇだろ?」
「だよな!やっぱ彼女か!」
「つか、彼女作ってもすぐ別れんだろ?勉強とか中学以上に忙しいんだろ?アイツ」
「まーそうだろうけどさ。感じ的にこの学校じゃなくね?」
「そうだね。告白現場はちょくちょく見るけど全部断ってるみたいだし」
「跡部さん…高校でもそうなんですか…?」
引き気味に零す鳳を尻目に日吉は隣の芥川さんを見た。面白くなさそうにポケットに手を突っ込み、足でテーブルの下をゴンゴン蹴っていて煩い。先輩じゃなかったらそのまま蹴落とすところだ。
それに忍足さんもさっきから静かにしていて奇妙に思った。
憶測で話す跡部さんの彼女像はどこかのセレブとか他校のお嬢様とか色々飛び交っているのに、忍足さんは一切その話題に入ってくる様子はない。こういう話をしたら真っ先に話し出すのに何故?
もしかして相手を知ってるのか?と考えていると沈黙してることに気づいた向日さんが「おい侑士!何黙ってんだよ!」と日吉と同じ指摘をした。
「いやあ、跡部も大人になったな思うてな」
「?…なんだよそれ」
「校内じゃ可愛い雌猫がケンカしよるからそれをさせんように手出しできん子選んだんやろ?えらいえらい」
「おい!俺は跡部じゃねーよ!!つか撫でんな!!気持ち悪ぃ!」
「っ?!がっくんヒド!」
折角愛をこめて撫でてやったんに、と泣き真似をする忍足さんに向日さんは顔を赤くして「うぜぇ!やめろーっ!!」と叫んでキモメガネを足蹴にしていた。ここのダブルスも気持ち悪いくらい仲がいいよな。
「他校っつっても相手間違ってたら意味ないんだけど」
忍足さんのキモい発言のせいか話がそこで途切れ、別の話題に移ると、日吉は再び隣の人物を見やった。帰るのはもう諦めた。
「?…何の話ですか?」
「電話する程心配なら最初からしなきゃいいのに」
むくれたまま零す芥川さんの独り言に日吉は思わず眉を寄せた。そして、なんとなくわかって更に眉間の皺が深くなる。
だから彼女はあんな顔をしていたんだろうか。だからわざわざ駅外のコンビニに行ったのか。それなのに電話をかけて多分きっと彼女の学校に向かってて。そして彼女に会いに行ったんだろうか。
「…最低ですね」
「俺もそう思うー」
別に2人がどうなろうと知ったことじゃないが、規格外な彼を知っていれば自ずと彼女側につくのは必然だろう。
そういう感情を抱く彼女にも呆れてはいるが、あんな傷ついた顔をされたら無謀な想いだとわかっていても彼女に加勢したくなる。人は心理的に、弱い方を応援したくなるものなのだ。
いつもは先手に回るくせにあの人は何でわからないんだ。そう思って吐き出せば隣の芥川さんが苦笑混じりに微笑んだ。
岳人可愛い。
2013.11.09
2016.01.05 加筆修正