You know what?




□ Water over the dam - In the case of him - □




男が泣く姿なんてそう滅多に見れるもんじゃない。
それが自分達が部長と崇めていた神の子なら尚更。

扉の向こうに立っていた仁王は見てはいけないものを見てしまった気分になり、息を押し殺し目を逸らした。





卒業式を終え、この後どうするかと柳生と話しているところへ赤也がと幸村の姿がないとぼやいているのが聞こえた。仁王も辺りを見回してみたが確かに2人程見当たらなかった。いや、参謀もいないようじゃの。

参謀はともかくと幸村がセットでいないのは別におかしいことじゃない。
と幸村が付き合いだして1年半は経つ。片思いを続けていた赤也もそのことは知っていて真田以外は2人を温かく見守っていた。

「今日はずっと2人きりになれませんでしたからね。どこかでお話でもしているんでしょうか?」
「さぁの。ただ単に幸村の独占欲が強くてを振り回しとるだけじゃなか?」
「それをいうなら最近のさんも幸村くんにべったりだったと思いますが?」


部室の前にたむろしながらそんなことを話しているとボタンがないジャケットとシャツだけの丸井が帰ってきて「ふーやっと終わったぜぃ」と肩を回していた。ネクタイもボタンも全部なくなって店じまいらしい。それを見た柳生がこちらを見てくるのでなんじゃ、と肩を竦めた。

「仁王くんも全部あげてしまったのですか?」
「ジャケットはな。シャツは帰るのに困るから勘弁してもらったが」

丸井はシャツのボタンも何個かないようで、夏場並に涼しい格好になっていた。あージャッカルにシャツかボタンよこせと強請ってるな。可哀想に。赤也はその前に逃げたか。

そんなことを考えながら眺めていると「ネクタイもあげてしまったのですか?」とつっこんでくるのでポケットからくしゃくしゃに丸めたネクタイを取り出した。


「おや。もしや誰かが予約されているんですか?」
「されとらんが随分前にトレードしようとと約束をしとってな」
「……仁王くん」

責めるような視線に目を逸らしネクタイをポケットに突っ込むと「これはのじゃ」と返した。



随分前、といっても2年に進級した辺りの話だが、クラスが別れと一緒に行動が出来なくなって心配だった仁王は「これを貸しちゃるから、困った時はこれを見て頑張りんしゃい」と無理矢理のネクタイと交換したのだ。

交換されたは何でそんなことをしなくちゃいけないんだと文句をいっていたが「卒業式の日に返しちゃる」といってやれば不思議そうな顔をしたが一応納得してくれ、仁王のネクタイを受け取った。


その頃のは部活にのめり込む一方で休み時間や授業で落ち込んでることが増えていた。その原因は彼女の友達に他ならず、あんな女との縁など切ってしまえばいいと何度思ったかわからない。

その状態のまま近くにいれない自分がもどかしくてそんな行動に踏み切ったのだが、仁王の位置は自分の代わりに同じクラスになった幸村が代行し、それ以上の、恋人関係になった。

そのこともあって柳生はいい顔をしないのだろうが、ネクタイのトレードはその前の話だ。
自身忘れてるようで幸村から小言も言われていないしネクタイを突き返されてもいない。それをわざわざ大っぴらにいうつもりはない、と肩を竦めると相棒はメガネのブリッジを弄り、溜息を吐く。


「私はてっきりまださんのことを………いえ、なんでもありません」
「まぁ、がそういうならやぶさかでもないがの」
「仁王くん、」

貴方という人は、と叱るような態度でこっちを見てくる柳生にニヤリと笑った仁王は足を動かすと「いい加減待ちくたびれたからの。少し散歩してくる」といって背を向けた。
後ろで丸井が打ち上げに来いよ!と叫んでいて仁王は笑みを漏らしながら片手を上げて返事をし、その場を後にした。



式も終わり、解散になった校舎に残っている生徒は限りなく少ない。仁王が歩いている廊下からは話し声も足音すらも聞こえてこなかった。

感傷に浸るわけではないがぼんやりと見回し、今日で最後かと思う。
3年という月日の長さよりも3年間打ち込んできたテニスを思い返していた。


それから、思いが伝わらなかった彼女のことも。


新島との関係は中学を卒業すると同時に連絡を断っていた。大学だか専門だかで東京に上京する話をしていたし、学生時代に付き合っていた男達とも縁を切りたいとかで彼女なりに精算して出ていくといっていた。
何故そうまでするのかはわからなかったし、もしかしたら東京に新しい男ができたのかもしれないが、海外でもない限り、何人かは彼女を追いかけていくんだろう、そう安易に予想できた。


そんなわけで晴れて自由の身になれた仁王は同じクラスになったという利点を生かしモーションをかけていたのだが最後まで彼女に伝わることはなかった。

「こればっかりは自業自得としかいいようがないの…」

約束通りマネージャーになり同じ極みを見つめ目指す仲間になれたのに彼女は仁王を仲間以上の位置に変えてはくれなかった。そうさせてしまったのは自分の言動が原因だったので受け入れるしかなかったがよもやまさか幸村に掻っ攫われるとは思ってもいなかった。


中庭を出て奥の校舎を目指して歩いていると窓の向こう側に人影が見えた。告白現場か?と思いながら視線をやると柳の姿が見える。参謀の告白現場なんて珍しい。
相手は誰じゃ?と野次馬根性が頭をもたげ素早く校舎に入り、彼がいる教室へと向かうと扉が少しだけ開いてることに気がついた。

