You know what?




□ 気づくんじゃなかった □




いれば楽しいし、どうせ一緒の高校ならまた同じように歩めばいいって簡単に思ってた。

「あ、ごめん。私料理部入ったから無理」
「はあああっ?!」

今日も違わず暇を見つけてを勧誘しにクラスに行ったらそんなことをいわれ思わず声を上げた。
高校に上がってからもをテニス部のマネージャーに誘っていたが彼女は1回も首を縦に振らなかった。


いつもの俺なら気が乗らないのか、と放置するのだがあまりにも拒否されて対抗意識が生まれたというかなんとなくここで諦めたら負けた気がして止めるに止められなくなった状態だ。
なにせいい意味で諦めのいいがここまで引っ張るのだ。大した理由じゃなかったらただじゃおかない、そう意気込んだ矢先の出来事だった。

「…部活、入る気あったのかよ」
「あったわよ。でないといつまで経ってもアンタ達に付き纏われるしね」
「付き纏ってなんかねぇよぃ。どこの部活にも入れないを不憫に思ったから入れてやろうっていう俺の優しさだ」
「それはそれは。でもお陰で無事部活に入れました」

残念でした、と肩を竦める彼女に不機嫌顔を隠しもせず睨みつければ「別にマネジ足りてるんだからいいじゃん」と返された。確かにマネージャーはいるけど男なんだよ。男にドリンク渡されても応援されても嬉しくねぇよぃ。


「別に男子だっていいじゃん。気軽でしょ?」
「先輩に気軽も何もねぇだろぃ。つーか、中学でずっと女子がマネジだったから今更男っつーのもしっくりこねーんだよ」
「我侭だなー」
「ほっとけ」

別に女子でも男子でも仕事をしっかりやってくれれば問題はない。けれどまだ中学の感覚が抜けない丸井はぽっかり穴が空いたように感じていて、慣れ親しんだ場所にや皆瀬がいないことに変な違和感を感じていた。

それは多分、ほぼ同じメンバーで繰り上がってしまったのと高校に入学してまだそれ程時間が経ってないせいだろうが、素直に"寂しいからマネージャーをやってほしい"とは流石の丸井も口にはできなかった。



チラリと視線を動かせば教室の後ろの席で仁王が机に突っ伏して寝ている。わざわざ休み時間を使って来てるっていうのに、これだけ俺が頑張ってるというのにあいつは便乗どころか顔すら上げてこない。何度も勧誘しろと言ってるのに役立たずもいいところだ。

その上、最近腕の調子もいいのかレギュラー選抜メンバーに入るかもしれないっていう専らの噂だし、あの新島先輩とやっときっぱり別れたのか変な噂も立たない。
テニスに集中してるのかと思ったけどそういうわけでもないみたいだし、何より授業を真面目に受けてるときた。絶対何かあったな、と直感的に思っていた。


「つーか、何でまた料理なんだよ。お前体力有り余ってるんだから運動部にしろよ」
「別に余ってないよ。中学もマネジする前は文化部だったし」
が料理したらキッチン崩壊すんじゃね?」
「私だってちゃんと料理くらいするわ!」

失敬な!と憤慨するにいまいち乗れない丸井は眉を寄せ溜め息を吐いた。


「そんなにテニス部のマネージャー嫌なのかよぃ」
「嫌っていうか、仕事量半端ないっていうし何より私テニス素人じゃん?足引っ張るくらいなら入らない方がよくない?」
「だったら勉強すればいいだけだろぃ?幸村くんが聞いたらお前シメられんぞ」
「…っ怖いこと言わないでよ!」
「だったら入れよ、テニス部」
「無理。もう入部届け出してきちゃったし」

幸村くんの名前を出して顔色を悪くする辺り他の女とは全然違う。普通なら喜ぶとか赤面するとかだ。決して嫌だという奴はいない。
みたいな顔をするのは幸村くんの本性を知ってる奴だけだ。そして幸村くんが素を出すのも気を許した極一部の人間しかいない。それだけこいつはテニス部にどっぷり浸かってるのに。



