You know what?




□ 可愛くないと思った - In the case of him - □




誰かに与えるのは慣れている。そうすることによって簡単に相手から感謝されるし俺も心地いい気分に浸れる。
だからといって聖職者じゃないから分け隔てなく誰にでもってわけではない。自分の手が届く範囲で自分が与えたい奴にだけ与えている。そこら辺にいる奴らと同じだ。

金持ちの道楽で与えてるわけでもない。いらないという奴に与えても意味がないことだって知ってる。だから、どうでもいい奴に時間も労力も与えるわけねぇんだよ。


「景吾?」
「…ああ。これが欲しかったんだろ?」

跡部を現実に引き戻すかのように呼ばれた声に我に返ると、手に持っていた小さな紙袋を目の前の彼女に手渡した。彼女は「ええ?そんな、いいのに…」と謙遜したが差し出された袋を受け取り開けてもいいか?と聞いてくる。
それを了承すれば彼女は手袋を外し、薬指にはめた指輪を煌めかせ嬉しそうに箱を開けた。


「わぁ…!!ありがとう景吾!よくわかったね」
「アーン?当たり前だろ」

一緒に歩いてあれだけ物欲しそうに見ていたのだ。気づかないわけはない。
今迄の女と比べたら控えめな視線だったが跡部には手に取るようにわかった。

「…でも、悪いな。私何も用意してないし、誕生日でもないのに…」
「別に拘らなくていいんじゃねぇか?俺がお前に買ってやりたかったんだし…それに今日で1年だろ?」
「…っ覚えててくれてたの?」

バッと顔を上げた彼女は白い息と一緒に頬を染め潤んだ目で見つめてくる。付き合い始めた日や何かしらにつけて記念日だと指折り数えてる心境は理解しがたい部分はあったが、そうやって俺のことを考えている様を思えば愛しくも感じた。

「嬉しい…やっぱり景吾は違うね」と微笑む彼女にそりゃそこら辺のガキな男と一緒にされちゃ困ると思った。宍戸を筆頭に普通の年代ならそういう記念日を疎ましく思ってる輩の方が多いからな。この辺の女心が理解できるのは俺や忍足などの一部だろう。


そう、俺は女心をわかってるはずなのだ。
それなのにときたら…そう思って眉を寄せた。



思い出すのは自分の誕生日のことで、パーティーはともかくジロー達が主催したパーティーにも来なかったのだ。いや、原因が風邪だったから仕方ないのだが。
『これ、から』とジローから手渡されたプレゼントに何とも言えない気分になったのを思い出す。

連日の部活で疲れが出たんだろうといっていた。跡部からしてみれば何で今頃、と思ったがそれ以外のことをジローは聞いていないようだった。

「…なぁ。は最近どうしてる?」
「………元気だよ?」
「イジメにあったとか聞いてねぇか?」


跡部の腕に己の手を絡め帰り道を歩いていると、ふと沈黙が降りてそんなことを呟いた。跡部の問いに彼女は少し間をあけて返したがイジメという言葉に「高校に入ってまでそんな子供っぽいことする人いないよ」と笑った。ならコイツには喋ってねぇのか。

「気になる?」
「いや、そこまでじゃねぇ」
「連絡してないの?」
「してねぇよ」

電話をしても留守電に繋がることの方が多い。出てもなんだかんだと理由をつけられ切られてしまう。そういう時に限ってもしかしたらジローと一緒にいるのかもしれないが、それにしたって自分への扱いがぞんざいな気がして跡部の機嫌は低空飛行状態だった。

探るように見つめてくる視線にこれ以上の追求は無理だな、と判断した。こいつもそういうところは他の女と違わず嫉妬や独占欲があるのだ。…とはいえは共通の友人、なんだがな。


「ああそうだ、景吾。来週の今日、空いてる?」
「空いてなくはねぇが…この時間になるぜ?」

全国大会が終わっても大学関係や生徒会役員の仕事もあってこいつとの時間はなかなかとれなかった。今日も家に帰ったら帰ったで大学用の勉強をしなくてはならない。
どのくらいの時間を要求されるのかよくわからず、片眉を上げて見やると彼女はフフっと微笑み「夜デートしようよ!」と誘ってきた。

内心、デートしたところでたいした時間はとれないのだから久しぶりに取れた週末の休みをゆっくりデートの時間に割り当てればいいだろうに、と思ってしまう。
しかし、そこで彼女が言わんとした意図に気づき跡部は口出しせず彼女の言うままに「そうだな」と返して腕を組んだまま夜道を歩いていった。



******



家に帰ると執事とペットのマルガレーテが出迎えてくれ跡部は大きな扉を潜った。
マルガレーテとリビングに行く道すがら母親から連絡があったことと祖父母が無事旅行先についたというのを聞いた。

いつもは仕事で忙しい祖父だが老いて理事職についたのと結婚記念日とあって夫婦水入らずで出かけることになっていた。基本、家を空けないようにしていたがそんな事情があって今この大きな屋敷にいるのは自分とマルガレーテ、それから世話をしてくれる執事や召使い達だけである。

そんなこともあり、母親が心配して電話をかけてきてくれたのだろう。海外で奮闘する父親の後押しに行った母親に電話すれば時差もあったのにすぐに出てくれ、他愛の無い話をいくつかした後通話を切った。


