泡沫の夢




赤く色づいた木の葉も落ちきり冬至を過ぎた頃、は高熱を出した。
ただの風邪だと思っていたのだが拗らせふせってしまったのだ。しかも今は丁度武田軍が北条に戦を仕掛けてる為、見知りの幸村と佐助を見ることは出来ない。

それに、と熱い頭で考える。

早く治すのだぞ!と信玄に与えられたのは甲斐の領地に中ではまだ暖かいであろう南側に位置する小さな屋敷だった。
部屋もひと回り小さくなり落ち着くといえば落ち着くのだが、今迄騒がしかった人の声も足音も聞こえない部屋は寂しくて仕方ない。

いつも賑やかしに来てくれていた慶次もとの逃亡計画がばれてしまったのか傭兵として戦の最前線に出ている。
これが信玄や幸村からだったら断ることも出来るんだろうけど頼んだのが旧知の仲の謙信とあって、申し訳なさそうに謝る慶次の顔が脳裏に浮かんだ。


はぁ、と熱がこもった息を吐き出したは目を開け天井を眺めた。その天井はいつもみる木目の天井ではなく真っ白なある意味懐かしい天井で中央には丸い蛍光灯が見える。
視線を右に流せばこの時代にない柄のカーテンと窓があり、その外には電信柱とマンションが見えた。

「(違う…ここは元の世界じゃない)」

そう思って1度目を瞑り再び開くとそこには見慣れた木目の天井があった。

「大丈夫か?」
「……かすがさん」


声のする方へ視線を流せばさらりと金色の髪を垂らしたかすががこの時期にはありえないくらい寒そうないつもの忍装束でを覗き込んでいる。
ヒヤリとする額に彼女に手拭を変えてもらったのだとわかった。

「すみません。私のせいでかすがさん、上杉さまのとこに戻れなくて…」
「い、いらぬ心配はするな!それより具合はどうだ?」
「…相変わらず暑くて頭もぼーっとしてます」

頬を染めたかすがを小さく笑って報告すれば彼女は眉を寄せ、「そうか」と呟いた。薬師に診てもらったが薬はあまり効いてないようだった。何回か佐助が忙しい中様子を見に来てくれ薬をくれたけど今回ばかりは無理らしい。
謙信も今回の戦に参加してるからかすがも忙しいんだけど、を妹のように思ってるのか持ち前の人の良さのせいか佐助よりも顔を見てる回数が多い。そのお陰で精神的には随分助けられている。


「また、来るからな」
「ありがとうございます。かすがさんも気をつけて」

怪我しちゃダメですよ、と笑えばあまりお目見えしない笑顔で「わかった」と頷き立ち上がった。向けられる背に寂しい気持ちになったけどそれは飲み込んだ。
ぱたん、と閉められた戸に一気に寒さと寂しさが増す。みんな戦ってるって時になんで自分は伏せっているんだろう。

「絶対治すんだから…」

そう思わなきゃやってけない。でなきゃ自分は1人だって思ってしまうから。誰も助けてくれないって考えてしまうから。嫌な考えが過ぎったは考えないように蓋をして寝てしまおうと目を閉じた。



*



程なくして、眩しさに引きずり出されるような感じで目を開けた。ふわふわとした感覚と見える世界に部屋でないことはよくわかった。
どうやら自分は夢の中らしい。ぷかぷかと身体が空に浮いている。眼下は町並みでどうやら元の世界にいるようだ。風に誘われるように身体を反らせばその町並みがどんどん近づいていく。まるで風を切る鳥だ。

そんなことを考えながらどんどん下に降下していくと人が見えた。女の子だ。見たことのある制服を着ていて、すぐに自分の女子校の制服だと思った。
その子の後をついていくとどんどん同じ制服を着た女の子が増えていく。どうやら今は登校中らしい。丁度カーブミラーに映った自分を見れば大人の身体に戻っている。それにちょっとだけ驚き周りを見たが自分に気がつく人はいなかった。

ちゃん!」
「え?」

懐かしいな、と思っていると横から自分の名前を呼ばれ驚き見やる。すると角の方から見覚えのある子が走ってくるではないか。

「ゆうちゃん?」

高校の頃、1番仲が良かった友達の登場に何度も目を瞬かせる。しかしその子は自分のことなど見えてないように走り寄り、がついてきた女の子の肩を叩いた。そこで初めて気がついた。


「これ、私だ…」

しかも高校生の頃の。回り込んで見てみるとやっぱりで、あどけなさが残る自分の顔をまじまじと見つめた。

うわあ。眉毛太い!校則厳しかったからなあ。あ、このストラップ懐かしい!流行ってたよね〜。へぇ、高校の時の私ってこんなだったんだ。
そんなことを感心しながら学校に入ると教室に着くなりゆうちゃんが何かのケースと小さい冊子を出してきた。そのパッケージに目を見開く。

BASARAだ。あれ、でもこの頃ってプレイしてたっけ?夢だから適当なのかな。首を傾げ眺めていると高校生のとゆうちゃんはきゃーっと楽しそうに話してる。
周りが奇異として見てるのなんて全然気にしてないくらいBASARAが大好きで楽しい。見ているだけでよくわかった。そう、この世界にいた時はただゲームとして大好きだったんだよなあ。



夕方になり下校してる高校生のを見ているとまだゆうちゃんとBASARAの話をしていた。休み時間にお昼休み、授業中は教科書の下に隠してBASARAの面々を見ていたりしてるのにまだ足りないらしい。
ファーストフード店で携帯を開きながらBASARAサイトを見てまた盛り上がっている。こんなに四六時中話してたっけ?と少し呆れたが政宗達の話を聞いてくうちに段々寂しくなってきた。



日もどっぷり暮れた頃にやっとゆうちゃんと別れたを追いかけていると先程までの明るい雰囲気が嘘のような、沈んだ背中を眺めた。それをあれ?と見ていると実家に辿り着き、明かりのない家のドアを開いた。
中には誰もいなかった。両親も、妹も。いつも光景だった。高校生のは真っ直ぐ祖母の仏壇に向かうと部屋の戸を閉め切り、電気をつけないまま祖母の写真の近くに座り込んだ。点灯する青白い光に音楽を聞いているんだと思った。

私は1人だった。
世界を遮断して1人であることを願った。
そうしなければ立っていられなくて、自分に優しいもの以外許容したくないと拒んでいた。

今思えば何に対してそこまでこだわっていたのかわからない。家族のことだって自由奔放な自分に呆れてるだけでそれ以上の感情はなかっただろう。寂しいなら自分から向かえばいいだけなのに1人残された気分になって。落ち込んで浸って酔いしれた。
自分はただ臆病なだけ。それをこの頃の私は知らずに他人よってアイデンティティが壊されるんじゃないかと毎日震えていたんだ。

誰も助けてくれない部屋の中に閉じこもって。祖母が守ってくれると勘違いして。


「帰りたい…」

いつも口癖だった言葉。何処に、なんて明確な場所はない。それは時間であって人であって場所であって全てに含まれていて含まれていない。ただの子供の戯言だけど今のは妙に共感していた。

帰りたい。この世界でも過去でもなく政宗の元に。ここは酷く寂しくて悲しくて泣きそうになってしまうから。この頃みたいに何でもいいとか何処でもいいとか思わない。はっきりと胸に浮かぶ言葉。


「帰ろう」


高校生のの前に座り、優しく声をかけた。すると声が聞こえたのか彼女が顔をあげる。



「帰ろう、政宗のところに」



言葉にして涙が零れた。




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2011.12.05

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