□ それは"幸せ"だった - In the case of him - □
「出来たかも」
休み時間、トイレに入ったらそんな声が聞こえてきた。その声には思わずギクリとする。どうやら彼女は洗面所で手を洗っているらしく、友達が「何が?」と聞いていた。
「来ないんだよね…アレ」
「え、」
「彼氏がさ。アレきてないのか?て聞いてきてさ。そういえばそうだなーって思って」
「えーマジで?」
つか何で他人事?と友達がケラケラ笑い彼女も「だってさー」と続けた。
「なんか実感ないんだもん。お腹だって出てないし」
「検査はした?」
「んーん、まだ。アレ買いに行くの1人じゃハズいじゃん?調べて何もなかったらマジ居た堪れないし」
「できてても居た堪れなくない?」
「どーかなー。今の彼氏なら"いいぜ"っていいそう。親お金持ってるし」
「確かにアンタの彼氏ならいいそう!アンタにベタ惚れだもんね」
「いやぁそれほどでも」
照れた彼女に友達は笑って「ウザイほどラブラブだもんねー」といったがすぐにハッとなって「やばっ次移動じゃん!」と言って2人は走ってトイレを出て行った。
トイレを出て教室に戻っているとポン、と軽いもので頭を叩かれ振り返る。そこに幸村がいて「急がないと授業始まるぞ」と微笑んだ。
「あーうん。そうだね」
「…どうかしたのか?」
「ううん。なんにも」
「おーっじゃーん。幸村くんも!」
顔を覗き込んでくる幸村から視線を逸らすと彼の後ろに亜子を見つけ、彼女もに気がつき手を振った。近づいてくる彼女には内心驚きながら亜子の隣にいる早百合を見て「体育だったんだ」と彼女の手元を見やった。
抱えられてるジャージと薬指にはめている指輪に、よく先生に見つからなかったな、と思ったが口にはしなかった。
「そーなんだよ。今日の体育マラソンで超疲れたんですけど」
「いいじゃん。亜子長距離得意だし」
「そーだけど疲れてるのにこの後いびりのトバセンとか授業マジやる気なくす」
「んとこは今日体育ないの?」
「ないよ」
「超羨ましい」
「ていうか、トバセンなのに急がなくていいの?」
「さっき早百合と更衣室の鍵返しに行ったらトバセン遅れてくるっていうから超余裕」
「何だ。そういうことか」
だから少しくらい遅れても問題ないんだよねーと亜子と早百合が笑うのと一緒に笑えば、予鈴が鳴り響き「あ、やば」と亜子が声を上げ「じゃあねー」と早百合を連れて自分の教室へと戻っていった。やっぱり急ぐんじゃん、と笑えば彼女達も笑って教室に入っていく。
「ん?何?」
「…いや、何かずっと黙ってたからさ」
バタンと閉められたドアに自分達も急ぐかとさっきから黙り込んでる幸村を見やると「女子の会話に下手に入らない方がいいと思って」と肩を竦めてくる。別に気にしないんだけどな。
それじゃあ私らも戻りますかと歩き出すと右手に温かさを感じて視線を下げた。見れば幸村の手がの手を握り締めている。
「え、ちょっと、ここは学校だし」
「大丈夫。誰も見てないって」
「いや、人歩いてるし」
「挙動不審にしてる方が目立つと思うけど?」
慌てるとは対照的に堂々と歩く幸村はにっこり微笑み、を引っ張ってくる。「教室の前になったら離してあげるから」と言われ少し照れくさかったが彼の温かい手を握り返した。
「そういえば。さっき何考えてたの?」
「え?んー…部活のこと」
こちらを見てくる視線には少しだけ視線を泳がせた後「今日の部活からメニュー変わるから緊張してんだよね」と肩を竦めれば「去年もやっただろ」と笑われた。それはそうなんですが全国の切符がかかってるとなるとやっぱり肩が張ってしまうんですよ。
「なーんだ。俺のこと考えてたんじゃないんだ」
「…っ!そ、それは…っその、考えてるというかいつもというか…もにょもにょ」
思ったよりもゆったり歩きながら幸村が至極残念そうに呟くと、はボっと頬を染め「部活もだけど、せ、せいいちくんのことだって気にしてるし」と慌てて彼を見やった。
手をすっぽり包み込む大きさに、手から伝わってくる体温に心臓が止まりそうなほど緊張してるのに、全然考えてないとかありえないし!そう思いつついい訳みたいなことをいってぎゅっと幸村の手を握り返すと驚く彼の大きな瞳とかち合った。
恐らく数秒間だが互いを見つめ合っていると、幸村は繋いでいた手を指を絡めるように繋ぎなおしてきて「そっか」と頬を染めた顔でふにゃりと笑った。
それがまた物凄く可愛くて更にドキドキするくらい何かとてつもなく珍しいものを見てしまった気がして伝染したようにも頬を染めると「そ、そんなデレデレした顔で見ないでよ!」と照れくささを隠すように彼の腕にタックルした。
それなりに強く押したのに幸村はずっと笑いっぱなしでそれが気恥ずかしくてもドキドキして顔が熱くて仕方なかったけど、何だか嬉しくなってしまいつられるように笑ってしまった。
2016.01.29