# 01

何度目かの夢から覚めた後、私は他人の家の養子になった。
この世界では私は外国に売り飛ばされ、両親は亡くなり天涯孤独なのだという。しかし私は親の顔もDNA鑑定で特定した戸籍名である『イスヅ』も全てしっくりくることはなかった。

そんな私を奇特な夫婦が受け入れてくれたのだが、むしろこの夫婦の方が自分の記憶に引っ掛かる気がしてならない。



「…では、明日空港出口で待ってますね」
『はーい。ちゃんに会えるの楽しみにしてるわ!』
「……有希子さん。まだ2日ですよ…」

車を路肩に止めて電話応対をすれば少女のように軽やかで柔らかい声が聞こえ自然と口許がほころぶ。電話の向こうでは『明日になったら3日じゃなーい!用事を済ましたら一緒にお買い物しましょうね!』と勝手に予定を立てていく。

それは構わないけど少し過保護過ぎじゃないだろうか。困った義母だ、と思いつつ笑みを作ったまま「はい。わかりました」と了承し通話を切った。


携帯をポケットに仕舞い、サイドミラーの自分を確認する。残念ながら自分の顔は先程話していた彼女とは似ても似つかない。義母なのだから当たり前だなのだが。

「拾われてからもう3年くらい経つのか…」

その時にはもう既に成人していたのだが彼女は…いや仮の両親は未成年の子供のように…、本当の子供のように自分を構ってくれる。
そして本来の息子にも受け入れてもらい、むしろ『俺の分も頼んだぜ』なんて寄越される愛情を押し付けられた。しかし両親は…義母は分け隔てなくあちらにも構いに行ってるのでまたうんざりした顔をするのだろう。

ちゃんと顔を合わせたのが1回きりだというのに簡単に目に浮かぶので肩を震わせたがすぐに引っ込め帽子を目深にかぶりドアを開けた。
配送業者の格好で小さな小包を取り出し、とあるアパートのとある部屋の呼び鈴を押す。咳ばらいをして喉を整えた。


「お届け物です」


中から声が聞こえ、それに返す形で少し顔を上げればガチャリとドアが開いた。中から出てきたのは糸目で眼鏡をかけた柔和な男性だった。
彼は顔に見合った声色で「ご苦労様です」と微笑むと差し出した箱の上にある紙にサインしようと手を伸ばしたがが目を細めたのを見て、その手を引っ込めた。

「ああスミマセン。少し中に入って待っていてもらえませんか?インクを切らしていたのを忘れていました」
「それでしたら私が持ってるので大丈夫ですよ」
「いえ、すぐ用意できますので、どうぞ」

ドアを押し広げ中へと即す眼鏡の男性には短く息を吐き玄関へと足を踏み入れた。
ドアを閉める必要はなかったのだがが中に入ったことを確認するとしっかりドアノブを回しついでに鍵も音を立てずに締める。用意周到だけど逆に怪しまれないだろうか。


「えーっと、この辺にあったはず…ああ、ありました」

一応大学院生らしく本は大量に揃っているが生活感が薄い部屋だと思った。いつ来ても綺麗すぎて気味が悪い、と思いつつボールペンと紙を持ってきた彼に視線をくれると、持っていた箱にサインを書いた。
そしては自分のペンで置かれた無地の紙に『6』と書く。

それを見た眼鏡の彼の目尻がヒクリと動いた。やや引きつってるような顔の彼に無表情のまま箱を渡すと空いた両手を彼の顔に伸ばす。


「そういえば昨日近くで事故があったんですよ」
「みたいですね。破片がまだ残ってましたよ」
「ニュースだと相手は無事みたいでしたが」
「私も今日の昼頃聞きました。現場は見に行かれたんですが?」
「生憎、丁度講義だったので…ただ帰る時に道が混んでいて少し大変でした」

両手で眼鏡をそっと外し箱の上に置くと違和感を感じる部分を手櫛で直し、まだらに見える部分を指の腹で馴染ませた。グイっと見えるように引っ張られた相手は大分腰を曲げることになりとても辛そうな体勢だが文句も言わず普通の会話を続ける。

そして眼鏡を再びかけ完璧だ、と頷いたは「こちらがお荷物になります」といって鍵と一緒にドアを開けた。


「会話するなら紙は別にいらなかったわね」


車に戻りドアを閉めたは無表情な顔でぽつりと呟いた。ひらりとサインを書いてもらった受領証を揺らし溜息を吐く。箱と一緒に明日の待ち合わせ時間を書いたメモを含ませ渡したがさっきの内容で粗方伝わっているだろう。

渡した箱も空箱ではない。有希子さんに頼まれて度々変装セットの補充を届けているのだ。

ついでにチェックも兼ねて10点満点中の点数をつけているのだけど、有希子さん曰く「ちゃんは完璧主義過ぎるところがあるのよねぇ」と苦笑するのでもしかしたら厳しめなのかもしれない。
まぁ、彼のバッググラウンドを鑑みるならやり過ぎくらいなが丁度良いと思うので優しくするつもりもないけど。

しかしあの探るような強い視線はなんとかならないものか、と少し震える自分の手を見て溜息を吐いた。