不調・1
落ち着いた色合いの天井を見上げながらは熱っぽい息を吐き眉を寄せた。
無事越後に着いたまでは良かったのだが、体調を崩し寝込んでしまったのだ。薬師には旅の疲れが出たんだろうといわれ、2、3日は様子見ということで客間を使わせてもらっているのだが、この光景は一体何なんだろうか。
最初は瞬きをする度に見え隠れしていたが時間を追うごとに視界がはっきりしてくる。
日本家屋らしい、綺麗な木の板が真っ白な天井に変わり、中央には戦国時代にはありえない蛍光灯まである。
横を見れば襖ではなくカーテンが開けられた窓があり、その外には電柱が見えた。
間違いない。これは自分の部屋だ。
朦朧とした意識で見ているこの光景は夢なのか、熱で頭がおかしくなったのか判断は難しい。ただ、前に見た自動車を思い出して指先の感覚がどんどんなくなっていくのがわかった。
こんなところで帰るんだろうか。
「ちゃん、起きたの?」
「………佐助、さん?」
何度か瞬きをしてやっと見えてきた佐助の顔には安堵して微笑んだ。けれど佐助の表情は硬いままでそっと額に手をあててくる。
「熱、下がってないみたいだね」
「うん」
「この傷、あの時斬られたやつ?」
「?…うん、そう」
「痕、残ったんだね」
額の痕をなぞる佐助の指にふと、半兵衛に斬られたことを思い出して頷くと彼は更に眉を寄せて、それから額に濡れた手拭を乗せた。
「大丈夫。きっと治るよ」
「うん。甲斐に帰らなきゃならないし」
「……そうだね」
少し間を置いた佐助が変な顔をしていたので気になったけど熱に浮かされたにはそれ以上考えることは出来なかった。
「甲斐に帰ったら何しようか?」
「そうですねぇ。またみんなで魚釣りがしたいなぁ」
「魚?でも1匹も釣れないからもうしたくないんじゃなかったの?」
「それとこれとは別なんですー。みんなでわいわいしてるの楽しかったし…それに魚捌く佐助さん格好よかったし」
「…そう。お褒めに預かり光栄〜ってね」
「もう。本当なのに」
頬を手の甲で擦る佐助には口を尖らせるが徐々に眠気が襲ってきた。「眠いなら寝ていいよ。俺がいるから」となんとも優しい申し出には笑って礼を言うとそのまま目を閉じた。
意識が落ちるまで頬に添えられた手の甲は冷たくて気持ちよかった。
これならきっと元の世界に帰らなくて済む、なんとなくそう思った。
*
次に目を覚ました時は夜だった。真っ暗な部屋に視線を走らせてみたが佐助の姿はない。重く気だるい身体を起こすだけで息が乱れる。布団に落ちた手拭も殆ど乾いていた。
「トイレ…」
こんな時でも生理現象は起きるらしい。フラフラと襖を開けたはその覚束ない足取りで部屋を出た。出たら出たで見知らぬ屋敷はただの迷路でしかない。
どうしよう、とT字になってる廊下で迷っていればフッと風を感じた。
「ここで何をしている」
「…?あ、トイレに…厠に行きたくて」
暗闇で聞こえてきたのは女の人の声だった。聞いたことあるなあ、と考えながらも誰か思い出せなくて「こっちだ」と手を引かれるままについて行く。
触れてる手が冷たくて心地良くてぼんやりしていると急に立ち止まるので思わずぶつかってしまった。「ごめんなさい」と謝れば奥に厠があると教えてくれ、その女の人は掴んでた手を放してしまう。それが悲しくて捕まえれば女の人の手がビクッと動いた。
「ありがとうございます。助かりました」
「そうか」
「私っていうの。あなたのお名前は?」
「……」
「……教えてほしいな」
「……………かすがだ」
「かすがさんっていうの…?フフッ可愛い名前」
やっぱりかすがだ。と頭の片隅で考えていた。けれど思考はおぼろげにしか動かないし、言葉も流暢というには程遠い舌足らずな感じで本当に子供みたいな喋り方になってる。
