僕の可愛い妹・1




最初はなんだったか。同じ甘味好きの同士故かこの戦国の世にしては柔らかすぎる雰囲気のせいか、ついつい目で追ってしまう女子だった。
は今、自分の領地内に住んでいる。奥州の揉め事に巻き込まれた不憫な娘を擁護する為、手元に置いているのだがくるくると回る表情はとても愛らしかった。

執務をこなしていれば一心不乱に俺を見つめてみたり、邪魔をしないようにと部屋の隅で折り紙を折ったり。
振り返ると照れくさそうに笑って「仕事してる背中って格好いいですよね」と賛辞を送ってくれる。鍛錬をしていれば技を繰り出すだけで拍手と一緒に歓声をあげたりといちいち微笑ましい反応を返してくれる。

そうして時折団子を一緒に食べるのだがその時間がとても待ち遠しくなったのはいつからだろうか。



「相撲大会?」

縁側で団子を共に食べていると、夢吉を膝に乗せ指で戯れていたが顔を上げた。
その際揺れる黒い髪が日に反射してキラキラと光る。

「左様!上田城で誰が真に強いか力比べをする大会でござる!」
「幸村さまも出るんですか?」
「無論。よければ殿も見に来てくだされ!!」
「だーんな!そんなむさ苦しい大会にちゃんが来るわけないでしょー?」

へぇ、と感心するように見上げてくるになんとなく嬉しくなっていると丁度茶を持ってきた佐助が溜息混じりに入ってきた。

「あっ俺参加したい!部外者でも出れるのかい?」
「勿論でござる!ただし手加減は無用でござるよ!!」
「おっいうねぇ!んじゃ、俺も本気を出さねぇとな!!」
「どーする?ちゃん。見に行く?」

無理しなくてもいいからね?という佐助に、慶次に向けていた視線を下げれば「行く行く!行きます!!」と右手が上がった。


「大丈夫?男臭いよ?むさ苦しいよ?」
「だって相撲でしょ?誰が1番になるのかちょっと気になるもん」
何を思ったのか異様に食い下がる佐助に眉を寄せたが、は好奇心いっぱいに頷き幸村は安堵の息を漏らす。

「だったらさ。優勝したらから褒美、欲しいな」
「褒美?幸村さまからじゃなくて?」

縁側で4人で並び和んでいると慶次が名案だとばかりにこちらを見てきたが、は首を傾げた。相撲大会で優勝すれば金一封は出るが、慶次はそれよりもから貰う褒美の方に興味があるらしい。

「俺が優勝したら"アレ"やってくれよ」
「あれ?」
が佐助にいつもしてるやつ」


俺の隣で空気が凍った音がした。振り向けば素知らぬ顔で茶をすする佐助がいるがどことなく落ち着かない様子なのはわかった。「えー」と漏らすに顔を向ければこちらも佐助を見ていて「どうします?」と伺っている。

「……別にいいんじゃない?」

素っ気無い態度がいかにも裏があるように見えてそれはどんなものなのかと尋ねたら、反対側にいた慶次に「それは明日のお楽しみだ」と遮られた。



*



次の日、無事"相撲大会"が開催された訳だが、何故か佐助までもが参加していた。
いつもならこういう催しを「暑苦しいから」や「俺、裏方だから」などといってのらりくらりとかわしてしまうのに今日は出る気になったらしい。

だが、佐助に限って「今日はそういう気分だったから」と忍に不利な相撲をやるとは思えない。そうなると俄然気になるのはご褒美のということなのだが。


「佐助。殿にいつも何をしてもらっているのだ?」
「だーかーら!俺は優勝して金一封が欲しいの!」

それだけだよ!と佐助が逃げるように去っていく。それを追いかけようとしたが姿を消してしまっては諦めるしかなかった。

佐助がいた先には半裸の慶次とその腹に触って笑っているがいる。2人をじっと見ていれば視線に気がついた慶次がに声をかける。そのと目が合った俺はなんとなく胸が躍った。
呼ばれるままに近づくと「こっちもすげぇって」といって慶次が俺の腹を叩いてきた。


