帰さない




素晴らしかっただの天に昇る気持ちだっただの上に立つ人間が簡単にいっちゃいけない言葉を捲くし立てる己の上司に軽く眩暈がした。
その度に頬を赤くして「えへへ」と笑うが異様に可愛いから幸村も饒舌になってるのかもしれないが武将がそれじゃまずいでしょうよ。

「こんな大きな声で歌ったの久しぶりです。気持ちよかった!」

歌詞ないから途中とちっちゃったけど、と照れて笑うは本当に幸せそうで見ているこっちまで幸せな気分になってくる。ここに自分だけしかいなかったら間違いなく抱きしめていそうだ。

そう考えていたら実行する馬鹿が現れ佐助の口元が引きつった。


。アンタいい声してるんだな〜。すごく綺麗だったぜ」
「あはは、ありがとう」
そういって慶次はを引き寄せるように抱きしめる。あんたは節操ってやつを学んだ方がいいよ。あとで暗殺してやろうかな。

「歌詞は南蛮語か?教わったの?独眼竜に」
「…………うん、そう」


一瞬あいた間で見せた表情を佐助は見逃さなかった。折角いい気分で酔ってた子の酔いを冷ましやがったよこの風来坊は。あーあ、と呆れた顔で見ているとゆらりと幸村が立ち上がり慶次の肩をがしりと掴んだ。

「…にそのような汚れた手で触るな」
「幸村…?」
「ゆ、幸村さま…?」
に触れたくば、兄代わりである某を倒してからにしてもらおうか!」

「……おーい。旦那〜…」


半目の幸村が叫ぶと酔っ払い共も盛り上がる。旦那も十分酔っ払ってるんだけどね。あの人""って呼び捨てにしてるし。自分じゃ気づいてないだろうけど。
何で勝負する気なのさと眺めていればを放した慶次も立ち上がり「よおし、乗ったぜ」と徳利を出してきた。最悪だ。

「この勝負。飲み比べといこうじゃないか!」
「相わかった。その勝負受け申そう!!」
「うわぁ…」

事前に部屋を壊したらダメって禁止令出してたからこの展開なんだろうけど(直すのは壊した人間だからね)、だからといって飲み比べがいい勝負とは限らない。どう考えても幸村の方が不利だ。
今はまだ慶次の酔いも左程じゃないから禁止令を覚えているんだろうけどこれ以上はさすがにまずい気がする。喧嘩する前に襖外しておかないと…でもその前に。

「…ちゃん。もう寝ようか」
「そうですね」

バチバチと睨みあう酔っ払いを尻目にはへらりと笑うと佐助の手を取り、こっそり部屋を抜け出した。



騒がしさも遠のき、身体が夜の色に包まれると一層静けさが耳につく。ひたひたと手燭で廊下を照らし、を部屋に誘導しながら佐助はその静けさを壊さぬよう言葉を切り出した。

ちゃん。あの歌詞ってなんていう意味だったの?」
「ん?意味?」
「ほらさ。竜の旦那も南蛮語使う時って意味があって使うでしょ?」

初めて南蛮語を織り交ぜた言葉を聞いた時は困惑したが、よく聞き取れば状況や感情にあったものを使ってるのだと最近わかってきた。それでが歌った歌にも自分がわかる言葉があるんだろうと思い聞いてみたんだけど。
振り返れば少し後ろで立ち止まったが縁側から見える月を…いや、星を眺めている。そのすらりとした姿に佐助は目を細めた。

「"星に願いを"っていう題名なの」
「星に?願う?」

習うように見上げた佐助は瞬く星達を眺めたが粒のような輝き以外感想は出てこない。
あれが神様で願えば叶うというのだろうか。


「願えば夢は必ず叶うよ。だから諦めずに願い続けるんだよっていう歌なんだ」
「…ちゃんは何か願ってることあるの?」


愚問だ。彼女の心を占めているのが何かわかっているのに。それでも違うものじゃないか、と期待してしまってる自分がいる。甲斐に来て楽しそうな顔をする度、居心地がいいのではないかとここにずっといたいというのではないかと、ほんの少し期待している。

「いっぱいありすぎて願うのがとても大変なんですよ」
「たくさんなの?」
へらりと笑ってこっちを見たに佐助も苦笑した。彼女には奥州に帰る以外にもたくさん願っていることがあるらしい。

「その中でも今1番願っていることって?」


「……帰りたくない、かな」


考えるように視線をまた空に向けたは今にも泣き出しそうな声色で呟いた。
引き寄せられるように佐助は彼女の元まで歩み寄ると開いてる手で抱きしめる。
そうしないとが夜の闇に消えてしまいそうだった。

「好きなだけいていいよ。ずっとここにいればいい」

帰りたくないのは奥州なのか?とは聞かなかった。
なんとなく違うところのように思えたしそれ以上は深入りしてほしくないという雰囲気もあったから。
腰に回った手を小さく笑って頭を撫でてやれば彼女の手に力が入るのがわかった。

ずっといればいい。奥州に帰ることすら薄れるくらいこの地を、甲斐の民を、そして自分を捨てられぬくらい受け入れてしまえばいい。


ちゃん」


頭を撫でて呼ぶと素直な彼女の視線は真っ直ぐ俺を映す。真っ直ぐすぎて居心地が悪く思うこともあるけど、今は潤んだ瞳がそれを隠してる。
子供なのか大人なのか掴み所がないに小さく笑った。

佐助は少し屈むとに顔を近づけた。頬をなぞり顎を捉えるとはハッと我に返ったような顔になる。ごめんね。もう遅い。
そう言い含めるように微笑んだ佐助はそのままの唇に己のそれを重ね合わせた。




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2011.10.25
予定外。でもま、いっか。

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