□ 温度差 - In the case of him - □
放課後、教室に1人ポツン、と佇んでいると廊下側から足音が聞こえの教室の前で止まった。
「お待たせ!帰ろ!」
「うん」
顔を覗かせたのは亜子で、は頷くと鞄を手に取り教室を後にした。
現在立海はテスト期間の前の週なので部活がない。部活がない分自宅学習に割り当てられるのだが一部の生徒はこの機会に遊びに出かける者もいる。
達もどちらかといえば後者だがお互い部活で忙しかったのもある為自然な流れで一緒に帰ろう、ということになった。
残暑の厳しいこの季節と相まって台風の影響で風が強い。そんなわけで早々にショッピングモールの中に避難した達はショッピングをしながら設置してあるベンチを見つけてそこに座り込んだ。
「あ、そういえばジローくんから聞いた?」
途中で買ったジュースを手に亜子が思い出したかのように切り出してきた。その名前には苦笑で返して「何の話?」と彼女を見やる。
何を思ったか最近亜子、というか彼女達の間ではジローくんと付き合っている、ということになっていた。それなりに仲がいいのは自覚してるけどそれだったら跡部さん達全員にいえることであってジローくんが特別じゃない。
けれど何故かそういうことになっていては不思議で仕方がなかった。
「今月宍戸くんと、あと向日くんのの誕生日があるんだけどそれのパーティーをしないかって…あ、これは本人達には内緒なんだけど」
「ああ、サプライズやるんだ」
そういえばこの前のメールのやり取りで聞いたような気がする。亜子が行けるか?と聞いてきたので頑張って調整してみるよと返しておいた。
それを聞いてホッとした亜子は「それでね、」ともじもじと顔を赤らめ「宍戸くんの誕生日なんだけど」と周りの雑音に負けてしまいそうなくらい小さな声でプレゼントを一緒に選んでほしい、と頼まれた。
「うん、いいよ」
「本当?!ありがとう!!…あ、ねぇねぇ!ジローくんの時は何買ったの?」
「あー確か羊のクッションだったかな。"同じの持ってる!"て笑われたの思い出したわ」
「いや、私でも同じの送ってたと思うよ」
もしくはアイマスクとかね。どちらにしても安眠グッズには変わりない代物に笑うと「じゃあこれ飲んだらちょっと見てみようか」と提案すると亜子は嬉しそうに頷いた。
「来月は忍足くんと跡部くんの誕生日だったよね?」
「うん、確か」
「一応来月もやろうかって言ってるんだけど、聞いたら跡部くん家って誕生日に大規模なパーティーするんだってね」
聞いてビックリしちゃった、と行き交う人を眺めながら零す亜子には「らしいねー」と気のない返事をした。跡部さんだから予想を裏切らない話だけど平日は大変そうだなぁ。
亜子も「もしかして、プロムの時くらい人が集まるのかな…?」と零していても想像して遠い目になった。ありえそうだ。
ってそのパーティーに呼ばれてたりするの?」
「え、呼ばれるわけないじゃん。うちお金持ちじゃないし」
「跡部くんに誘われたんじゃないの?」
「…行かないって返した」
こちらを見てくる亜子になんとなく視線を逸らして返すと「…まあ、そうだよね」と彼女も納得した顔で頷いた。
「跡部くんが凄いのはわかってるし、何を着けばいいのかわかんないし。そんな中に足を突っ込もうなんて思わないよねー」
「……まぁね」
「それなのに早百合、行くなんていうしさ」
子供ながらに"跡部"さんがどれだけ凄いのかなんとなく感覚だけどわかってる。パーティーというからには見知らぬ大人が所狭しといて、ドレスもろくに持ってないのに行ってしまったら、場違いな自分に気づかされるような気がしてならない。
行く前でもそれくらいはわかることなのに早百合の名前が出てきては思わず目を見開いた。
「早百合、行くんだ」
「うん。まあ、宍戸くん達も行くから寂しくはないだろうけど付き合いの長い氷帝組ならともかく早百合が行くってさ……好きだからっていっても微妙じゃない?」
