不調・2




「…テメェ。どういうつもりだ?」
「政宗、さま?」
「やっと俺がわかったのか?いい度胸だなtomboy」
「なんで、ここに?」
「同盟の約束事で定期的に場所を変えて顔合わせをしてるんだよ。今回は軍神のところって訳だ。お前こそ何故ここにいる?真田はどうした?」
「幸村さまは………」

あれ?と頭に手を当て眉を寄せた。今自分がいるのはどこだ?現実世界じゃなかったのか?さっきまで見ていたのは一体何?
どうやって自分は現実世界に帰ったんだろう、そう考えていたがそれがそもそも間違いだと気づいたのは額に当てられた手のお陰だった。少し冷たい手に眠る前の佐助を思い出す。ああそうだ。私は帰ってはいない。まだここにいるんだ。

「熱があるじゃねぇか。チッ…猿飛の野郎」
「ち、違うの政宗さま。これは旅の疲れが出ただけで…佐助さんは悪くないの」
「…何で越後に来たんだ」
「わ、わからないです。詳しく教えてもらってないし」
そこまでいうとチッとまた舌打ちが聞こえ身体が軽くなった。


「ま、政宗さま?」
「お前を奥州へ連れて帰る。とりあえず俺の部屋に戻るぞ」
「だ、ダメ!部屋に帰らないとみんなに心配されちゃう…!」
「心配したい奴には勝手にさせればいい」
「でもっ…私、人質じゃ」
「俺や小十郎がどんだけ心配してると思ってるんだ。勝手に連れてった上にこんな熱が出るまで無理させやがって!…許さねぇ。同盟も破棄したって」
「ダメ!」

政宗の荒々しい言葉に慌てて彼の口を覆った。ここは上杉の領地内だ。しかも政宗は奥州筆頭、下手なことをいえば国同士の争いになってしまう。
想像してゾッとしたは必死になって政宗の口を押さえていると手の中でと呼ぶ声が聞こえた。暗いからよく見えないけど鋭く視線が突き刺さる。

「ダメだよ。政宗さまがいっちゃダメ」
「……」
「体調管理くらい私だってできるもん。それを怠ったからこうなっただけなの。だから悪いのは誰でもないんです」

むしろ佐助は心配して看病までしてくれてたんだ。そういってやれば再び身体が布団に落ちて揺れる頭に顔をしかめた。


。テメェはいつから俺に指図するような立場になった?」
「政宗さま…?」
「随分と真田や猿飛に手懐けられたようだな」

すぐ近くに感じる息には身体を強張らせる。そんなに政宗は苛立ちを隠せない声色で頬を片手で掴み無理矢理視線を絡めてくる。


「そんなに甲斐に帰りたいか?」

「……っ」

「そんなに奥州に帰るのは嫌か?」


思ってもみない言葉に目を見開いた。帰るのが嫌だなんていってない。
確かに少しは思ったけど本気じゃない。むしろ勝手に甲斐に行くことを決めてしまった自分を怒ってるんじゃないかって思ってて。だってにはどうしても勝てない人がいる。勝ち負けなんて関係ないはずなのにずっと心に巣食ったまま離れない。


「俺の下に帰るのが嫌になったか」


鋭く冷たい視線にビクッと肩が揺れた。そんなつもりはなかったのに身体が勝手に反応してしまう。その反応に政宗が顔をしかめたのが見えた。違う。そうじゃなくて。
ただ…ただどんなに頑張っても自分は2番目以下の人間なんだって思ったら、それも男女混ぜてしまえばもっと下の方なんだと思ったら急に怖くなって。

「…なら、勝手にしろ」
「あ…っ」

帰ったらそれをまざまざと見せ付けられるのかと思ったら辛くて悲しくて。
低く、諦めたように離れていく政宗の手を掴むことすら出来なかった。


1人残されたは暗い部屋の片隅で膝を抱え小さく蹲った。
私はなんて最低な女なんだ。折角私を追いかけてくれたのにその手を突き放すなんて。勝ち負けなんて関係ないって思ってるくせに独占欲みないなものに囚われて。私は一体何様なんだろう。馬鹿な自分に腹が立って唇を噛んだ。



ちゃん、」
「………佐助さん」

ぎしっと床を踏みしめる音に顔を上げれば、去ってしまった政宗ではなく佐助がいて。彼は視線を合わせるようにしゃがむとの頬を指の腹で擦った。
そこで頬が濡れてることに初めて気がついた。

「部屋に戻ろうか」
「…はい」

佐助の腕を借り、よろめきながらも自分の足で立つ。そして自力で歩き出せば支えてる佐助が「ごめんね」と切り出した。


「やっぱり会わせなきゃよかった」
「…?」
「竜の旦那が来てるっていうのは知ってたんだ。もしかしたら大将は竜の旦那に会わせるためにちゃんを連れてきたと思ったんだけど」

ちょっと外れたみたい。そう小さく笑った佐助はわざと部屋を離れて政宗と引き合わせたんだと教えてくれた。そしてそのことを謝った。

「今奥州はね。情勢があまりよくなくてさ。右目の旦那も切羽詰ってて、見てらんなくて…笑っちゃうんだけど他国なのにちょっとお節介しちまった」

それも失敗に終わっちゃったけど。慣れないことはするもんじゃないね、そういって佐助が立ち止まり襖を開ける。中は捲られた布団があって自分の部屋だとわかった。冷えた布団に入り肩まで布団をかけてくれた佐助はの頭を優しく撫でる。


ちゃんは悪くないよ。竜の旦那も今は後悔してさっきの場所に戻ってるかもしれない」
「……」
「竜の旦那にとってちゃんは元気の素だ。ちゃんにとってもそうでしょ?」
「うん、うん…」
「だったら大丈夫。竜の旦那もわかってくれるから…だから泣かないで」

諭すように紡がれる優しい言葉がの身体に沁みていく。痛みは涙となって流れ落ちていく。泣かないで、なんて無理。そういうように佐助を見れば彼は小さく笑って濡れた頬を拭った。


「大丈夫。大丈夫だから。安心しておやすみ」

そうして蓋をするように目を手で覆い瞼を閉じさせる。脳裏では政宗の言葉が響いて胸が痛くなったけど、身も心も疲れていて沈むように眠りに落ちた。



「ごめんね」


もう一度いった佐助の暗い瞳に気づかないままで。




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2011.11.02

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