これなら無理なく中を伺うことができる。そう思い、息を潜め教室の中を覗き込めば黒板の下にある壇上に誰かが座り込んでいるのが見えた。その制服は男物でなんだと思う。しかしその落胆も顔を見て目を見開いた。

頭を抱え見えるのは赤くなった鼻と唇を噛む姿だったがウェーブがかった髪にすぐに誰だかわかった。
わかって、心臓が嫌な音を立てた。



「…柳。俺は、俺の気持ちは伝わってたのかな…?」
「ああ。十分伝わっていた」
「だったら何で!何でこんなことになってんだよ…っ」

髪の毛を握り締め、耐えるように吐き捨てる彼に柳は見下ろす形で淡々と返した。それは少し冷たくも感じたが声色は同情に染まっていた。


「こんなにもまだ好きなのに…っ」


悲痛な叫びにも似た声を漏らす彼に仁王は目を細めた。声色は涙に滲んで時折、雫がポタリ、ポタリと床に落ちていく。

「こうしなければお互いが壊れてしまうと判断したのはお前だろう?」
「…っ」
「自分の判断を疑うな。お前は間違ってはいない」
「でも…っ」
「きっともいつかわかってくれるはずだ。お前が誰よりものことを理解しているように、もまたお前を理解してくれる」
「……」
「少なくとも俺の目には、も精市と共にいて幸せを感じ安らぎを得ていたように見えていた」
「……」
「今回はほんの少し歯車が狂っただけだ。お前の気持ちは間違いなくに伝わっている」


おもむろに上げられた横顔は誰が見てもわかるくらい涙に濡れていて、中学の全国大会で負けた時ですら見たことがない横顔に仁王は見てはいけないものを見てしまった気分になり扉から離れた。

離れて、一目散に別の方へと歩き出す。
心臓はこれまでにないくらい早鐘を打ち走り込んだわけでもないのに息が切れた。


幸村と付き合うようになってからのは目に見えて照れたり笑うようになった。それはもう真田が文句も言えず黙り込む程に。
それくらいは幸せそうに笑っていて、最初こそ嫉妬に駆られた仁王もこれで良かったのかもしれない、と思う程度には納得してしまう光景だった。

それが今になって別れるなんて。理由は明白だ。それに気づいてなかったはずがなのに、今更捨てるなんて。そう考えた仁王は廊下で立ち止まり拳を握った。



幸村は馬鹿だ。
わかってて手を出したはずなのに、やっと手に入れたはずなのに手放すなんて。


が跡部に好意を持っていたのはなんとなくわかっていた。それが憧れ的なものなのか恋愛なのかはわからなかったがを気にかけてる面々は気がつく程度に見て取れて、跡部もそれが面白くてちょっかいを出しているのもわかっていた。

それが嫌で牽制をしていたはずなのにそれすら面白がってついには個人的な交流にまで発展してしまった。


ろくでもないのは同性というのもあってよくわかっていたがこれをうまく伝える術はなかった。
もし仮に素直に伝えれば自分や丸井、赤也辺りにも飛び火がきて部活にも交友関係にも支障をきたすからだ。

特に仁王はそれが伝わるのを特に恐れていたので見守るしかできなかったのだが、高校進学と同時に交流を避け始めたのでホッと息をついたのはいうまでもない。


だが問題はその後だった。の友達が何度も毒を盛るように煽り、跡部がその毒を染み込ませるように甘い言葉を吐き続けたのだ。それでと付き合うならまだしも、見せつけるように彼女の友達と跡部が付き合いだしを嫉妬という奈落の底に突き落とした。

もうそうなれば憧れも恋愛も関係ない。

本当はそうなる前に何とかしたかったがその頃の自分はもうが弱みを見せる相手でもなく、しかしながら確実に近い友達と仲間の位置に来てしまっていてその関係を壊すことができなくなっていた。自分がいなければ崩れてしまう危なっかしい柱の一本になっていたのだ。


「あんな奴のどこがええんじゃ」


あんな男と付き合えたところで飽きたらさっさと別れてしまうくらい軽薄な奴なのに。
それなら幸村の方が断然マシなのに。
順番が食い違っただけでこうも影響するものなんだろうか。
それとも奴の毒が色濃く残ってしまったのだろうか。

どちらにしろ、自分がその位置にいれなかったことに悔しさが募る。
俺だったらもっと耐えられたのに、もっと確実に引き離せたのに、と何度も考えてしまう。



幸村が決断する程度を考えると余程なのだろう。
けれど神の子の配慮も足りなかったとも思う。
幸せそうに笑い合う姿を思い出し、仁王は思った。

幸村はその嬉しさに浮つき事の重大さを忘れていたのだ。
相手がどれだけ大きな毒でもってを蝕んでいたのか。
人を愛するプラスの想いよりも人を妬むマイナスの想いの方が重く、根深く、引き摺るということを幸村は知らなかったのだ。

彼女は幸村と付き合ってからもずっとその毒に晒され耐えていた。幸せを感じながらもアイツを忘れることもできず、吐き出し叫ぶこともできなかった。それを見逃し怠った幸村にも非があるのだ。


多分今、幸村が嘆き苦しんでるのと同じようにもまた一人むせび泣いているのだろう。何でそうなったのかわからないままもがき苦しんで途方にくれているかもしれない。

同情はできないが、それでも幸村よりも先に助けたいと思ってしまう程度にはまだ自分の心は彼女に向いているようで、仁王は大きく深呼吸をすると外に出るべく足をそちらへと向けた。


どんな相手でどんな心理でも、好きな人を守りたいと思うのはある意味仕方ない行動なのだろう、そう言い聞かせながら。





2016.01.29