謎の女中、現る
「〜〜〜っ!!!」
「きゃああっ」
どうしてこの人は不意を突いて私を抱え上げるのがこんなにも好きなのか。いつもどおり女中仲間の佐和と仕事をしていれば、ドタドタと騒がしい足音と共に成実がやって来てを担ぎ上げた。
いきなりの浮遊感に悲鳴を上げるが当の成実はケラケラ笑ってに頬擦りをしてくる。
「これこれ!やっぱここに来たらこれがないと!」
「人で遊ばないでください!!」
「ん?少し重くなったかな?」
「わ、私太ってなんかいません!」
売り言葉に買い言葉で思わず前の癖で叫んでしまったが成実は気にもせず「はもっと太らなきゃダメだぞ〜」と笑うばかりだ。
「成実。仕事の邪魔をするでない。叱られるのはらなのだぞ」
「鬼庭様…!」
平伏する佐和の向こうには鬼庭綱元が呆れ顔でこちらを見ていては慌てて成実の肩を叩いた。女中が見下ろしてるなんて行儀が悪すぎる。
「そんなこといって綱元もが気になって来たんだろ。ほら、」
「わぁ!」
肩を叩いてもチラリともこっちをみない成実は、綱元に歩み寄ったかと思うとそのままを押し付けた。急に変わった視点に声をあげるとそのまま綱元の肩に鼻をぶつけてしまった。
「…大事ないか?」
「うぅ、申し訳ありません」
「良い。成実、は犬猫ではないんだぞ」
まったくだ。
「それに毎度抱き上げてるお前じゃないんだから、が重くなったかなどわかるわけなかろう」
綱元さん、それ遠まわしに酷いです。心で泣きながら下ろしてもらったは一応座礼した。本当は成実になんかしたくなかったけど礼儀は礼儀だ。
「いいっていいって。堅苦しいことは。久しぶりに会えたんだからさ」
政宗的というか伊達の血筋の感覚なのかそういうところは大雑把に考えてるらしい。私としては付き合いやすいけど、それでいいのか成実。小十郎に見つかったら怒られるぞ。
「それより。俺の部屋に酒持ってきてくれない?」
「お酒、ですか?」
「今晩城に泊まることになったんだけど梵と小十郎は執務で相手してくれないから暇でさ」
2人で先に始めようと思ってね。と悪戯っぽく笑う顔は本当に政宗そっくりだと思う。そして補足するなら執務=政宗で、小十郎はその見張り=執務だろう。本当に執務嫌いなんだな、政宗。
「後で殿に扱かれても知らんぞ」
「それは勘弁だけど、でも悔しがる梵ってのも一興だろ?」
いつもを独り占めしてるお返しだ。と笑う成実に綱元は肩を竦めて息を吐く。
ただし、口元は吊りあがったままだ。綱元も結構悪戯好きらしい。
「(できれば私をダシにしないでほしいんだけど…)承りました。では」
「では、私もお持ちいたしましょう」
「え゛…」
今迄ずっと黙ってた佐和に驚き見やれば、これまたいい笑顔で微笑んでいた。その笑顔に何故か成実の顔が引きつっている。
佐和は面倒見が良くて結構美人で、でも男にも負けないくらい肝が据わってる人だけどこんなに冷気を漂わせる笑顔は初めてだ。嫌がらせしてきた上女中を言い負かした時だってこんな顔はしていない。
「成実様が口寂しくならぬよう、茶請けもご用意いたしましょう」
「い、いや、茶請けじゃなくてもっと、こう酒に合うような」
「先日良い茶葉を取り寄せることができましたので是非ご賞味をいただきたく存じます」
「いや、俺は酒が…」
「茶の匂いを嗅げば精神が養われ、武勲を立てる良い糧となりましょう」
「………」
「………」
「じゃあ、その旨い茶をお願い」
がっくりと肩を落とした成実に綱元は肩を叩いて同情していた。
そして佐和を見れば、やっぱりいい笑顔で微笑んでいた。一体何事?
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2011.09.10
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