「ていうか、お前最近妙に……変わったよな」
「なんだよその間は」
「もしかして彼氏でもできたのか?」

化粧のビフォーアフター程わかりやすい変わりようではなかったが、高校に入ってからは目に見えて可愛くなった。前々から異性という認識はあったが時折こちらがドキリとするような仕草や表情を見るようになっように思う。

頭の中では簡単に出てきた言葉ではあったけど素直に"可愛い"とはいえなくて、すり替えるように探りを入れれば途端にの顔色が変わった。
じと目で見ていた瞳が驚きと一緒に大きく見開く。もしかして図星か?とこちらも驚いたところでパシン!との頭を誰かが叩いた。


「ホレ。急がんと次の授業間に合わんぞ」
「あっそっか!次移動だっけ?!…げ!まだ用意してない!!」
「そういうと思って用意してきたナリ」

時計を見て慌てだしたに仁王はシレっともうひとつの教科書一式をに手渡した。もしかしたら次の授業と関係ない教科書類を適当に持ってきている可能性はあったが、仁王が人の為に授業の準備をするなんて中学時代を共にしてた身としては初めて見る光景だった。


「つーわけで、俺ら行くけど丸井も教室戻らんとやばいんじゃなか?」

次、生活指導の鍋山の授業じゃろ?と言い当てられ「あ、うん」と答えるしかなかった。急かすようにの背を押し離れていく仁王達を見て丸井はあることが頭に浮かんだ。
けれどそれが確証に至らないくらい自然な動きに丸井は何とも言えない顔で去っていく2人を見ていることしかできなかった。


そんな丸井の疑問はひょんなところで解消されることになる。



******



夏の大会予選前の腕ならし、ということで練習試合を組まされた丸井達は自校のコートで試合をこなしていた。

今回はレギュラーではなく準レギュラーのみで試合をしなくてはならない。中学の時もそうだったがレギュラーは研究されない為の妨害と体力温存の為だ。そのクセ自分達は相手校をチェックするのだから敵はたまったもんじゃない。


アップを終えてコート脇に来た丸井はラケットを抱えガム風船を膨らませると奥のコートで審判が手を挙げた。どうやらうちの方が負けたらしい。

「あいつに"躊躇"って言葉はあんのかねー」
「"研究でも何でもすればいい"って顔だな。ありゃ」

聞き慣れたといえば慣れたが自分の学校でまさか氷帝コールを聞くことになるとは思わなくて丸井はジャッカルと共に肩を竦めた。


今日の対戦相手は氷帝学園高等部で、現れた跡部達に「まぁそうだよな」と変に納得していた。
跡部の実力はそれなりに知ってたし、柳から1年でテニス部を乗っ取る勢いで部長に成り上がったと聞いていた為、高校に入って1年なのにまた部長をやってても違和感は然程感じなかった。

ついでにいえば奴が誰かの下につくっていうのも想像出来なかったのもある。そうなると跡部の周りには同い年の芥川達も連なっていてこちらも中学となんら変わりのないメンバーだな、と思った。


「次はお前らか。つーことはやはり幸村達は出ねーんだな」
「ま、そういうこと」

出入り口にいた為こちらに歩み寄ってきた跡部はついっとフェンスの向こう側にいる幸村くん達に視線を向け、「レギュラーは高みの見物か」と皮肉を零す。

「お前らまだ準レギュラーなのか?」
「…うっせーよぃ」

高校に入って腑抜けたんじゃねぇのか?と嘲笑う跡部を睨めば奴は鼻で笑ってコートを後にした。相変わらずいけ好かない野郎だ。それからもう片方のコートでも試合終了の声があがる。
視線を向ければ握手を交わすところで丁度点数を聞き逃していた。しかし仁王の顔を見る限り勝ったのだろう。



