噂話




通常の仕事に戻り、そしていつもどおり文字の勉強兼見張りで政宗の部屋にいたらこんなことをいわれた。


『今夜、俺の部屋に来いよ』


いいものをくれてやる。という言葉になんのいいものだ?と首を傾げたが、にんまり顔の政宗は教えてはくれなかった。



*



「まったくどんくさい子だねぇ。滑って転ぶなんて子供だって滅多にやらないよ」
「すみません。せめて誰かがいる前で滑ればよかったです」

勝手場で女中のおとよに手当てしてもらいながらは頭を垂れた。
政宗のニヤニヤと笑った顔が気になってそのことばかり考えていたら、廊下に撒かれていた水に気づかずそのまま足を取られ転んでしまったのだ。しかも鼻を。
あんな豪快にこけたなら誰かに笑ってもらえばよかったと力なくいえば、おとよに呆れ顔で叱られた。

「嫁入り前の娘が何いってんだい。いい笑いものになって恥をかきたいのかい?!」
「ですよね〜」

「あら、どうしたの?鼻なんか真っ赤にして」


赤くなった鼻に薬を塗ってもらいながら苦笑すると勝手場に佐和が入ってきて、おとよが「それがさ」とが転んだ経緯を話し出した。その光景を眺めていたらいつの間にか女中仲間が数人集まって井戸端会議になっていた。


「それってやっぱり上女中のあの人じゃないのかい?」
「うんうん。絶対間違いないよ!あの干柿女でしょ!」
「だとしたら肝の小さい女ねぇ。自分が夜伽に呼んでもらえないからってに八つ当たりなんて」
「仕方ないわよぉ。は殿様のお気に入りだもの。誰だって羨ましがるはずよ」
「あら、あんた殿様を狙ってるの?」
「やぁだ!いくら子供が生めるいい身体してるからってあんたを抱いたら殿様が窒息死しちまうよ!」

ドッと笑う女中達の声にはなんともいえない顔で茶をすすった。ここで話してる女中は大半が既婚者で子持ちだ。会話も結構ぶっ飛んでるのが多い。
たくましいというか気にしなすぎというか。まぁこの雰囲気が好きで一緒にいるんだけど。


「あの、夜伽ってなんですか?」
「!…ああ。そうね、はアレはまだだったわね」
「アレ?」
「追々教えてあげるけど、まずは夜伽ね」
「夜伽は、床の間で殿様のお相手をすることよ」
「殿様もまだ手を出さないと思うけど、お声がかかったらちゃんとお相手できるよう粗相のないようにするのよ?」
「…あ、あーはい…」

なんだ。夜伽ってそれのことか…。聞きなれない言葉だから何かと思ったけど。政宗も健全な男子だもんね。…ん?でもまてよ。ていうか、正妻云々の話聞いたことなんだけど。


「そういえば、政宗さまに正室の方はいらっしゃらないんですか?」
「そうねぇ。いるにはいるけど…」

「あんた達!そこまでにしな!!喜多様に見つかったらただじゃすまされないよ!」


おとよが切り出したところで女中頭が顔を出し、集まっていた女中達が一斉に散った。
は、早い…。それを呆然と見ていたら怒られてしまったのだけど。

そのせいでなんだかもやもやしたものができてしまい、はスッキリしなかった。




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2011.09.07

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