それでも君を想ふ・2




その足での寝室に向かうといるはずの廊下に姿はなく、寝たのか、とちょっと残念な気持ちでいつも座っている場所に下りた。すると蚊帳の方から「佐助さん!」という声がかかり、聞こえた声色にホッと安堵の息が漏れる。しかしすぐに我に返り顔を元に戻した。

「まだ起きてたの?」
「うん。でももうそろそろ寝ようかと思って」
「そ。じゃあおやすみー」
「あっ待って待って!」

蚊帳の中で慌てるにこっそり笑いながら「何?」と足を止めると今日の成果を見てほしいといわれた。どうやらその為に起きて待っていたらしい。
そういういじらしいことされると困るんだよね、と苦笑しながらはい、と手を差し出せば蚊帳の中に入れと返された。

「…あのさ。俺様、一応男なんだけど」
「だって蚊に刺されたんだもん。今日は出たくない」
「音はしないけどね?」
「そういって気を抜くと吸われるから嫌なんです」


そういえば前に蚊に刺された時、汗だくになるまで奮闘してたな。パンパン煩くて何かと思ったら蚊と戦ってた姿を思い出し肩を震わせ笑うと、がムッと顔をしかめたので早々に引っ込めた。

「じゃあ蚊遣火でも焚いてあげるよ」
「ええ?!それだと煙たくて眠れませんよ」

そんなに中に入るの嫌ですか!と聞かれたので男の子ですからとまた同じことを返せば「年下になんか興味ないくせに」と返された。ある意味心外だ。
しかしまあ、このままだと不毛な争いになりそうだったので(は思ってたより頑固だから)仕方ない、という素振りで蚊帳の中に入った。

「本当、俺様だからいいけど他の奴に同じことしないでよ?」
「しませんよ。奥州に帰ったら小十郎さまが煩いだろうし」

そりゃそうだろうけど。なんとなしに出てきた奥州、という言葉に反応してしまった佐助は内心チッと舌打ちをして布団と蚊帳の隙間に腰を下ろし手を差し出した。

「はい。どーぞー」
「むう。なんですか。そのやる気ない声」
「あはー。だって最近変化ないからね。ちゃんこそやる気あるの?」
「ありますよ。なのでよろしくお願いします」
「…はいはい。じゃあちゃっちゃとやってちょーだい」


投げやりな言葉にもめげずには佐助の手を取り目を閉じる。伝わる体温と一緒に感じる温かさに佐助は目細めた。微弱だけど前よりは制御がうまくなってる。
やっぱり指先が冷たいと"癒し"の量も減るらしい。温かい時は全身から匂い立つように感じるからそういうことなんだろう。

「緊張してる?」
「す、少し」

最近は特に冷たくあしらってるから緊張するのも無理はないだろう。そうしたくなってしまう事情が自分の中にあるから余計投げやりになってしまうのだが。

「今日は天気も良かったしうまく出来たんじゃない?」
「それって天気が悪いとダメってことですか?」
「そういうこと。ちゃんは晴れてるの好き?」
「はい。そうですね。雨よりは」
「…やっぱり気分なんだね」


緊張したり落ち込んだりすると必然と減るのか。それは範疇内だけどそれをいつどこで必要な時に区切るかって話なんだよね。
以前試しに息を止めてやらせてみたけどそれは意味なかったし、高いところで試した時は緊張が強くて問題外だった。そして今緊張してるに全力を出させても大して癒しの力は出てこないだろう。

「気分ですか」
「気分だね」
「それって制御が難しいってことですか?」
「わかってるじゃない」

がくん、と肩を落とすに佐助もどうしたものかと首を捻った。瞑想はまだ続けるべきだけど引き出す為のきっかけはほしいかもな。そっちに集中させるようにして通常は穏やかにできるように訓練する。さて、が力を発揮しやすい状態って…。


「………」
「?佐助さん?」
思わず手に力が入ってしまいが顔を上げた。しまった、と佐助は顔をしかめたのはいうまでもない。

思いついたのはいつも任務から帰ってきた時にしてもらってたアレ。実は越後から帰ってきて以来1度もしていない。
訓練に付き合って手を握るようになったからそれで賄ってる気分だけど手を握る度に力使ってたら倒れるの目に見えてるし、それほども力を発揮してる感じはしない。

伺うようにじっと見つめてくるに佐助は短く息を吐くと「久しぶりにアレやって」と申し出た。


「…いいの?」
「うん。もしかしたら、何かの切欠になるかもしれないし」

今日は疲れたから。といえば途端には嬉しそうに微笑んだ。あ、今の顔可愛い。ってこれくらいで喜ばないでよ。ちょっといい気分になるでしょうが。

頭を撫でやすい位置まで下げようとするとそのままでいいといわれ顔をあげれば同じくらいの場所にの顔があってドキリとする。
勿論膝立ちをしてるからなんだけど実はが不思議な歌を歌ったあの日から、接吻をしたあの夜から、時折だが自分と同じくらいの大人の女性に見えるようになった。昼間はそういう気配など一切ないのに視界の悪い夜の時だけそう思うことがあるのだ。

黙ってを眺めていれば恐る恐るといった感じで手を伸ばされ、少し罪悪感を感じた。もう少し優しくしてあげた方がいいかも。そんなことを考えながら頭を撫でられ背に回された手に佐助の心臓が跳ねる。前よりも濃い匂いに息を呑んだ。




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2011.11.21

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