「…あいつ、負ければよかったのに」
「あれ?芥川?」

機嫌が良さそうに歩いてくる仁王を見ていれば、ぼそりと後ろから声が聞こえた。振り返ると丁度フェンスに貼り付くように芥川が立っていて少しだけ驚く。
いつもなら寝てるか「丸井くん頑張って!」とか何か猛烈にアピールしてくるのにそれがないどころかずっと仁王をじと目で睨んでいる。

起きていることも驚きだがこんな風に他人に対して不機嫌な顔をするのも初めて見るものだった。あまりにも意外な顔にもう1度声をかけると彼はハッとした顔になってこっちに視線を向けるとぱぁっと輝くような笑顔になった。


「丸井くん!今日の試合ダブルスなんだよね!頑張って!!」
「お、おう!」

試合できなくて残念!としょげたかと思ったら何でか応援された。ある意味いつものことなんだけど、なんだか拍子抜けしてしまった。
そうこうしてるうちに仁王とヒロシがやってきて、仁王が歌ってる鼻歌の曲について話してるのを横で聞いているとまた芥川の顔がムスっとしたものに戻った。


「うわ。自分、きっしょい顔になっとんで?その締まりない顔どうにかならへんのか?」
「ピヨ。生まれつきじゃけんどうにもならんぜよ」

もしかして仁王の奴が芥川に何かしたのか?と考えたところで次の相手の忍足と向日がやってきた。その忍足が仁王を見るなりこれでもかと眉を寄せ身を引いている。
丸井も習って仁王を見たら、仁王がこれまで見たことがないような満面の笑みで微笑むのでこっちまで寒気がした。なにあれ。何か溶けてなくなりそうな顔なんだけど。

その笑顔を間近で見た忍足は氷のように固まると仁王が完全にいなくなるまで1歩も動けなくなった。動いたと思ったら「なんや今の。ものすんごい、怖いもの見たんやけど」と青い顔で向日に話しかけ両腕を摩っていた。



「余裕って顔が超腹立つよねー」
「あ、ジローじゃん。起きたのか?」
「んー。起きてたらたまたまに会えるんじゃないかって思って寝るに寝れないんだよね。代わりにヤな奴の顔みちゃうし」
「そういや俺、昨日に今日の試合のことメールしといたぜ」
「俺も送ったー」
ちゃんなー。今日は来たくても来おへんちゃうか?マネージャーやっとらんのやろ?」
「え?あ、ああ」

氷帝で話してるかと思ったらいきなりこっちに話を向けられ驚いたが一応頷いた。つかこいつら同じ話なら1人が送ればいいだけじゃねーの?何で2人も3人も同じ内容送ってんだ?


「自分らがしつこく勧誘するから気が引けて応援に来れへんちゃうか?」
「…別にそこまで勧誘してねぇよ」

中学の時程誘ってないっての。幸村くんはわかんねぇけど。でもだからって応援に来ないのとは関係なくないか?つかそれ以前にお前らの応援に来るとか聞いてねぇんだけど。その前に俺らの応援だろぃ。そう思ったらちょっとムカムカしてきてガムを噛みながら忍足を睨むように見上げた。


「つか、が来てもそっちの応援はさせねぇけどな」
「え〜?!丸井くんせめてどっちも応援させてあげてよ〜」
「ていうか何でそれお前が決めんの?の勝手じゃね?」
「いいんだよぃ!は立海なんだから!」

自分でも支離滅裂で子供じみた発言だと思ったら向日に「横暴だ」と零された。その通りだけど引くに引けなかった。だっては立海なんだからこっちを応援するのは当たり前だろぃ?


