You know what?




□ スプリング・プレパレーション □




短いといえど春休み、は入学式までの休みを存分に満喫していた。昨日新しい制服と教科書類を手に入れたので、あと新学期まですることはほぼない。脳裏で母親が『予習!』と叫んでいたが知ったことじゃない。

「でも本当、良かったよ〜」
「あはは。ご心配おかけしました」

午後の昼下がり、人通りもそこそこ多い繁華街の通りに面してる喫茶店のテーブルで、は皆瀬さんと一緒にお茶をしていた。
ノートや筆記用具など新学期から使う道具を買うのが今日の予定だったが真の目的は今の会話だろう。皆瀬さんには随分お世話になったしね。主に詐欺師が。なのでその報告も兼ねてのお茶なのです。


「今頃先輩達にしごかれてるのかね〜」
「だと思うよ。比呂士くんも会うとヘトヘトな顔してるし」
「中学もキツかったのにそれ以上とか意味わかんないよねー」
「でもさ、高校になったらちゃんテニス部のマネジやるんでしょ?」
「あーうーん。そう、かもね…」

そういえば昨日、仁王に電話したら死人みたいな声だったな、と思い出し笑いしていると、皆瀬さんが現実に引き戻しの顔を引きつらせた。仁王が真っ黒い笑みを浮かべた幸村と丸井に変わっていく…。


「本当にやるの?」
「…友美ちゃんはどう思う?」

実際のところ、彼氏いる部活のマネジって大丈夫なの?そんな不安げな顔で皆瀬さんを見れば彼女も困ったような顔で腕を組んだ。


「ぶっちゃければ好ましくないと思う」
「…うん」
「だってさ。ちゃんと仁王くんって付き合い始めたばかりでしょ?そんな状態で部活やっても身に入らないと思うんだよね」
「う、うん…」
「自分じゃない異性と話してるのを見てやきもきしたり、走り回るのを転ばないかな、大変じゃないかな、て気になって見ちゃうし」
「うん…?」
「近くにいるなら見ていたいし、話したいし、触れたいし。絶対我慢できなくなると思う」
「う、うん」



友美さん。私そこまであからさまに肉食な顔してますかね…?しかも結構リアル回答いただいちゃったんですけどご自身の感想でしょうか?そう伺うと彼女はニッコリ微笑んだ。

「ううん。これ全部仁王くんの心の声」
「へ?!」

ニヤァと笑う皆瀬さんに反射で顔を赤くすると彼女は頬杖を付いたまま「ちゃん顔真っ赤〜」と手を伸ばして頬をつついてくる。


「可愛い〜初々しいなぁもう!」
「や!その、別に、これは…て、心の声って…?」
「仁王くんは全然気づいてないと思うけど部活中隙を見つけてはちゃんのこと見てたんだよ〜」
「…それはあれでしょ。"いつの間にテニス部のマネジになってたんだよお前。つーか誰?"て観察してたんでしょ?」
「……あーちゃん傷ついてたもんね」
「ある意味トラウマですよ」

本人にはいわないけど。

「ちなみにそれは最初の最初だよ。ちゃんが怪我した辺りから見る目変わったし」
「え?」
「いつくらいだったかな〜…多分全国前だと思うけど。なんかね、ちゃんに手当されてる後輩達を見て仁王くんがさ、"いいなぁ"て顔すんのよ。それで真田くんに怒られたり、余所見して怪我したりしてね」
「うわぁ…」
「それで私が手当すると不満そうな顔をするから思わず吹き出しちゃった」


ケラケラと笑う皆瀬さんには顔を覆って「うわあ…うわあ…」と嘆いた。恥ずかしい。あの人恥ずかしい。自分も恥ずかしい。皆瀬さんに手当てしてもらって不服並べるとか柳生くんにレーザービームで焼き殺されてしまえ。…私が困るけど。

熱い顔で指の隙間から皆瀬さんを伺えば、ニッコリ顔でこっちを見ていた。

ちゃんは仕事真面目にやるだろうけど、すぐに根を上げるのは仁王くんだよ。きっと」
「そうかな?私も、自信ないんだけど…」

というか、私だって仁王が気になって余所見してずっこけかねない。そう考えるとやっぱり難しいのかもしれない。



「雅治くんがイケメンだって前からわかってたのに、今は更にもっと格好よく見えるから本当困る…」
「あはは。幸せな悩みだね」
「私、この数週間で結構寿命削ってると思うんだよね」

