初夜 ・2




「夫婦になる前に俺に何かいうことはあるか?」

さっきまでの穏やかな雰囲気がふっと変わる。冷たく重苦しいわけではないけど、にとっては頭が冷える言葉だ。じっと見つめてくる隻眼には寄りかかっていた身体を起こし姿勢を正した。ぎゅっと両手を握り短い深呼吸を繰り返す。

「あります。本当は、もっと早くいうべきだったと思ったんですが…ずっと怖くて、逃げていたことがあります」

これもいわなきゃいけないことだと思っていた。本当は死ぬまで隠しておきたいことでもある。喋ってしまったらどう変わってしまうか、どう終わってしまうのか。怖くて想像したくなくて逃げていた。
そう考えたら急に恐怖心が増して指先が冷え、目に見えるほどに自分の手が震えた。


「私の、本当の名は""です」
「……」
「ですが、どこかの武家や豪族等の権力がある家の出ではありません」

声が震えるのを必死に堪える。竹中半兵衛に自分の名前を告げた時はややケンカ腰でどうにでもなれ、という投げやりな気持ちだった。生きてまた政宗に会えるとも半分は思っていなかった。

「見た目も言葉も同じですが私はこの時代の人間ではありません」
「時代?」
「あ、えと、時代というか、国、世界というか、うまく言えないんですが、とにかく私は"ここにいるはずのない"人間なんです」
「……」
「私がいた世界は全ての人達1人1人に苗字が宛がわれていて、身分の落差は殆どなく皆それぞれ学問や他国を学び生きていける平和な場所でした」



正直、トリップです。平行世界です。といったところで伝わらないだろうし、うまく伝えられる気もしない。それでも何とか捻り出した言葉を並べてるけど更に困惑されそうな言葉の羅列に誰か助けて、と思ってしまう。
嗚呼、政宗の驚いた顔がつらい。これ以上ちゃんと伝えられるだろうか。

「いるはずのない人間…なのですが、この世界の子供の姿を借りて生きていくことになって、政宗さまや小十郎さまと出会って、気づいたら婆娑羅技まで使えるようになってしまって……この世界に来た本当の意味はまだわかってないんですが」

脳裏には自分がBASARAの世界に行きたいと願い、私の世界で病を治して健やかに過ごしたいと願った妙芳が過ぎったがそれを口にすることは憚られた。

どこまで信じてもらえるかわからなかったし、もし妙芳の方が大事だってわかってしまったら立ち直れない、そう思って口にできなかった。


「でも、この世界に来て私はとても充実しているんです。勿論怖いことも辛いこともありますけど、それでも私がいた元の世界よりは大切に思える人達がたくさんできたんです」
「……」
「その人達の為にも私はこの世界で生きていきたいんです」
「…帰りたいと思ったことはねぇのか?」

「………最初は、ありました。元の世界は戦も大きな病気も身近にはない平和な世界だったので、私がここに来てやっていけるのかずっと不安でした。でもちょっとずつちょっとずつこの世界に慣れて学んで、そして知ったんです。
私はこの世界で生きていきたい。政宗さまと共に歩んでいきたいと。この小さな身体でも役に立てるなら政宗さまが切り拓く未来を見てみたいと……そう願ったらどうやら帰れなくなったみたいですけど」

「what?」
「竹中半兵衛に連れ去られる前に風邪で熱を出したんです。多分その時に帰れなくなったみたいで」

確実ではないけど来たことすら物理的な立証が出来ない以上自分の感覚が1番正解に近い気がして困ったように笑い頭を掻いた。



「私は"いるはずのない人間"です。ですから今ここで関係を破棄されてもお手打ちになっても仕方がないと思うし政宗さまを恨むこともありません」
「……」
「ですが、この突拍子のない話を少しでも信じてもらえるなら、こんな私でもいい、とおっしゃるのでしたら、このままお傍にいさせてください」


そう言い切ったは政宗と距離をとり頭を下げた。用意していた言葉の3分の1も喋れてない気もするが仕方ない。

ここはゲームの中とはいえ戦国時代。一緒の感覚とそうでないところが多々ある。利家やまつのような関係なら現代の夫婦をあてはめることもできるだろうが政宗の場合は多分こっちの方が正解に近い気がする。
夫婦になるのにこんな土下座してお願いするとか現代の世界ならご免被りたいけど、でも政宗にはその価値はあるような気がした。


