弁慶の泣き所




いわし雲が浮かんだ秋晴れの日、城では新酒のお披露目が行われていた。政宗の計らいで城で働く者全てに振る舞われるらしい。女中達も男達に料理を手渡しながら酒をたしなんでいる。

「お?お嬢も酒を飲んでみるかい?うめぇぞ!」
「およしよ!片倉様にバレたら説教どころじゃすまないよ!」
「はははっちげぇねぇ!」

休憩をもらって小皿に料理とお茶を手に空いた場所に座ると早速酔っぱらいが絡んできた。厩の佐平だ。それを古株女中のおとよが叱りどっと笑いが起こる。一応元の世界では成人してるんだけどな。

「お嬢、一口だけでも飲んでみるか?」
「いいの?」

羨ましそうに見てたのか、リーゼントの良直がお椀に入った酒を寄越してくる。というかお嬢じゃないし、お椀で呑んでるのかよ!とつっこみそうになったが目の前で揺れる透き通った酒の誘惑に勝てなかった。


「あ!片倉様?!」
「ぶほっ!」

ゲホゲホと咳き込むに良直は膝を叩いて「悪ぃ違ってた!」とゲラゲラ笑う。それに合わせて他のみんなも笑うからはむくれた。心臓に悪い冗談は止めてほしい。

「手が空いてるのでいいからこのお酒持ってって頂戴な!」
「はーい!」

助け船のように勝手場から声をかけられ、は素早く立ち上がる。背中では「お嬢戻ってきてくれよ!俺が悪かったって!」とか「はははっお嬢に嫌われてやんの!」とか好き勝手にいわれたが全部無視した。



*



手渡されたお酒は門番をしている左馬助と孫兵衛の追加分だった。2人にしては多い気もするけど…と首を傾げてると門の方でやたら楽しそうな声が聞こえてきた。あれ?でもこの声って。


「政宗さま?!」
「You're late!お陰で空のまま呑んじまったじゃねぇか!」

よ、酔っぱらいがいる…!なんで政宗がいるの?!と慌てたが、早く酒を寄越せと睨んでくるので持っていた枡を手渡した。

「今年の酒も出来がいいっすね!筆頭!」
「Of course!程よく雨が降ったからな。備蓄も今年は期待出来そうだぜ」
「そうなると春が待ち遠しいっすね!」

ニタリと顔を見合わす3人にはたじろいだ。なんとなく笑顔が怖い…。なんで政宗がここにいるのか聞きたかったけど聞ける空気じゃなさそうだ。小十郎にでも聞いてこようと踵を返すと「!」と引きとめられる。


「Where do you go?、お前はここだ」
「え、えー…」


膝を叩く政宗にはあからさまに嫌そうな顔をした。膝の上に座るなんてとても魅惑的だけど、これでも一応大人だ。萌よりも羞恥心の方が先に来てしまう。そうやって躊躇していれば、政宗に抱えあげられ逃げ場がなくなってしまった。

政宗の膝の上に座るを微笑ましそうに見てる門番2人を、無性に叩いてやりたい気持ちになったのはしょうがないと思う。


「そういや、お前"お嬢"って呼ばれてんだってな」
「いつの間にかそう呼ばれてたんです。ちゃんと自己紹介したのに…」

ニヤリと口元を吊り上げる政宗に口を尖らせた。
多分きっかけは政宗に抱きかかえられながら城内を闊歩した時だろう。その後を小十郎と成実がくっついて歩いてはちょっかいを出したり小言をいったりした為、一時期城内を騒がせてしまったらしい。
「政宗様の隠し子?」、「いいや、小十郎様のお子かも」、「もしくは成実様の…」なんていう噂が飛び交った。その噂に背びれ尾ひれがついてついには伊達三傑を従える政宗並に強い少女・雛となったというから笑うに笑えない。

さすがにその噂も落ち着いてそんなことをのたまう人はいないけれど、その時ついた"お嬢"というあだ名だけは風化せずに残ってしまったらしい。
正直、あまり嬉しくない。それを顔に出せばむくれるなと政宗に頬をくすぐられた。

「政宗さまっやめ…っくすぐったいですってば!」
「ホレホレ」
「だから…くすぐった」
「まだ足りねぇか?」
「やめ…まさ…っ」
「いい加減観念しな」

だあもう!さっきからくすぐったいっていってるでしょうがー!!!
そんでもって観念するのは。

「そっちだー!」
「HAHAHA!笑う前に怒りやがった!!」
「あんたがくすぐるからでしょーがー!!」
「Please laugh.ほら、酒やるからよ」
「うぐ…っ」
「お嬢は別嬪さんなんだから笑っててくれよー」
「そうそう。筆頭も片倉様もその笑顔にゃ形無しなんだから…よ…」


「俺も、なんだって?」


言葉をつまらせた孫兵衛の視線を追い、そこにいた全員が固まった。視線の先には腕をくみ仁王立ちしてる小十郎が極殺モードでこっちを見てる。

「政宗様。に何を呑ませようとしてるのですか?」
「こ、これはだな!ちぃとばかしに Adult pleasantness をだな」
「(政宗さまーっ!それ逆撫でしてるー!)」

が手にしてる枡を見た小十郎は眉をぴくりと動かし、近くの岩を真っ二つにした。この場合は言い訳しちゃいけないのに政宗が逆撫でしたせいで小十郎の顔が更に凶悪になっていく。あまりの怖さには政宗にしがみつきながら気絶しないように必死に耐えた。


その日、初めて極殺極悪小十郎を拝み、そのせいで号泣したをこぞって宥めすかす男達の姿があったとか。




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2011.05.01
2012.03.15 加筆修正
オトン強し(笑)

英語は残念使用です。ご了承ください。

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