ほら、心臓の音って制限回数が決まってるって言うでしょ?心臓が壊れて止まるんじゃないかいつもヒヤヒヤしてるんだよね。と皆瀬さんにいったら「やだもーちゃん可愛いー!」と何故か萌えられた。亜子達には「んなわけあるか」って呆れられたのに。優しいなぁ皆瀬さん。


それから夕方くらいまで他愛のない話に花を咲かせて、お互いの彼氏との待ち合わせがあるということで解散になったのだが、別れ際に「ちゃん!今度ダブルデートしよう!ダブルデート!」と意気込まれ思わず頷いてしまった。

「ダブルデート…」

口にして無意識に顔が熱くなる。多分、デートという響きに反応したんだろう。
付き合いだして最初に行ったのは夜桜デートだった。その時のことを思い出すと嬉しかったことも反省したことも一緒くたに思い出してむず痒いのだけど行けて良かった。


勇気を出して母親に直談判した甲斐があった、と内心思いながらショーウインドウに写った自分の顔を見て慌てて逸らした。うわわ、顔ユルユルじゃないか。他人が見たら変態だって思われそうな顔に両頬を叩いて引き締めた。

ライトアップされた桜がとても幻想的で綺麗だったとか、その際仁王とカップルらしいことをちょいちょい(?)してニマニマしたとかとりあえず忘れよう。うん。



待ち合わせのファーストフード店に入ったは、まぁ当たり前なのだがそれ程お腹が減ってなかったので飲み物だけ買って適当な座席に座った。
ぼんやりと暗くなっていく外を見たり携帯を弄っていると目の前の椅子がガタン、と動く。

「あ、お疲れー」
「んー」

うわぁ、覇気のない返し。顔なんかもう寝そうなくらいうとうとしてるんだけど。大丈夫か?と思って「出る?」と聞いたが「食べる」とだけ返しての飲み物を取ると蓋を開けて氷ごと食べた。それ私のなんだけど。


「何か食うか?」
「ううん、大丈夫。好きなの買ってきなよ」

手を振って送り出せば彼はテニスバッグを椅子に乗せレジの方へと向かった。
そのテニスバッグをの隣に置いて席に座った仁王はうつらうつらしながらもハンバーガーセットを頬張りだした。の手元には彼が買ってきてくれた新しい飲み物があって、それを手にしながら彼をじっと見つめた。

なんとなく、ホームビデオによくある睡魔と闘う食事中の赤ちゃんを思い出した。


「部活大変そうだね」
「んー」
「楽しい?」
「んー」
「何か面白いことあった?」
「んー……」
「(あ、寝そう)まぁそっちはいいよ。腕は?」
「んんんーん」
「…わからんよ」
「……大丈夫ナリ」

心配性じゃの。とうっすら目を開けた仁王がこっちを見てきたのでは「雅治くんが寝ないように話しかけてんだよ」とニヤリと笑った。



「寝ないぜよ」
「さっきまで船漕いでたくせによくいうよ」
「飯食ったから問題なか」
「消化早っ!」

血圧上がんの早すぎじゃない?!逆に大丈夫なの?と驚けば「プリ」と返された。何だ、カラ元気かよ。無理すんなよ。

「…そうでもせんと会えんじゃろが」
「そうでした」

ありがとうございます。と頭を下げれば「こちらこそ」と頭を下げてきたので吹き出してしまった。あ、嬉しそうな顔してる。それだけでこっちも嬉しくなっちゃうんだからお安いというかデレデレというか。
好きだなぁ、と思ってふにゃりと笑ったら「緩み過ぎじゃ」と鼻を摘まれた。


「あー食った」
「足りるの?」
「全然足りる」

セットだから少ないってことはないんだけど、丸井とか丸井とか赤也とかジャッカルとか丸井とか見てると少なく見えてしまうのは私の目の錯覚だろうか。

「ねぇ前々から思ってたんだけど雅治くんって運動部なのに小食だよね」
「そうか?…あーまぁ、丸井や赤也に比べればの」
「あれは破壊級だからね。あと学食じゃない時カロリーメイトで過ごしてたとか聞いたんだけどあれマジなの?」
「ん。マジ」
「…足りるの?」
「足りる」