ならまだしも、と溜め息を吐く亜子には黙って彼女の言葉を聞いていた。
胸の辺りがヒヤリと冷たくなっていくのがわかる。
「跡部くん優しいから絶対早百合にドレス買っちゃうんだろうな」と嘆く亜子にはふと、首元をさすった。そこには何もないしつけていないけれど、忘れられない手触りがあって。それを思い出しギュッと手を握り締めた。
「亜子は行かないの?宍戸くんいるのに」
「…行きたいのは山々だけど、行けないっしょ。主役は跡部くんじゃん」
「まぁね」
「うちらでやるのは小ぢんまりしたやつだけど、もちゃんと参加してよね」
「はーい。調整しておきます」
庶民的なバースデーにしよう!と意気込み立ち上がった亜子にも習って立ち上がった。
飲み終わったカップをゴミ箱に捨てようとフラフラしながらお店を練り歩いているとやっと見つけたゴミ箱に向かいながら亜子が「驚かないけど知ってたんだ?」と唐突に切り出してきた。
「早百合と跡部くん」
「あー…だっていちいち報告に来てたし」
「うわ、そっちにまで行ってたんだ。ご愁傷様」
「そっちこそ」
苦笑いを浮かべる亜子に合わせるように肩を竦めると「早百合ってば本気なんだろうねー」と歩き出す。そりゃそうだろう。相手はあの跡部さんだし。
「は跡部くんと付き合いたいとか思ったことなかったの?結構仲良いじゃん?」
「うーん。どうかな…でも凄く憧れてたのはあるよ。格好いいし、こんな人になれたらいいなって思うくらい何でもこなすし」
「…まるで樺地くんみたいだね」
最近、跡部さんが樺地くんを連れてくるようになったらしく面識ができたせいかそんなことを言われは「そうかも、」と笑った。確かに跡部さんに抱く感情は樺地くんが彼に向ける感情と近いのかもしれない。
恋ではない、けれど友情とも違う何か。
「まあでもジローくんと付き合いだして良かったよ。仁王くんに失恋した時はどうなるかと心配したし」
「…確かに失恋はしたけどジローくんとは付き合ってないよ?つか何でそうなったわけ?」
「えーだって、アンタ達仲いいじゃん。2人で遊ぶしさ」
「そんなことないよ。たまにジローくんが丸井目当てに学校に遊びに来てるけど。それをいうなら跡部さんの方が…」
「そうなの?ジローくんはよく見かけたけど跡部くんも来てたんだ」
「うん、まあ」
自分で口にして、思わずしまった。と思った。あまりにもジローくんとくっつけたがるから言い返してしまったが別に出さなくてもいい話だった。しかも早百合のことを思うなら尚更よく思われない話で。
マネージャーになって常勝立海を掲げた幸村達はそれは過酷な練習をこなしていた。それぞれが把握してないところでも練習をしていてそれに伴い、も忙しくしていたのだがそれに比例して集まりに行かなくなったら何かと跡部さんが学校や通学路、そして家に来るようになって。
その度に申し訳ないやら嬉しいやらの気持ちになったけどあれ以降キスをされることは一切なかった。過剰なスキンシップをされたり誘惑すような囁きをされることはあるけど。
でもそれは特に学校だと弦一郎や幸村達が率先して妨害してくるので、跡部さんはそれを楽しんでるようにも見えた。だから、告白とかそういう雰囲気になったことはなかった。
「それに、ジローくんと付き合ってるっていったのうちらじゃないよ?」
「…誰よ?」
まさか忍足くんじゃないだろうな、と思ったら「跡部くんだよ」と返された。その名前に「え?!」と周りにいた人達も驚くような声で振り向けば亜子も驚いた顔で「確か、跡部くんだったよ」と自信なさげに返してきた。
「前にもジローくんも来なかった時があったじゃん?」
「…いや、知らないし。ジローくん行かない時あったんだ」
「そうそう。それは結局寝るのが心地よくてただドタキャンしただけだったんだけど、その時そんな話になってさ。跡部くんが『あいつら付き合ってんだろ?』って」
「……へぇ、」
「それでジローくんに聞いたら笑ってはぐらかすしさ。もしかしてそうなのかなーって」