「な、何をするか?!前田殿…っ」
「な!幸村も結構硬いだろ?」

そういっての手を俺の腹に押し当てた慶次は満足気に笑う。触れられた瞬間、破廉恥!と叫びそうになったが(前に慶次に冗談で言い寄られたトラウマがある)、ぺたりとくっついている小さな手にその言葉を飲み込んだ。なんと小さな手なんだ。


「本当だ!さすが…ていうか、なんかこの光景変!」

ケラケラ笑い出すに俺は慶次と顔を見合わせた。聞けば俺も慶次も半裸で、相撲参加者は佐助以外皆半裸か褌姿なのだ。これじゃ女の人来ませんよ!と笑うに首を傾げた。

「道理で佐助さんが念を押してくる訳だ」
は嫌じゃないのかい?」
「見てる分には大丈夫。みんながっしりしてていい身体だし」
「いい身体…って意味わかってていってんの?」
「ん?あれ?変だったかな?」

褒め言葉だよ?と首を傾げるに一抹の不安を覚えたのはいうまでもない。
隣で苦笑している慶次も同じだろう。とりあえずそういう言葉を自分達の前以外では使わないようにといえば、「幸村さまに注意された…!」と驚愕された。俺を何だと思っていたんだろうか。



*



相撲大会は順調に進み、慶次の次の相手は佐助だった。
てっきり自分と戦うものだと思っていたが運は佐助に行ってしまったようだ。

「どちらが勝ちますかね?」
「さあ、どうであろうな」

庭に作った土俵の回りで部下達がおおっと歓声を上げる。どうやら慶次が派手なしこを踏んでるようだ。それを廊下からと共に見ていると、そんな声がかかり腕組をしたまま素直に答えた。
力、技巧は前田殿の方が上。だが佐助が正面から戦うことなどしないはずだ。そうなると軍配はどちらにあがるかわからない。そう考察していればしげしげと見つめてくると目が合った。

「…てっきり、佐助さんが勝つっていうのかと思ってました」
「では、殿は佐助が勝つと?」
「うーん。ほら佐助さん狡賢いですし」


そういうの踏まえると慶次さんより1枚上手かなって。そういって笑ったは落ちてきた髪を耳にかける。その仕草が妙に心に残った。
そしてやはり小さな手と細い手首に視線が囚われてならない。触れれば自分の掌くらいしかない大きさにきゅんと胸が締め付けられる。

「どうしましたか?」
「いや、殿の手は小さく、紅葉のように可愛らしいと思うてな」

何もいわず手を取ったので驚いたのだろう。目を瞬かせるに小さく笑って自分の手で包み込めば手首で揺れる髪紐に気がついた。そうだ。これはずっと殿が肌身離さずつけていたものだ。

殿。この髪紐は…」


の手を包み込んだまま顔を上げれば、何故か固まったまま動かないがいて。もう一度呼びかければ我に返った彼女は目を忙しなく動かし「ビックリした…」と髪を何度も触った。心なしか手の中の温度も高くなった気がする。
もう一度聞こうと思い口を開けば目の前に見慣れた部下の不機嫌な顔が現れ、思わず咆哮した。

「旦那達全っ然見てなかっただろ?!」
「あれ?もう終わったんですか?」
「とっくに終わったよ!んで今度は真田の旦那の番!!」
「なんと!」

背中を押す佐助に俺は前のめりで進むと近くにいた部下達が笑って道を開けた。
その顔は最近頓に見るもので、仲睦まじい2人を歓迎してるものなのだが、俺にはいまいちわからないでいた。
は妹のように可愛いが"そういう意味"かは判断できない。なんせ、今迄破廉恥だ!と叫ぶ相手こそが自分の室候補と噂されていたんだから。


「おっ次は幸村か頑張れよ」
「前田殿!」
「これに勝ったら次は佐助だぜ?」
「…!」
「今日の佐助は一味違うぜ。気を抜くなよ?」

ぶつかった肩に顔をあげれば笑顔の慶次が俺の肩を叩き後ろの方を見やる。俺も習い振り返れば佐助が「誰が狡賢いのかな?」との頬を引き伸ばしている。地獄耳!と反論するの頬を更に引っ張る佐助の顔はいつも以上に楽しそうで。

和やかな2人になんとなく、ただなんとなく、腹の辺りがじりっと熱くなった。




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2011.10.17

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