お兄ちゃん・1




城下町の片隅では1人、溜息を吐いた。

「どうしたもんかな…」

膝を抱え、ぼんやり空を眺めながらまた溜息を吐いた。



*



むあっとする夏日らしい日差しと暑さに城でうな垂れていると幸村が城下町に美味しい団子屋があるから一緒に行かないかと誘ってきた。おやつだ!と顔を上げたは子供らしく2つ返事で返し城を出たのだが、幸村と2人きりでなんともいえず肩を竦めた。
いつも暇だろうと思ってた慶次はなんでか今日に限って遊びに出かけてて佐助は長期任務だとかで城を空けていたのだ。そのせいで城の人達に微笑ましく見送られてしまい、振り返す手がぎこちなくなったのはいうまでもない。

どうやら城の人達は身元がはっきりしたを大歓迎してる上に幸村といつ結婚するのか気が気でならないらしい。
子供相手にどんな直結の仕方だ、とうん百年後の現代人からつっこまれそうだが(現に私がつっこみたい)決定権は城主である幸村にあり、この時代の女性の地位からすると気持ちそっちのけで嫁に来い、といわれたら従うのが筋らしい。
まあ、BASARA世界とあって断ることも恋愛も可能だろうけどあんな風に期待した目で見られると断るのも苦労しそうだ。

そんな視線を一身に受けて遊びに来たわけだけど団子屋に辿り着く途中でガラの悪い男達に絡まれるお金持ちのお嬢さんに遭遇、というお約束に出会った。


「おっ覚えていやがれ!!」
「某は逃げも隠れもせん!堂々と正面からかかって来い!」
案の定男達は幸村に一瞬で伸され、退散していく。いつの間にか集まった野次馬が喝采を上げた。上田の人達は城の外も中も武田軍に近いテンションの集まりのようだ。

「大丈夫ですか?お嬢様!!」
「ばあや!…私は大丈夫。あの、お侍様…あ、」
「災難であったな。大事無いか?」

もう大丈夫だ、と振り返った幸村にお嬢様の頬がピンク色に染まる。あ、これ見たことある。野次馬に紛れながら目がキラキラしてるお嬢様におおっと声を漏らすと足元をふらつかせたお嬢様が幸村にしがみついた。実に予想通りで大胆なお嬢さんだ。


「真田、幸村様…っ」
「お、おう。な、なんでござろうか…?」

うっとりとした顔で見上げるお嬢様は幸村のことを知っているんだろう(知らない方がおかしいか)。幸村を狙ってる女中さんも同じ手口で抱きついてるんだと慶次に教えてもらったからニヤニヤが止まらない。
一見、美男美女が見つめあってるように見えるが幸村はもうそろそろ限界だろう。顔が真っ赤だ。

「ぶ、無事でよかった…で、では俺はこれで」
「そんな!お礼をさせてください!!どうか私の家へ…ご迷惑ですか?」
「いや、そ、そういうわけでは」
「でしたら是非!父も喜びます!!」
「…っ!!」
そういってお嬢様は幸村の手をぎゅうっと握り締めた。あ、幸村の動きが止まった。来るぞ。


「は、は、は、破廉恥でござるぅうううううっ!!!!」


事前に耳栓をして構えていたは事なきを得たが近くにいた人達はあまりの大声に転んだりひっくり返ったりする野次馬が続出した。
そちらに目を奪われていれば幸村は全力疾走でどこかに走り去っていて、その方角をお嬢様が寂しそうに眺めてる姿だけが残った。可哀想に。
これもよく見かける光景だけど、いい加減手を握られるくらい慣れればいいのに。

しばらく呆然としていたお嬢様もばあやという人に声をかけられ渋々その場を後にした。その際何度も振り返る姿が不憫だったけどいないものはどうしようもない。
傍観していた野次馬も見るものがなくなったことで合わせたように一斉に動き出す。残ったのはだけだ。

そして冒頭に戻る。


本当は城に帰ってしまおうかと思ったんだけど、幸村がここに戻ってきたら可哀想かな、と思い少しの間だけ待っていようと近くの軒下に寄りかかる。そしたら見計らったかのように夕立が来て帰れなくなってしまいは立ち往生をする羽目になった。
湿気の多さは否めないが雨が送ってくる冷たさと涼しさは心地いい。

わあわあと走り去っていく人達を眺めながらはぼんやり空を見上げているとふと横に人の気配を感じてそちらを見やった。

綺麗な女の人だった。髪を緩く結び鶴が描かれた淡い黄色の打掛を肩にかけじっと雨を見ている。この家の人だろうか。その横顔は寂しげでとても疲れているようで頬もこけている。しかしそれでも綺麗だと思える人だった。

「そなたは雨が好きかえ?」
「…いえ、あまり」
好きではありません。なんとなく自分に話しかけられてる気がしてそう答えると彼女は「私もだ」と少し口元を吊り上げる。その笑みが泣いてるように見えた。


「…え?」

何か話しかけた方がいいだろうか、そう思っているとその女の人はまっすぐこちらに迫り来て手を伸ばす。なんとなくその手が気になって見ていればうっすらと奥の柱が見え固まった。よく見ればこの女の人、薄い。

「……っ!!」

まさか、と思うと同時に頭からザァッと血の気が引いた。怖くて逃げたいのに身体が金縛りにあったかのように動かない。嘘っ!と頭の中でパニックになっていると腕をがしりと掴まれた。


「ヒィ!!」
「…、…!」
「……へ?」

悲鳴と一緒に肩が揺れたが声はさっき聞いた声よりも低く、別の方から聞こえたように思えた。それで視線を横にずらすと肩を上下に揺らし、雨に濡れた幸村が不安げな顔でを見つめているではないか。

「ぁ、幸村、さま」

やっと吐き出せた息と一緒に漏れ出たか細い声に幸村は眉を寄せた。なんだかとても苦しそうで何故そんな顔をするのかわからない。
そんな幸村をじっと見つめていると彼は袴を濡らすように膝をつき、の頬を撫でた。その手は濡れていたけどじわりと温かくて張り詰めていた空気と一緒に肩の力が抜けた。




-----------------------------
2011.10.29

TOP // NEXT