なんだか変な空気になり互いに黙ったままでいると審判の合図がかかりコートに入る。隣のコートでも試合が始まるのを見ながら握手を交わすと忍足が思い出したように声をかけてきた。

「そういえば真田はずっと葬式の帰りみたいな顔をしとるけど何かあったんか?」
「…あー……とケンカしたっぽい」
「もしかして例のことでか?」
「例のこと?」



首を傾げれば向日も乗っかってきて「例のことって言ったらあのことに決まってんだろ」と身体を解すようにぴょんぴょん飛びながら返してくる。例のこともあのこともわからない丸井はジャッカルを見たが彼もわからないようで同じように首を傾げている。

それを見た忍足は最初目を丸くしたがすぐに理解したようで「あーそういうことかいな」と半笑いで笑った。

ちゃんも人が悪いなぁ」
「?なんのことだよ侑士」
「岳人。あちらさんは"例のこと"わかっとらへんようや」
「は?…え、マジで?!」

何で知らねぇの?!と驚く向日になんとなくバカにされた気がしてムッと眉を寄せる。忍足はというと丸井の後ろの方、フェンスの向こう側にいる幸村くん達を見て「ああでもわかっとる奴もおるみたいやな」と口元をつり上げた。


「何の話だよぃ」
「教えてやってもええけど、アンタらにまだいうてへんなら何か理由があるんやろな。もう少し待ってもええんとちゃうか?」

その方がええやろ。と1人納得した忍足に更に眉を寄せれば「色男が台無しやで〜」と心にもない気色悪いことを言われ一気に脱力した。お前は四天宝寺か。…あ、生まれは大阪だったか。


「何での隠し事をテメェが知ってんだよ」
「そう怒らんといてや。嫉妬してもちゃんの親友の座は渡さへんで?」
「何ホラ吹いてんだよ。お前は友達止まりだろうが」
「岳人は黙っとき!」
「それって、あいつとマネージャーが関係してんのか?」

含むような言葉を噛み砕きながらラケットを振るう。強いインパクトに相手コートで大きくボールが跳ね上がる。それを向日がやすやすと打ち返して舌打ちをしたくなった。

すんでのところで打ち返し、ニヤッと笑う忍足を見てを思い出した。



確かに今の状況なら応援に来づらいだろうが呼ばれて無視する程は冷たくはない。むしろ付き合いはいい方だ。全国大会が終わった後少しの間が部活に来なくなったけどその時くらいで結局卒業間際までなんだかんだと部室に入り浸っていた気がする。

それなのに高校になったらぱったり来なくなる、というのはおかしくないだろうか。マネージャーじゃないから、という前提はあるけど皆瀬は応援に来ていたんだしだって来たっておかしくはないはずだ。


だったら、と考えたところで前に出したラケットを掠めてボールが後ろに飛んでいく。審判の声が上がった後も動けない丸井にジャッカルが心配そうに駆け寄ってきた。

「ジャッカル…お前、気づいてたか?」
「え?何がだよ」
に彼氏できた、とか考えたことねぇ?」
「は?」

突拍子も無い言葉にジャッカルが目を点にして固まった。
自分だって変なことを言ってる自覚はある。けどさっきからそれが頭を回って仕方ないのだ。


だとしたらの変わりようも納得ができる。
そして何でここに来ないのかも。
芥川が妙に不機嫌なのも。
それから気味が悪い程機嫌のいい仁王のことも。


点と点が一気に全部繋がった丸井はゾクッと寒気がしてその場にしゃがみこんだ。マジでか。マジなのか?つーか、何であいつ何も言わねぇんだよ!

チラッとフェンスの向こうを見ればまっすぐこちらを見ている幸村くん達が見える。真田、柳を含め彼らは既にレギュラーになっていてこの試合には出ない。顔色の悪い真田を見てみたが事情を既に知ってるのか知らないのかよくわからなかった。


「…どっちにしろ、赤也には当分言えない話だな…」

審判の声がかかり、おもむろに立ち上がった丸井はジャッカルの頭を叩いて正気に戻すとそんなことを呟き、したり顔でラケットを構える忍足を睨んだ。
試合が終わったら全部吐き出させてやる、そう心に決めて。




忍足誕生日おめでとう(笑)
2013.10.15