水遊び・1
夏の日差しが降り注ぐ中、は慶次と一緒に馬で森を駆けていた。暑い日が続くから涼みに行こうかということになったのだ。
刺さるような日差しの強さは木々に遮られ、隙間から零れ落ちる日の光はとても幻想的だ。それが達が通る道をサワサワと照らしていれば尚更ときめく。まるでアリスの世界に誘われてるみたいだ。
「慶次さん。どこまで行くの?」
「あともうちょっとだ」
馬に乗りやすいように袴を穿いたが後ろから慶次に問うと彼はニカッと笑って前を向いてしまう。最初に秘密の場所だからおいそれと口にはできない、なんていうから気になってしょうがない。は今か今かと期待に胸を膨らませていた。
「わあ、」
森を抜けると生い茂る緑のドームを天井にバリケードのような崖があり、その下には崖に囲まれるような丸みを帯びた大きな川があった。
馬から下ろしてもらったは、ゴロゴロと転がる岩に足を取られないように近づき崖を見上げる。高さはビル4階分だろうか。自分の足で見上げる崖は異様に高かった。
「どうだ。すげぇだろ?」
「うん。静かで綺麗…崖も圧巻だね」
「ここは三河との国境なんだ。あっちの崖から三河の領土だぜ」
「へえ」
「それもあって地元の奴らにも知られてない穴場なんだ。ちなみに人に教えたのは二人目」
「二人目?」
首を傾げ慶次を伺えば彼はにんまり笑ってを抱き上げた。
「つー訳でひと泳ぎしようや!」
「ええっ!」
いうが早いか慶次はを抱えたまま川に飛び込んだ。
「ぷは!なにすん…っ鼻痛いっ水入った〜」
「はははっ気持ちいーだろ!」
「そりゃあまあ。ああもうびしょびしょじゃないですか!」
頭まで水浸しになったは笑う慶次を睨んだがしょうがないとすぐに頭を垂れた。
幸い、今日は雲ひとつなく晴れてる。だったらひと泳ぎしても乾くだろう。そう思って慶次の肩を叩いた。
「ん?って泳げんの?」
「うん。一応はね。あ、でも着たまま泳いだことはないや」
「着物の重さは馬鹿にできないぜ?俺が支えてやるからしっかり捕まりな」
「ええ〜こっちの方が不便なんだけど」
慶次の首に腕を巻き付けてる状態で水が肩まであるのだ。タイミングが合わなければ微妙に溺れてしまう。そういったら背中に乗せてくれまるで亀の親子みたいに泳ぐことになった。でもこれって泳ぐうちに入るなかな。
暫くして薪を集めてくるという慶次を見送ったは夢吉監視の下再度川に入って泳いでいた。纏わりつく着物は重かったけど泳げなくはない。
深いところは冷たくて危ないから気をつけるようにと慶次にいわれたので浅瀬で平泳ぎをしていると真上をジェット音が通り過ぎた。
え?と見上げれば飛行機雲が真っ直ぐ伸びていては目を瞬かせた。もしかして、と思っていたらまたジェット音が近づいてくる。
「大丈夫か?!」
そんな声が聞こえたと思ったらすぐ近くで水飛沫があがる。その大きさに飲まれわたわたともがくと手と腰が何かに囚われ水面から顔を出した。
「大丈夫か?!」
「え?あ、はい」
心配げな声に驚きながらも返すと具足を身に纏った少年は安堵の息を漏らした。その朗らかな微笑がなんとも眩しい。でも何で私助けられたんだろう。
「そういえば具足重くないんですか?」
「ん?重く…あ、」
着物よりも重そうな具足にそんなことを聞いてみれば彼はやっと気づいたよな顔になってそれから水の中に沈んだ。
「え?え?待って待って!」
「ワシ、泳げなかった…っ」
嫌な遺言残していかないで!ぶくぶくと沈んでいく少年には急いで潜ろうと息を吸い込むが近くで機械音が響きそちらを見やった。川の向こう側で今にもこっちに発進しようとしてるホンダムがいる。
それを見咎めたは顔を真っ青にさせた。あんなのが来たら波に飲み込まれてそれこそ一大事だ。
「あなたは来ちゃダメ!!そこで待ってて!」
「…!!」
そもそも機械が水の中に入ったら最期でしょうよ。ブレーキをかけたホンダムを見届けたは大きく息を吸い込むとそのまま水の中へ潜った。
*
「あははははっいやあスマンスマン!」
そういって金色の具足を脱いだ徳川家康が笑った。その近くで半裸で薪をくべる慶次も笑っている。それを眺めながらも苦笑した。
「てっきり溺れていたんだと思ってな」
「、そんな変な泳ぎ方してたのか?」
「そんなつもりはなかったんですがね…」
家康は丁度領地を見回っていたらしいく、そこで川で泳ぐを見つけたのだが何を見間違えたか溺れているように見えたらしい。正義感の強い家康は自分が助けなければと急いで飛び込んだのだが泳ぎが苦手だったことをしっかり忘れていたようだ。
「それにしても泳げないのに飛び込むなんて家康も間が抜けてるな」
「人命第一と思ったのだ。国境とはいえ溺れてる人間を放っておくことなどできんからな」
「それで見間違って自分が溺れちゃ世話ないだろ?」
至極最もだ。慶次につっこまれ頭を掻いた家康は「まったくだ!」といってまた笑った。なんとも爽やかな笑顔だ。反省も悪びれもないがどこか憎めない彼を観察しているとバチッと目が合った。
「といったな。さっきは助かった。改めて礼を言うぞ」
「いえ、こちらこそ紛らわしいことをしてしまい申し訳ありませんでした」
半裸族の2人に対してはこっそり慶次が持ってきていた小袖に着替え深々と頭を下げる。まだ生乾きの髪から雫が落ちた。
溺れてたつもりは一切ないが彼に要らぬ心配をさせたことには違いない。そう思って頭を下げたに家康は慌てて「頭を上げてくれ」と続けた。顔を上げれば照れくさそうに笑ってる彼がいても微笑んだ。
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2011.10.17
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