お兄ちゃん・2
視線を横に逸らせばさっきの場所に女の姿はなく、はぶるりと身体を震わせる。ああやっぱり、と頭の中で呟いた。
「ゆ、ゆき…」
「ん?」
「幸村あーっ!!」
「おお?!」
しっかり"さま"づけを忘れたはめいっぱい幸村に抱きついた。相手は濡れるとかいってきたけどそんなこと知るもんか。私は怖かったんだ。だからその恐怖が和らぐなら濡れるくらいどうってことないのだ。
「どうしたでござるか?!何かあったのか?」
「ううう〜っ」
慌てた幸村がを抱え軒下に入ると雨粒は当たらなくなった。代わりに背中に当たるのは幸村の手で。ぽんぽんと落ち着かせるように優しく撫でてくれる。そのリズムが心地よくて、ホッと息を吐いたらホロリと目から温かい水が零れた。
「殿。顔が真っ青で…って!だだっ大丈夫でござるか?!腹でも痛いのか?!」
「ちがっそうじゃなくて」
着物に染み込んで行く冷たさも構わずぎゅうぎゅうと抱きしめると幸村の慌てた声が響く。勝手に零れるものは制御が利かなくて拭っても拭ってもなかなか止まらない。もう怖くなくなったっていうのにしゃくりあげた声にも困った。
「すまぬ。1人で心細かったであろう?」
「…幸村、」
「やはり、政宗殿のようにはいかぬな…」
そこで何で政宗が出てくるのかわからなかったが、幸村は困ったように笑うと表情を隠すようにを抱きしめてしまい視界には濡れた首筋と小豆色の着物しか見えなくなった。
ざあざあと降り続いてる雨に紛れて「殿が佐助や前田殿を頼りたくなるのも頷ける話だ…」という溜息混じりの声が聞こえは顔を上げようとしたが、後ろ頭に手が添えられているため身動きが取れない。
「幸村、さま。そんなことないですよ。ちゃんとここに来てくれたじゃないですか」
「俺もいい加減にしなければと思っていたのだ。いくら女子が苦手とはいえ、殿がいるのに放って逃げてしまうなど男がすることではござらん」
しかも殿はお預かりしてる客人だというのに。どんどん落ち込んでいく声色には慌てて声をかけたが幸村の耳には届いてないようだった。
髪を引っ張っても叩いても全然反応してくれない。日頃お舘さまと殴り合いなんかしてるから痛覚が鈍ってるんじゃないかとさえ思った。
そんな幸村にだんだん腹が立ってきたは目の前の肌色に吸い付きビクッと揺れた肩で見えた耳朶を口に含んでやった。思ってもみない行為に驚いたらしい幸村は真っ赤な顔でを覗き込んできたが、ムッと怒ってる顔を崩さず睨みつける。
「は、破廉恥でござる…っ」
「幸村さまが話を聞かないから悪いんです」
初破廉恥発言が自分のセクハラってのはどうかと思ったけど気にしないことにした。どうせこの子供の姿じゃいわれることなんてないだろうし。
赤い顔でもごもごと口を動かす幸村に、ふと佐助が横切って前に自分がされたことと同じことをしたような気分になったがそれは頭を振って忘れることにした。
「私が怖かったのはその、幽霊を見たからで、幸村さまのいう心細かったとかじゃないんです」
「ゆう、れい…?」
怖い話は好きな方だけどまさか会うことになるとは思ってもいなかった。本当は口にしたくなかったが目の前の男に教えてやるとぽかんとした顔で首を傾げられた。
「幽霊というものは夜に見るものだと思っていたが…」
「私もそう思っていたんです。でもさっきまでその"幽霊"がいて、幸村さまに声をかけてもらわなかったら…ちょっとやばかった気がします」
「そ、そうであったか」
「幸村さまは私の命の恩人なんですよ」
やや大袈裟かもしれないが幸村には丁度いいと思って真っ直ぐ見つめると、の声がやっと届いたらしい。目を大きく見開いた幸村は赤い顔で何度か歯噛みした後「そうか、」と息を吐いてへにゃりと笑った。
「俺は命の恩人か」
「そうなんです。幸村さまは私の恩人です」
さっきのお嬢様の反応とは対照的に照れくさそうに笑う幸村は可愛くて、もう一度繰り返す彼に同意するようには大きく頷いた。
「っくしゅ」
「大丈夫ですか?」
笑ったついでにくしゃみをする幸村に慌てて手拭を出すと大丈夫だと頬を拭われた。
「泣かせてすまなかったな」
「…ですから、これは」
「ああ。を救うことが出来てよかった」
幸村が変なことをいうので涙は止まっていた。その跡を拭われ微笑んだ顔にどきりとする。その顔が年上のお兄ちゃんのように見えて驚いた。
もう一度抱きしめてきた幸村はまた背中をポンポンと撫でると「無事でよかった」と嬉しそうに紡ぐ。そこで随分年下の扱いされてるなあ、と思ったけど優しく背中を撫でる幸村に文句をいう気にもなれなくて。
これ以上身体を冷やさないようにぎゅっと抱きしめてあげた。
その後、抱っこされたままびしょ濡れで帰ってきた達に城の人達は大いに喜んだり泣いたりして苦笑したのと、幸村の首に吸い付いたところが痕になって慶次に冷やかされたのはまた別のお話。
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2011.10.29
展開が一足飛びで申し訳ない。
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