それでも君を想ふ・1
困った。それがしっくりくる言葉だった。
はぁ、と無意識に漏れ出た溜息に佐助は次の枝に飛び乗った。森の真ん中辺りまで来ると見張り台として使っている一番高い杉の木がある。それに上れば日に透けるような黄金色が風に揺らいでいた。
「あのさあ。いくら同盟組んでるからってこうも頻繁に人の領地内に入られると迷惑なんだけど。ついでにもう少し気配消せよなー。そのうち本気で殺られるぜ?」
「よっ余計な世話だ!……それより、あいつは元気にしてるのか?」
「……またそれかよ」
心底呆れた顔で溜息を吐けば、かすがが怒ってクナイを投げてくる。当たるかっての。俺は軽く避けて「元気だよ」と頭を掻いた。その次の言葉もおおよそわかってる。
「それであっちの方は」
「ああ順調順調。大分マシになったぜ」
あっちというのはが持ってる"癒しの力"のことだ。何を思ったのか佐助が信玄の用事を請け、甲斐に戻ってる間にはかすがに力の制御の方法を聞いていたらしい。
まあ方法を聞いた感じ間違ってないから別にいいんだけど、なんでかすがなんだよ、とは思ってる。
「貴様っこの前と同じ言葉じゃないか!!」
「仕方ないだろ。同じなんだから」
俺の言葉が気に食わなかったらしいかすがはまたクナイを投げてくる。そのクナイ誰が回収すると思ってるんだ。
仲良しこよしに文句をいうつもりはないが、一々報告する俺の身にもなってほしい。佐助は心の中で舌打ちした。
の力の制御は一進一退、これが現状だ。気分でも天気でも放出する量が変わるような曖昧なものだ。そもそもどうやって垂れ流してるのかすらわかってないのにそれを止める方法なんてわかるとは思えないんだよね。
それでもかすがの言葉に尊敬の念すら抱いてるに内心呆れてるし、目の前の忍には馬鹿じゃないのか?といいたくなるくらい入れ込んでて本当、勘弁してほしい。
慕ってくる妹分なんて初めてだろうから浮かれたくなるのもわかるけど。が持ってる気質を思えば甘やかしたくなるのもわかるけど。でも最終的に残るのは面倒くさいしかない。
「気に食わないなら、もう報告しにこないけど?」
「…ぐっ」
「嫌だったら我慢するんだねー」
なんて寛容な俺様!といえばまたクナイを投げられた。堪え性ねぇな。
ま、これ以上侵入するなら敵として殺すけどね。とかすがに釘を刺して俺は身を翻した。
「……お前、」
「ん?何かいった?」
声をかけようとしてきたかすがになんとなく振り返ると不思議なものを見るような目でこっちを見てるかすがと目があった。相変わらずいい身体してんなあ。いや、勿論顔もだけど。
「お前、変わったな」
「?何の話?」
かすがのいっている意味が掴めなくて片方の眉を上げれば、顔を赤くしたかすがが「なっなんでもない!」と慌てて姿を消した。何だったんだ?
*
かすがに会うこと以外にも用事をすませ、上田城に帰る頃にはどっぷり日が暮れて夜になっていた。忍避けの仕掛けをすり抜け、まっすぐ幸村のところに向かえば鼻歌が聞こえてきた。随分機嫌がいいな。
「旦那。何かいいことでもあった?」
「おお佐助!戻ったか!」
振り返った幸村は昼でもないのにはつらつと元気で、この後寝れるのか少し不安になった。次の朝起こすの俺なんだよねぇ。今日はゆっくり寝れなそうだな、と内心溜息を吐いて懐に入ってた書状を差し出す。
それに目を通した幸村は「相、分かった」と答えた上で目を輝かせこっちを見てきた。眩しい!太陽見てるみたいに眩しいんだけど!
「な、何…?」
「佐助!が本日上田城に戻ってきたぞ!!」
「あー、そうだったね」
そういえばちゃん今日の昼くらいに到着するとかいってたっけか。自分は任務があるから幸村と慶次に任せたんだけどこの様子だと相当楽しかったらしい。最近の呼び方を変えた上司はいいことがあったのだと、聞いてくれといわんばかりにニコニコと笑っている。
「道中そんなに楽しかったの?」
「ああ!に馬術を褒められた!!」
「へ、へぇ〜…」
聞けば今日は慶次ではなく幸村の馬に同乗したらしい。まあそれくらいなら驚きもしないが馬術を褒められたくらいで喜ぶのはどうだろうか。元々騎馬に力を入れてるんだし、幸村がうまいのは周知の事実なんだけどな。
「今迄同乗した中で1番乗り心地が良かったといっておった」
「へぇ。良かったじゃない」
それは嬉しいかもね。が乗ってるのは政宗に小十郎、それから慶次だ。もっといるかもしれないけど目ぼしいのはその辺だろうから、幸村が喜ぶのは最もだろう。
「それから紅葉狩りの日取りも決まったぞ」
「おー。そりゃ良かったね。当日晴れるように祈っとかないと。てるてる坊主でも吊るしとく?」
「そうだな」
も同じことをいっていたな。そう笑って幸村は書状を文机に置き兵書を読み出した。ていうか、書を読みながら鼻歌って…頭に入るもんなの?
「あ、その鼻歌って…」
「ん?ああ。が歌っていた歌だ」
「え?覚えたの?」
そんな特技あったっけ?と驚けば上田城に戻ってくる道のりで何度も歌ってもらったらしい。あーそりゃちゃん困っただろうなあ。困り果ててるの顔を思い浮かべ苦笑した佐助は下がっていいぞ、という許しを得たので立ち上がった。
「それはそうと、竜の旦那が破竹の勢いで奥州の揉め事を鎮圧してるらしいよ」
「おおっさすがは政宗殿でござる!」
「ちゃんを迎えに来るのもそう遠くはないだろうね」
「……っ」
ぼやくように呟き背を向けると幸村の息を呑む音が聞こえた。きっと顔も引きつっているんだろう。可哀想だとは思うけどその辺も考えてもらわないといけない。
越後でと会った後の政宗は明らかに動きが良くなっている。元々戦上手で軍師に小十郎ら伊達三傑が控えているんだ。
一揆の多さと豪族の下克上で疲れを見せていたけどという水を得て当初考えられてた予定通り、もしくは予測を上回る速さで奥州を平定しようとしてる。ともすれば先送りされてた人質の件も正式な手続きをとってを迎えに来る日も遠くはないはずだ。
急に黙り込む上司に少し申し訳ない気持ちになったが抱える気分は自分もあまり変わりなくてそのまま幸村に声をかけず姿を消した。
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2011.11.21
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