本気か?!本気で言ってるのかこの男!どこのダイエッターだよ!それ女の子の特権!!
モデルか!とつっこんだら「イケメンですが何か?」と標準語で返してきたので余計に腹が立った。自分で言うなよ!その通りだけど!あー何か不安になってきたぞ。



「燃費いいんだね」
「それ程でもないナリ」
「褒めとらん」
「プリ」

成長期に食べないとか色々大変でしょうが。そう思ってジロリと仁王を見たが詐欺師は何食わぬ顔だ。今後困るよ!て言ってやりたいけど身長も体格も肌ツヤも問題ないから困る。実力もレギュラーだし。くっ死角がない…!
ダン!とテーブルを叩き悔しそうに打ち拉がれば下げてた頭の旋毛を押されその手を叩いた。


「お腹下したらどうしてくれんだ仁王コノヤロウ」
「そっちこそどうじゃった?皆瀬と遊んだんやろ?」
「(あ、スルーしやがった)うん。楽しかったよ。すっごい可愛いお店で付箋とかいろいろ文房具買っちゃった」
「…それ、使うんか?」
「買った後に気がついた」

一緒に見てる時はテンション上がっちゃってこれ絶対使えるよ〜!なんて考えてたけど実際はそこまで使わないというか。可愛いのを使わないというか。可愛いから勿体ないというか。
「どっかで使うよ…」と視線を逸らし答えれば鼻で笑われた。


「あ、そういえば別れ際にダブルデートしよう!って友美ちゃんに言われたんだけど、ダブルデートって何がどう違うの?」
「さぁの。やったことないから知らん」
「行く場所が普通と違ったりするのかな?」

うーん、と考えてみたが出てくるところは友達と一緒にいくようなわいわい騒げる場所しか思いつかない。いや2人きりでも行くだろうけど。というか仁王はダブルデートしなかったのか。ちょっと安心…いや待て。ダブルはなくてもデートはあるでしょ。

…しまった。ちょっとショックを受けてしまった。
とりあえず仁王のデートは置いておこう。ダブルデートだ。ダブルデート。何が違うんだろう?



「……雅治くん。何をしてるのかな?」
「スキンシップ」

という名のセクハラじゃないですかね、雅治くん。

ネットで検索したら出てくるかな?なんて考えていると右足の外側を上から下にゆっくり撫でる誰かさんの足があってビクッと肩が跳ねた。別にただ触れただけなら何とも思わないんだけど妙に触れ方がいやらしい。ゆっくりと辿るように上下に動かしてるからだろうか。

やめなさい、と睨んでも彼はだらしなく椅子に座ったまま何食わぬ顔での脚に触れている。


「やめてください」
「やーじゃ」
「やめてってば」
「知らんもん。俺のこと放置するお前さんのいうことなんか聞かんもん」
「……」

唇を尖らせそっぽを向く彼氏が可愛くて思わずきゅんとしたが、顔に出さないようにぐっと口元を引っ張り彼の足を掴んだ。そしたらもう片方の足が左足をなぞってきたのでそっちの足も掴もうとしたが逃げられた。何やってんのかな君は。


「…ハァ。眠いなら帰ろ」
「……」
「睨んでもダメ。明日も練習あるんでしょ?」
「……」
「帰らないならいいよ。置いてくから」

知ーらない。と掴んだ足を落として飲み終わったカップをトレイに乗せたは自分の荷物だけ持って席を立った。すると数歩もしない内にぐいっと後ろに引っ張られた。
振り返れば仁王が眠たそうに目をシバシバさせながらカーディガンの裾の方を引っ張っている。


何この可愛い生き物。ニマニマしたいのを必死に隠しながら「掴んでないと置いてっちゃうからねー」と歩き出せば銀色ひよこがぴよぴよとついてきた。
店を出ると風が出ていて、うっと顔をしかめたは凍えるように身を縮ませた。うう、早く帰ってエアコンの世界に飛び込みたい。



「ん?何?」
「ん、」

ぶるりと手をポケットにつっこもうとしたら丁度隣から手が伸びてきて目を瞬かせた。見れば少し目を開けた仁王が手を出せと手をヒラヒラさせている。
「寒いんじゃから早くしんしゃい」とムスくれる仁王にはきゅーん、と胸が鳴って、可愛い可愛い彼にへらりと笑うと自分より大きくて温かい手をギュッと握り締めた。

さて、帰りましょうかね。




イチャイチャ。
2013.08.22