大人って!




数十分後、成実の部屋で何故か4人でお茶をすすっていた。勿論、成実と綱元、佐和にである。成実は佐和を追い出したくてしかたなかったのかしきりに頼みごとをしては「殿方のお話をこの佐和もお聞きしとうございます」とばっさり切り捨てられていた。
その度にが立ち上がろうとすればお前はいいと座らせられたりと、変なやり取りが何度か繰り返されたが、それ以外は至って平和な空気だ。

さっきまで冷気を漂わせていた佐和はを見やるといつもの彼女に戻っていて、綱元とにこやかに話している。ただし、成実への対応はおざなり気味だ。
驚くべきは佐和は成実の幼馴染らしく小さい頃はよく遊んでいたらしい。それもあって成実に対する対応がちょっと厳しいのだという(成実は不満があるようだが)。

「確かにこの茶は旨いな」
「はい。政宗様が直々に御見立てくださいましたから」
「梵が?そりゃ旨いはずだ」
「それじゃ"執務もそのように熱心に取り組んでいただきたいものですな!"と景綱も嘆いていただろう」
「綱元うまい!」

似てる!と腹を抱える成実に隣にいる佐和も口を隠して笑った。も笑ったのはいうまでもない。
話の内容は他愛のないものばかりだけどとても楽しいものだった。

成実が治めてる城の話とか城下町の話とか。総出で雪合戦したと話した時は佐和と綱元に苦笑いされてたけどどんな魚が釣れるとか野菜はこうだとか、聞いてく内にやっぱり成実も国を治める殿様なんだなぁって感心してみたり。

綱元も日本地図の話とか歴史の話とか(成実が眠たそうに聞いてたけど)知ってるようで知らない話に面白く感じてみたり、綱元が学校の先生だったらよかったのに、とか思ってみたり。


「そうだそうだ。は政にも興味あったな。どうだ、今度『清良記』を読んでみるか?分厚い農書よりはわかりやすいと思うぞ」
「はい!綱元さまがおっしゃるのでしたら是非読んでみたいです!」
「そんなもん読むより馬がけしてた方がよっぽど面白いのに…」
「馬のことになると政宗さまが仕事をしなくなるので当分お預けなんです」
「ゆ〜あ〜らいと……そういえば梵ってさ、姫さんとこにちゃんと出入りしてんの?」
「これ成実」
「城の奴ならみんな知ってる話だろ?あっちの話はどうなわけ?」
「…私は一介の女中にございますれば、殿が妙芳様にお会い行かれた以外わかりかねます」


特に夜伽となれば、と小さく返し佐和は目を伏した。知らないわけじゃない。女中同士で情報交換しているんだ。チラリと佐和を見たが、彼女は素知らぬ顔で茶をすすった。どうやら知らないままやり過ごすらしい。

「月に1回は会いに行ってるんだろ?いい加減世継ぎ産まないと姫さんの立場も危うくなるんじゃない?」
「それは口にせずとも皆知っておる。しかしその務めもままならぬのも知っていよう」
「まぁね。姫さんまだ身体患ってんの?」
「はい。天気の良い日は具合もいいようですが雨の日は特に」

そうなのだ。世に言う政略結婚をしたまではいいがその奥方、妙芳さまは病を患っていて部屋に篭ったままらしい。
城ではなく別の屋敷に住まわせてるのも政で気を煩わせるよりも見晴らしのいい場所でゆっくりと過ごし治せばいい、という政宗の計らいで、大金と人手を使ってとても豪華な屋敷を作り与えたんだという。

建前はそんな感じだが本音は体のいい厄介払いだと他の家臣が噂してるのもと佐和は知っていた。成実と綱元もその家臣達の文句を心配してるんだろう。


「……何ですか?」
「いやあ。も怒ることあるんだなって思ってな」
「何の話ですか?」
眉を寄せ成実を見れば彼は更にニヤニヤして肩に手を回してきた。

「それで、は梵のことどう思ってんの?」
「?話の意図が読めませんが」

何故いきなり自分にふられたのかわからなくて訝しげに見上げると成実は満面の笑みでこうのたまった。

「だって、梵のこと好きだろ?夜伽とか誘わ…ごふ!」
「口が過ぎるぞ成実」
「まったくにございます」

嫉妬しちゃって可愛いねぇ、とまで言わしめた成実は綱元の鉄槌と佐和のエルボーでのた打ち回る羽目になった。阿呆だ。


「…私、そんな顔に出てますか?」

眉を潜めたまま頬を触れば手と同じくらい頬が熱くてこのまま逃げ出したくなった。怒ったと成実にいわれて気づいたが確かに心の中で面白くないって思っていた。
まだ姿すら見たことない奥方に苛々してるなんてなんとも情けない。