何で隠してんの?と逆に聞かれ、ジローくんめ、と思いながら「隠してないし」と溜め息を吐いた。
「ジローくんにからかわれてるだけだよ。それに隠す理由なんてなくない?」
「うーん。うちらにはないけど、ほら、真田くん達には内緒にしたいのかなって…」
そういうの煩そうじゃん。と零す亜子になんとなく想像ができて「あー…」と遠い目になった。
確かに弦一郎なら他校のしかも同じテニス部に彼氏ができたって言ったら表立って反対はしないかもだけど快く受け入れたりしてくれなそうだな、と思った。というか、恋云々の前に学業の本文についてチクチクと説教されそうだ。
「で、マジで付き合ってないわけ?」
「付き合ってないって。何度いわせりゃ気が済むのよ」
「えーだって、仁王くんの時もそういってたし」
「…そんなこといってたら随分な人数と付き合ってたことになるでしょうが」
アンタ達面白がってただけじゃん、と言い返せば「だって恋バナしたかったんだもーん」と口を尖らせてきたのではにこやかに笑い「じゃあ、こっからはずっと宍戸くんの話をしようか?」と言い返してやった。
そしたらはじめは嬉しそうな顔をしたがだんだん困った顔になり、ついには「いや、あんまり話すと後で落ち込むからやめとく」と赤く染まった頬で謝ってきた。毎日会いたいのを我慢してるからあんまり話すと寂しくなって悲しくなるらしい。
さっき飲んでたジュースも宍戸くんが好きな味だったもんね。亜子はずっとミルクティー派だったから見てこっそり笑ってたんだけど。
それを聞いたは笑って「早く付き合えばいいのに」というと彼女は更に顔を赤くして「告れるなら告ってるわ!」と逆ギレしていた。
******
買いたいものに目星をつけて亜子と別れたは家路を歩きながらぼんやりと空を見上げた。空はグラデーションがかかり、でももう殆どが藍色に変わってしまっている。星がチラチラと輝くのを眺めつつ歩いていると家の前で誰かが立っているのが見えた。
その姿を嫌という程見慣れてしまったことには呼ばれてもいないのに小走りで近づいた。
待ち合わせをしていないのにそこに立っていたのは跡部さんで、を見やると不機嫌な顔のまま「よぉ」と挨拶をしてくる。
「テメェ、何度も電話したのに出ねぇとはどういう了見だ?アーン?」
「えっあ、スミマセン!亜子と買い物してて」
そして跡部さんがを待ち伏せしてる時は必ず電話に出ない時だった。携帯を出せば跡部さんからの着信があって、もう一度謝ると「何かあったのかと思ったぜ」と頭を撫でてくる。
それは癖なのか何なのかわからないけど慣れ親しんだ感触には心がじわりと温かくなったが同時に不安にもなった。
それから「少し歩くか」という決定事項に頷いたは前を歩く跡部さんについていくと家の前を通り過ぎ静かな住宅街を歩く。時折、夕飯を作ってる匂いが漂ってきてのお腹を刺激するがここで鳴らないように願いながらお腹を摩った。
「。お前来月本当に来ないつもりか?」
「あ、はい」
「別にお前1人を呼んだわけじゃねーぜ?忍足やジロー達も、それから日野もいるしな」
「でも、文化祭準備もあったり部活も練習試合の予定が立て込んでて…」
「1日くらい空けられねぇのかよ」
ムスっとさっきと同じくらい不機嫌な顔には眉尻を下げて「スミマセン」と謝った。何もそこまでして強要しなくてもいいのに、と思うのだが跡部さんは意外と寂しがり屋な面もあるのではただ謝った。
「…チッ。お前に似合いそうなドレスを見つけたのによ」
「(また買い与えるつもりだったのか、この人)…そう、何でも買っちゃダメですよ。金銭感覚失います」
「アーン?別に無理しちゃいねぇよ。ただ、あのドレスを見てに似合うと思っただけだ」
自分の為ならともかく何でもかんでも買ったらいけません、とやんわり指摘すれば跡部さんはさも当たり前のように返してきてを赤面させた。
どうやら自分のパーティー用にスーツを新調しに行った際、そのドレスをたまたま見かけての顔が浮かんだらしい。既に断ったことを蒸し返してくる跡部さんを珍しいと思っていたが、そんな風に自分のことを考えてくれてると思ってなくて顔が熱くなる。そんなことを言われたら余計に意識してしまう。