やばいなあ、と思っていたらかすがが「なっ…」と声を荒げようとして、それを飲み込む息が聞こえた。それから「早く行け」と私の背を押す。ああそうだった、私トイレに行きたかったんだ。
厠から出るとかすがの姿はなくなっていた。待ってて、といわなかったし忙しいだろうから無理だろうけどちょっと寂しい。
「それに、帰り道わかんない…」
フラフラとかすがについてきただけだから全然記憶に入っていないのだ。大抵厠は外側に面するので月の光で視界は拓けたが、多分がいる部屋はもうちょっと入り組んだ中にあるんだろう。
そう考えていたらふと視界にコンビニが見えた。
えっ?と目を擦ると外灯が見え2車線の道路が視界に映る。まただ。とは胸の辺りを掴んだ。見覚えはある。ここは自分がよく通勤に使ってた道だ。この先に行くと自分が住んでるアパートがあって、ここを右に行くと駅がある。
もしかしたらアパートがある道を辿っていけば自分が寝ていた客間に戻れるのかも。そんな前向きで根拠のないことを考えながらは歩き出す。
コンビニの前まで歩いていくと人が出てきた。その人にぶつからないように避けて中を覗くといつものおばちゃんが立っている。レジが暇だと何かと話しかけてくれるおばちゃんだった。忙しい時は困るけど心細い時は凄く嬉しかったりするんだよね。
元気そうだ、と前を向き歩いていくと交番があった。変える気があるのかないのか、それとも維持なのかいつも死亡0と事故1という文字にここはいつ見ても変わらないなあと思う。
それを通り過ぎると大きなイチョウの木があった。道にはみ出てるイチョウは通るには邪魔だけど秋頃は綺麗な黄色に染まっていて結構好きだったりする。
「この木って樹齢どのくらいなのかな…」
もしかして戦国時代からあったとか?だったらうん百年以上生きてることになるのかな。そう考えるとBASARA世界とはいえ戦国時代に飛んできた自分は凄いことをしてる気がするなあ。
もう少し進めばガーデニングが好きな家に辿り着く。ここは季節ごとに花を咲かせていていつも感心してる家だ。前に1度だけ家の人を見たことがあるが優しそうなおじさんが手がけていた。
さて、と前を見れば青井クリニックという看板が見える。あそこを曲がれば自分が住んでいるアパートだ。段々目が慣れてきていつもの会社帰りの気分になってきた。
帰ったら化粧を落としてお風呂に入って、冷やしてたお酒を出して夕飯を食べて。そうだ、今日は何の番組がやってたっけ。あれ?今日は何曜日だったっけ?
「!」
手にしてるコンビニ袋に甘いものは控えなきゃなあ、なんて考えていると後ろから声がかかり振り返る。が通る夜道はそこそこ明るい。外灯が照らして男の人がいるのが見えた。
誰?と目を凝らすとその人物はまっすぐに近づいてくる。そこで誰なのかわかったは何故か逃げるように走り出していた。
「おいっ待て!!」
何で?何でここに政宗がいるの?
だって彼はゲームの世界の人で、戦国時代の人で、とにかくこの世界にはいない人だ。
あれ?あれ?と疑問符を浮かべながら走っていただが元々体調がよくない状態で走っていたために何度か電柱や壁にぶつからなくてはならなかった。
それにいつの間にかアパートがある方向とは違う場所を走っていて、の頭の中は混乱してくる。
とにかく逃げなくては、という気持ちで道路を走っているといきなり手を掴まれがくんと身体が倒れた。ぼふっという音と共にはまた疑問符が浮かぶ。何故か自分は納屋のような場所にいて布団に押し倒されてる状態で倒れていた。
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2011.11.02
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