水面下・2




政宗はすぐ見つかった。庭先の藤の木を眺めているらしい。表情はおよそ花を愛でるものじゃないけどね。
辺りを伺うと小十郎の気配がない。1人になりたいとでもいったのだろうか。そうはいっても他国であの右目が離れるとは思わないけど…ちゃんのところか?そんなことを考えながら政宗の背後、刀が届かないギリギリの距離に降り立った。

「…何の用だ」
「あー用っていうか、さ。俺様はどっちでもいいんだけど、一応聞いてこいっていわれちゃってさー」
「……」
「率直に聞くけど、結局のところちゃんを迎えに来る気あるの?」
「Ah?」
「ないならこっちで貰い受けたいんだって大将が…もとい真田の旦那がいってるんだけど」
「真田が…?」

「真田の旦那がちゃん気に入ってるの知ってるでしょ?それもあってこっちのウケもいいんだよね。いつ室に入るんだって噂も絶えなくてさ。相性いいみたいよ?あの2人」
「...We'll what?」 (なんだと?)
ちゃんも甲斐の方が過ごしやすいみたいでさ。この前なんか歌を披露してくれたりして。南蛮語でなんていったかな。"星に願いを"とかだったかな」

「………」

「………」

「………」


「いらないなら、(俺様が)貰っちゃうよ?」


フッと政宗が揺れた瞬間、目にも止まらぬ早さで抜刀し佐助に斬りかかってきた。辺りに大きな金属音と余波を受けて屋根瓦や庭石の砕ける音が響く。
あっぶねー。もうちょっと遅れてたら真っ二つにされてたよ。

背中に嫌な汗を感じながら佐助は受け止めたクナイを前に押し出す。その度にギリギリと刃が欠ける音がした。

を貰うだと…?忍如きがいうじゃねぇかっKiss my ass!」(ふざけてんじゃねーぞ!)
「俺様南蛮語知らないんだから…そんなに息巻いてもわからないっての」
「…ああそうだったな。じゃあわかるようにいってやるよ。は俺のものだ。誰にもやらねぇ…!」
「誰にもやらないって…この状況でいえる言葉?」
「…っ!?んだと、」

怯んだ刀に佐助は一気に押し返す。ギリッと歯を食いしばる政宗に佐助は目を細め睨みつけた。ここからは信玄の入れ知恵じゃない。佐助自身の言葉だ。


「あの子は熱を出してたんだ。そんな病人を追い掛け回して追い詰めて泣かすってさ。竜の旦那ってば随分と余裕がないんじゃない?…もしかして、敵ばかりの身内や豪族に不安を煽られてちゃんが味方か確かめようとしたの?」
「……っ」
「だから未だにちゃんを迎えに来れないんだ?あーそれなら納得。……重荷なら見捨てればいいのに、」


できないんだ?そう呟けば政宗は1つしかない目で射殺さんばかりに佐助を睨みつける。そんな目で見られても国が荒れてるのは周知の事実だっての。忍の俺様を舐めんなよ。

信玄の思惑は2つ。1つはの潜在能力の有無の確認、それからもう1つはは人質としてどれぐらいの価値があるか、だ。佐助自身は十分に価値を見出していたが信玄には信じがたいものがあったらしい。けれどこれではっきりしただろう。
政宗はを手放さない。利用価値ではなく存在自体に重きを置かれている。その事実に佐助の目の色が暗く沈む。

「忘れちゃいなよ。どうせあの子はどこでだって生きてけるんだから。それに旦那だって引く手数多じゃない」

前半はの女としての価値、後半はそれに見合う女は星の数ほど選べる立場の政宗へ向けたものだ。その下卑た言葉に政宗の顔が不快そうに歪む。


「女は忘れる生き物だ。誰かの庇護の下で過ごせばその色に染まる。そして過去の出来事を忘れる。子供は尚更過去に囚われない」

脳裏でも同じだろうか、と自問したができれば違ってほしいと思った。女の防衛本能だとしてもだけは無垢で綺麗なままでいてほしい。そんなありえないことを願いながら佐助はクナイを握り直した。


どのくらい経っただろうか。時間が計れないくらい重苦しい空気の中で睨み合ってると政宗がフッと力を抜き先に刀を引いた。なんだ。まだ冷静にものを見れてるのか。
挑発に乗らなかった政宗に佐助は意味のない笑みを貼り付けて肩を竦めた。

「あらら。もしかして諦める気になったの?」
「…随分と饒舌じゃねぇか。テメェこそ切羽詰ってんじゃねぇのか?」
「あは。何の話?」
あたかも信玄に言い包められた体で笑えば、政宗は「Ha!」と鼻で笑い刀を肩に乗せた。


「Oh,well...甲斐に残るか奥州に帰るか、それはが決めることだ。テメェじゃねぇ」
「……」
「まぁ、テメェがいったことは覚えといてやるよ。だがを渡す気はねぇ…真田にも、テメェにもな。必ず俺が奪い返す」
「だから返さないっていってるでしょ」
「You will just know.」 (その時になればわかるさ)

あえてその言葉をにいえばいい、とはいわなかった。間違いなく喜ぶと知っているから。彼女の笑う顔は見たいけど政宗の為に笑ってほしくはない。そうわかって佐助は頭を掻いた。まったく面倒なものに気づいちまったよ。


「やらねぇかんな」
「……」
「泣かすのも笑わせるのも全部俺のだ。You see?」

刀を納めたのを確認してクナイを仕舞うと政宗は念を押すように言い放つ。それを黙って聞いていればニヤリと笑ったので佐助は無性に殴りたい気分になった。
自分だけがに見られてるって自信満々にわかってる顔だ。

腹立つ、そう思いながら睨むと政宗は鼻で笑って「じゃあな」と背を向け去っていった。
ったく、何が悲しくて俺が恋敵に発破かけなきゃなんないんだ。2人の関係を壊すつもりが逆に自分の手中を晒す羽目になるなんて、忍失格もいいとこだ。


「ああもう!」
言いようのない気持ちを声にして佐助はその場を後にした。




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2011.11.05
英語は残念使用です。ご了承ください。

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