「確かにわかりやすいな」
「鬼庭様。はまだ子供故このことはご内密に…」
「え〜いいじゃん。梵に教えてあげれば。きっと喜ぶぜ?」
「成実様には申しておりませぬ。それににはもう少し女中という自覚を持ってもらわなくてはなりません。殿がに構うならまだしも、女中があからさまな感情で身分のあるお方を蔑ろにするなど、他の方々に伝われでもすれば結果は自ずと知れましょう」
「も、申し訳ありません…」

佐和のいうことは最もだ。ここは平成じゃない。今は階級が重要視されてる時代だ。自分が政宗を好いてるにしろ、奥方に嫉妬してるにしろ、口にすれば身の危険が迫るのは必死。叶わないならいっそ口にしない方がいいのだ。


「佐和は厳しいんだよ。そういうだから可愛いのにさ」
「私には伊達家の女中として立派にを育てる義務があります」

は成実様の飼い猫ではありませぬ。ピシャリといいしめ、佐和はフン!と鼻を鳴らした。…佐和のいってることはほぼ間違いないがやっぱり成実には厳しいように思う。
不安げに彼女を見上げればその表情に気づいた佐和はふわりと微笑んだ。いつも叱られた後に見る優しい笑顔だ。

「ですが、以前よく起こしていた癇癪は大分減ったように思います」
「癇癪?」
「梵ってば、自分の思い通りにならないことがあるとその辺の物を壊す癖があってさ。ほら梵は婆娑羅者だろ?そのせいでいたるところに雷が落ちて大変だったんだぜ」

そりゃ天気予報士も真っ青だな。

「それに、ここ最近は夜遊びも減って小十郎のクマも大分薄くなったように見受けたぞ」
「えーっそれは男としてはどうかと思うぜ?」
「ゴホン!」
「いやぁだってさ、篭ってたら病気になっちまうだろ?ほら健康に悪いし」

佐和の咳払いもなんのその、成実は夜遊びは必要だと説いたがここでは彼の味方になる者はいなかった。


「…それも含め、気晴らし出来る相手がいるからその必要もなくなったのでしょうね」
「え?ええ?何ですか?」

ニマァ、と6つの目に見られは肩を揺らした。顔が熱いのは気のせいだと思いたい。

「ひ、暇つぶしの相手というのも骨が折れますよ!おもちゃ扱いですし!」
「可愛がられてるの間違いだろう?」
「そ、そうかもしれませんが、政宗さまが落ち着かれたのはきっと違うと思いますよ」
「たとえば?」

「た、たとえば?…………と、殿さまとして、自覚してきたとか?」


筆頭というよりは城の主として。そう思って口にすれば成実達が一斉に笑い出した。佐和まで肩を揺らして笑ってる。そこまで可笑しいことですか。

「そりゃヒデーわ!ってば梵のこと殿様だって思ってなかったんだ!」
「ちがっ!こう、大人の貫禄というか、責任というか」

いえばいうほど墓穴を掘ってるのは間違いない。腹を抱えて笑う成実には「いいね!俺、梵の嫁さんがいいわ!!」といわれ、綱元にも「確かに政宗様は大人としての貫禄がちと足りぬやもしれぬな」と噴出し笑っている。

「わ、私は政宗さまを殿さまだって思ってますよ!雇い主なんですから!!」
「ええ、わかってますよ。ただ、がいうと殿も形無しだと…くくっ」
「もういいですよ!好きなだけ笑ってください!!」

最後まで言い切れない佐和に声を荒げたはむくれて茶を一気に飲み干した。可愛がられてるのは嬉しいことだけどこういう風にからかわれるのは困る。その標的が政宗だから余計にだ。



「…はい」

「俺はお前と政宗様の子でも大いに構わないぞ」


プリプリとしていたが差し出された湯のみに茶を注がないわけにもいかず、大人しく急須を取ると何故か綱元ににっこり微笑まれた。
まっすぐ投げられた言葉は頭に直撃し、あまりの衝撃に持っていた急須を落としてしまった。

首まで真っ赤になったを3人が笑ったのはいうまでもない。




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2011.09.11

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