もうひとつの携帯を見ると別れた女やら2、3度会っただけの女からの着信やらデートの誘いのメールがあったがそれらを無視してメールボックスを開き、カタカタとボタンを打ち込んで送信ボタンを押した。

内容は簡潔に『風邪なんか引いてないだろうな?』だ。
件名もなく唐突なメールに相手はどう思うだろうか。

窓の外を見やればカーテンを引いたかのようにガラスが白く結露が出来ている。こんな日も部活をしているんだろうか。俺もしていたんだからそうなんだろうが。
そんなことを考えていたら携帯が震え、マルガレーテがチラリと跡部を見上げてくる。今日は返してくるのが早ぇな。

メールを開けば『見透かされてるみたいで怖いです。風邪ひきました』と返ってきていた。それを見てソファから腰を上げた跡部はこれから向かおうか電話番号を出したが、通話ボタンを押すかどうか一瞬ためらった。

ためらったが随分会っていないことを思い出し気づけば通話ボタンを押していた。


『……もしもし』
「こんな時期に風邪とは鍛え方が足りねぇんじゃねぇのか?」
『……誰もが跡部さんみたいな強靭な身体を持ってるわけじゃないんです』

長いコール音を聞きながらほんの少し焦れていると掠れた、そして聞き慣れた声が聞こえホッと息を吐いた。
どうやら最近流行ってる風邪が立海にもきたらしく、はそれにかかってしまったらしい。クラスでも結構な人数がかかっていて『貰い風邪なんて最悪です』と鼻声で喋っていた。



「まぁいいんじゃねーの?こんな日に部活するよりはマシだろ」
『そうですけど…でも、早く治したいです』

みんな頑張ってんのに。早く部活に行きたい…と口外に聞こえて苦笑すれば咳をする彼女に顔を引き締めた。

「病院には行ったのか?」
『…はい。なので今は安静にしてるところです』
「そうか。早く治せよ」
『…………ありがとう、ございます』

親身にそう言ってやれば沈黙の後にポツリとそう返ってきた。別に他意はない。ただ心配していっているのにには戸惑わせるもののように聞こえるようだ。


さすがの俺も見知りの友人と付き合ってる女にまで手出しするつもりはない。それに自分にだって彼女がいるのだ。ジローに警戒しろとか言われたんだろうか。そんなことを考えつつ「見舞いに行ってやろうか?」とからかえば『来なくていいです』と真っ向から断られた。

『うつして跡部さんまで風邪ひかせたくないし』
「(………)そうだな」

来なくていいと言われて内心ショックを受けたがうつしたくないと心配されて浮上してる自分がいてなんとなく可笑しくなった。存外俺も簡単な思考をもってるようだ。


『……あの、そろそろ、』
「ああそうだな。……まぁ、何かあったら連絡しな。相談事もあれば聞いてやるよ」
『跡部さんいろいろ忙しいじゃないですか…』

その気分のまま気前よく言ってやれば電話の向こう側で呆れた声が返ってきて、それから『でも、ありがとうございます』と礼をいって通話を切った。
耳から離した跡部は携帯をじっと見つめていたがフッと液晶の光が消え真っ黒になった辺りで溜め息を吐いた。


「…せめて、何かあったら相談しますくらいいえよ」



何も当てずっぽうにイジメの話題を出したわけじゃない。今回の風邪はただの風邪だろうが、自分の誕生会の時の風邪は間違いなくストレスのものだ。

回りまわって自分の耳に入ってきた話は丸井だか仁王だかがを巻き込んで泥沼の修羅場を演じたらしいということだった。
高校に入って少なからず入ってきた新しい風に絆されて関係を作ったんだろうが、何でが巻き込まれる事態になったのか全てが終わった後の噂で聞かされた跡部には理解できなかった。

可能性としてはマネージャーをしていたから、が1番に上がるが何でそうなる前に、体調を崩す前に俺に相談しねぇんだよ、と思った。その延長線でイジメもあったと聞かされ、を氷帝に回収しようとどれだけ思ったか。

結局それは幸村や柳達がしゃしゃり出てことを収めたらしい。そのことをから聞こうと立海に行けば幸村達が待ち構えていて門前払いを食らったが、その時見たの顔色はあまり芳しいものじゃなかった。


そのこともあっての言葉だったのにやはりは跡部と電話をしたくなさそうに早々と通話を切ってしまう。いや、今日は病人だから当たり前と言えば当たり前なのだが。
それでもわだかまりは取れなくて眉を寄せたまま傍らにいるマルガレーテの頭を撫でた。撫でながら手に頭を押し付けてくる行為に自然と笑みが漏れる。


与えるのは慣れている。自分が与えたことによって反応が返ってくるし大半が喜びとして自分に戻ってくるからだ。自分への好意を見て取れるからだ。けれどはことごとくそれを断っては身体を壊している。
いや、俺が加勢しても体調を崩していたかもしれないが少なくともそれを和らげることも対策を講じることもできた。会わないにしても電話で話せばいいし、他の奴らに見られたくなければ隠れて密会すればいい。誰にも話してほしくないことならそう約束を取り付ければいいだけなのに。


「バカな奴…」


身に余ることに耐えるのは苦行であって決して効率がいいことではない。脳裏には2人の顔が浮かんで比べてしまうのも変な話だがやはり喜ばれる方が可愛げがあると思ってしまい、跡部はハァ、と嘆息を吐き出した。




ただ振り向いてほしいだけなのに。
2013.11.28
2016.01.15 修正加筆