どのくらい経っただろうか。時間はまだ10分も経ってないだろうが気持ちとしては30分や1時間に感じる長い沈黙に内心失敗したかも、と冷や汗ダラダラで頭を布団に押し付け続けた。

頭を下げてるせいか心臓までもが口にまで戻ってきてるみたいにドクドク煩く吐き気がする。そんな気持ち悪さを抱えながら尚も平伏していると頭の先の方で布団の擦れる音が聞こえ肩を揺らした。

「バァーカ。それくらいで手放すようなら室として迎い入れるわけねぇーだろ」
「ま、さむねさま…」

どうしよう、どうしよう、とぐるぐる考えていたところでそれを打ち消すかのような声と優しく頭を撫でる手が降ってきた。恐る恐る顔を上げれば呆れた顔で政宗が「つーか、こんだけ一緒に過ごしてきてまだ捨てられるんじゃねーかって心配してたのかよ」と笑ってくる。



「そうかもですけど、でも、いないはずの人間が近くにいたら怖いじゃないですか」
「まぁそうかもしれねぇが…だがまぁ、最初からお前のこと物の怪か竜の使いじゃねーか?って小十郎と話してたからな」

人間じゃねぇっていわれたところで大して驚きはしねーな。と漏らすのでの口は開いたまま閉じれなくなった。

「え?…ええっ?!嘘!2人共私のことそんな風に思ってたんですか?!」

しかも物の怪って!ひどい!と嘆けば政宗は笑ってを引っ張り腕の中に閉じ込めた。最初からそんな風に怪しげな存在だと思われてたなんて!いいのか悪いのかよくわからなくなってきたはぼろりと涙が零れた。


「おいおい。泣くなよ…最初はそう考えていたがそれはすぐに払拭したんだぜ?」
「うぅぅ〜…」
「お前自身が物の怪でも竜の使いのような手が届かない雲のような存在でもなく、俺達と同じ人間だって示したから俺も小十郎もを受け入れたんだ」
「……」
「でなきゃ、あの堅物でくそ真面目な小十郎がの後見人になると名乗り出ることはなかっただろうし、俺も大阪までお前を連れ戻しに行くこともなかっただろうぜ」

だから泣くな。そういっての涙を拭ってくれるがホッとしたのか緊張が途切れてしまったのか涙が止まることがなく政宗が苦笑した。


私だってこれ以上化粧が落ちるのは嫌だ。嫌だけど止まらないし下手に拭けないしでどうしたらいいのかわからない。これ以上泣かないように目を閉じ「止まれ〜止まれ〜」と心の中で念じていたら唇に何か押し付けられた。それが何かすぐに理解しては大きく目を見開く。

目の前には眼帯を取りあるがままの顔を晒した政宗が笑っている。潰れた右目はほんのり行灯に照らされていて皺になってるのが見えた。本来ならその姿は怖いものだけど今のにはどうでもいいことだった。



「俺は敵か味方か、俺にとってこの奥州にとって利があるかなしかそういう見方しか学んでこなかった。それは俺が生きていく上で必要最低限なことで、小十郎達や奥州の民を守る為にも死ぬまでその見方は変わらねぇし変える気もない」
「…はい」
、お前は"いないはずの人間"だろうが今は奥州の民だ。そして俺の伴侶となり子を産めばお前も真の奥州の民に、伊達政宗の妻になったことを受け入れられるんじゃねぇか?」

「ま、さむね、さま」

。元いた場所にはもう帰らなくていい。ここがお前のhomeだ。そう約束するなら俺はお前以外の室はもう受け入れない」


正室も側室もだ。
視線を合わせそうのたまう政宗には止まりかけてた涙がまたボロボロと零れた。


本当はそんなこと約束してはいけないと思う。自分は本当にこのままこの世界で生きていけるのか政宗の子供を産めるのか全部が未知数だ。だけど、頭で考えるよりも心が反応して感情が津波のように押し寄せてくる。

嬉しい。
嬉しい。


政宗の気持ちが手に取るようにわかっては嬉しくて涙が止まらなかった。そんなを政宗はきつく抱きしめ耳元でこう囁いた。


「I will love you for the rest of my life if you let me.」(お前が共にいてくれるなら俺は残りの人生をかけてお前を愛し続けるぜ)




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2018.09.21
英語は残念使用です。ご了承ください。

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