さっきよりももっと申し訳なくなって謝れば「謝んな」とまた跡部さんが頭を撫でてくる。チラリと見上げれば不機嫌な顔は苦笑に変わっていた。
「別に責めちゃいねーよ。その代わりジロー達が企画してるアレには来るんだろ?」
「あ、はい。そのつもりです」
亜子の時はどうしようかなって思っていたけど跡部さんの言葉には肯定で返してしまった。返して大丈夫だろうか?と思ってしまう。それにはいろんな意味が含まれるが跡部さんの言葉には基本逆らえないのでは内心溜め息を吐いた。
ゆったりと歩きながら隣を歩く跡部さんを盗み見ると外灯に照らされた端正な横顔があって無意識に心臓が跳ねた。早百合はこんな風に歩いててキスしたんだろうか。そんなことを考えながら見ていたらその視線に気がついた跡部さんがこっちを見てフッと微笑んだ。
「何だよ。俺の顔に何かついてるか?」
「う、ううん。いえ、何も…」
パッと目を逸らし駐車場前に足を踏み出すと腕を捕まれ引っ張られた。見れば丁度車が出て行くところではそこで我に返る。後ろでは「あぶねーな」と溜め息を零す声が聞こえた。その近さにまたドキリと心臓が跳ねる。
「、こっちを向きな」
車が出ていき静かになった駐車場で、背中に感じる感触に緊張しただったが彼の言葉に操られてるかのように後ろを振り返った。
恐る恐る見上げればすぐ近くに跡部さんの顔があって心臓が壊れそうなくらい早鐘を打った。そして「大丈夫か?」という問いに、無駄に早くなってる鼓動についてなのかと思って慌てて首を縦に振ったが振った後で怪我はないのか?という意味だと気がついた。
落ち着け私。と跡部さんを見上げるとやっぱり同じ位置で彼が見下ろしていて、でもその顔がどんどん近くなってるように見えて肩が強ばった。
「……ああ。そういや今はジローのものだったか」
その些細な動きでも気づいたのか跡部さんはキスをする寸前で動きを止めるとそんなことをいって元の距離に戻った。それを聞いてはなんとも言えない顔になったが違うと言い訳するのも違う気がして何も言えなかった。
多分、キスをしてほしいから言い訳したんじゃないかって思われそうだと危惧したからだと思う。
後から思えばただ否定すればいいだけだったのに。
「…あ、の、早百合には、ドレス買ったんですか?」
そしてやめておけばいいのに"ジローのもの"だなんていわれて心なしかムッとして言い返せば「まぁな」と返ってきてしまい、ショックを受けた。
聞けばに似合うドレスを見つけたのも早百合と一緒に行ったからであって、彼女のドレスも跡部さんが決めたらしい。しかも2人きりで。「もしかしてお揃いなんですか?」なんて怖くて聞けなかった。
「……あんまり、そういうことしない方がいいですよ」
「アーン?お前、今日はやけに食い下がるな。欲しいなら個人的にドレスを送ってやろうか?」
「いらないです。それに着ていく場所ないし」
「俺のパーティーに着ていけばいいじゃねぇか。あのネックレスも似合うだろうしな」
丁度いいだろ、と来た道を戻りながら零す跡部さんには泣きたい気持ちになる。
何でそんなことをいうんだろう。
何で平気な顔で笑うんだろう。
私は跡部さんの何なんだろう。
「やっぱりいらないです。…私、人多いとこ苦手だし」
早百合が跡部さんを好きだって知ってるはずなのに、キスだってしたのに。何で自分にキスしようとしたり優しくしたりするんだろう。こんな風に会ってたら早百合だってきっと怒るのに。
現に自分だって彼女とデートしたと聞いてこんなにもへこんでる。へこむ必要なんてないのに。泣きそうになることもないのに。
どこをどうしてジローくんと付き合ってる、なんてことになったのかわからない勘違いも、無償に与えてくる優しさも、痛くて苦しくて泣きそうになるのを必死に堪えながら拒絶と一緒に嘘を吐いたのだった。
2016.01.05