追いかけっこ




小十郎の監視を潜り抜け、見事脱出した俺はを連れて城下町を歩いていた。脱走してここに来たことを知らないは物珍しそうにきょろきょろと忙しなく周りを眺めている。
あの集落の生まれでこのくらいの歳だとどんなに足を延ばしても小十郎の屋敷ぐらいが限度だろう。なんとなくいいことをした気分でを眺めた政宗は口元を吊り上げた。

「大きな町は初めてだろう?あんまり遠くには行くなよ」
「はぁい」
返事も上の空だ。立ち並ぶ家と賑わう人々に目が釘付けらしい。そんなにあれは何の店かと聞かれれば、看板を指しながら通りの店を順番に教えた。どんなことをしてるのかと教えれば「へー」とか「おー」とか感心する声が返ってきてなんとなく嬉しくなってしまう。

だからついつい、店の中にまで連れ込んでしまった。
中に引き入れた店は小間物屋で丁度主人が商品を確認してるところだった。

「邪魔するぜ」
「ああ、"藤次郎さん"!いらっしゃいませ」
「"藤次郎さん"?」

首を傾げるは周りを伺ったが今入ってきたのはと俺だ。他に客はいない。
先に入っていた女の客も「藤次郎さんだわ!」と騒ぐもんだからの顔は余計に混乱と書いてあった。それを内心笑いながら髪紐を見せてくれ、と主人に耳打ちすると彼は快く頷き奥へと戻っていった。


「藤次郎さん藤次郎さん!鼻緒が切れちゃって新しいものを買おうと思うんだけど、どの色のにしようか迷ってるのよ。ほら、このお店いろんな種類の色の鼻緒があるでしょう?」

どれがいいかしら?と悩ましげに声をかけてきた女の手を見れば切れた鼻緒を見せてくる。使い古し底の方が擦り切れて鼻緒が取れてしまったらしい。その鼻緒の色も臙脂色で以前もこの店で買ったのだとわかった。

この店の豊富な色はかなり有名で政宗も気に入っていた。女の周りに広げられた色もなかなかにいい。
彼女の隣にいる女も「私も古くなってきたし買い換えようかしら。そしたら藤次郎さん私のも選んでくれるかしら?」としおらしく政宗の着物を摘んでくる。頼られるのは嫌いじゃない。しかも相手が女なら気分もいい。
主人が戻ってくるまでならいいか、と思い並べられた色を眺めだした。



暫くしていろんな色の髪紐を持って戻ってくる主人が見えた政宗はに声をかけようとしたが、そこに彼女の姿はなく慌てて店の外に出た。

「あ、"藤次郎"さん。お買い物は終わりましたか?」

はすぐに見つかったが何故かここの店の手伝いをしてる坊主と一緒に掃除をしていた。隣で生意気にも鼻の下を伸ばしてる坊主をひと睨みしてからに視線を向けるとさっきまではしゃいでたのが嘘みたいな顔の彼女と目が合った。

「お前、どんだけ掃除が好きなんだよ…」
「…別に好きじゃありませんけど」
他の店まで掃除をしてるに呆れた声をかければ何故か冷めた視線と一緒に返された。その態度が少し気に食わなかったが腕を引っ張り店の板の間に座らせる。

「…お買い物、終わってなかったんですか?」
「こいつに合う櫛も見せてくれ」
「え?」


長いですよ、と文句をいうの背の方に座り主人に声をかけると「かしこまりました」とにこやかに下がった。俺はというと綺麗で艶やかな髪と髪紐を照らし合わせながらこれじゃないなと次の髪紐を手に取り同じように宛がう。
それを何度か繰り返していると主人が牡丹が彫られた櫛を差し出し、近くにいた女達が感慨の溜息を吐いた。
嫁ぎでもしない限りこういう手が凝った物は庶民には手が出せない代物だ。

藤次郎という以外情報を開示していないがこの主人にはそれなりに見破られているんだろう。まぁ、片目で刀さしてるんだから当然だがな、と考えながら櫛を取りの髪をすくった。
つけていた髪紐を解くとさらりとした手触りに息を呑んだ。の髪は絹のように柔らかくするりと櫛の間をすり抜けていく。梳く度に艶やかに光る髪がとても綺麗だと思った。
綺麗な髪が美女だとよくいわれるが、この奥州にの髪に勝る女なんていないんじゃないだろうか。


「You are beautiful.」
「なっ何いってるんですか!」

もぞもぞと落ち着きないの耳元で囁けば顔を真っ赤にした彼女が勢いよく振り返った。が、周りに人がいることを思い出し慌てて前を向く。その度に揺れ動く髪に周りの奴らも羨ましそうに見てるのをこいつは気づいているのだろうか。
キスしたくなるような髪をじっくり眺めつつ梳かした俺は手にした瑠璃色と山吹色の髪紐を手にし、それを編みこむように髪に巻きつけ結んだ。


「わ!派手!!」
「イカスだろ?お前はそのくらい派手な色の方がいいんだ」
手鏡で確認させるとはぎょっとした顔になったが「似合うぜ」と頬をくすぐれば固まった顔を崩しはにかんだ。

「この髪紐とその櫛を貰うぜ」
「ええ?!」

豪快な買いっぷりに(俺にとってはいつものことだが)他の女達も驚きの声をあげる。そのせいで外にいた丁稚の坊主も何事かと中を覗き込んできた。こういう視線を向けられるのは嫌いじゃない。それを顔に出さないように金子を払えば女達がまた声を漏らした。

「あの、悪いですよ。こんな高いの…」
「Ah?気にすんな。これは礼だ」
「?何のですか?」

間違いなく帰ったら小十郎にこっぴどく叱られるだろう。だからその侘びの品でもある。それを知らないは困ったように眉を寄せたがそのうち諦めたように肩を落として「ありがとうございました」と微笑んだ。
素直に礼をいうの頭を撫で店を出ると、さっき草履を選んでやった女達にまた声をかけられた。


「藤次郎さん。私達これから茶屋に行くんですけど一緒にいかがですか?」
「選んでもらった御礼がしたいの」
頬を紅潮させ、しんなりと声をかけてくる女達に政宗は断るつもりで足を止めた。ここに成実がいたら絶対に飛びついていただろうが今日の目的はそうじゃない。

「あ、じゃあ私はこれで」
「は?何いってんだ。お前1人じゃ帰れないだろ」
「さっき彼に聞いたので大丈夫です」

ついっと丁稚の坊主を指差しわかりやすい愛想笑いを浮かべたはそのまま背を向け早足に去ってしまう。その素早さに呆気に取られた俺は出遅れてしまったが急いでその後を追った。

「ああっ藤次郎さん!」

後ろでは名残惜しそうに女達が声をあげたが政宗は構わずの元に急いだ。軽蔑を含んだ視線に嫌でも思い出す顔。そうではないと頭を振って気づけば走り出していた。




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2011.09.15
英語は残念使用です。ご了承ください。

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